あの日の少女
光の届かない、静かな場所。
時間も、痛みも、未来も通り過ぎた後の空白。
その中で、少女は目を閉じていた。
制服の袖が風に揺れるように――ただ穏やかに。
やがて、薄明かりが差し込む。
それは温かく、懐かしい色だった。
「……聞こえる。」
少女――花村玲は、小さく微笑む。
「ねぇ、想太。」
声は風のように柔らかく、
それでも確かに響いた。
「あなたが思い出してくれた瞬間、
ここに光が戻ってきたんだよ。」
静かに、言葉が続く。
「忘れられていた間、
わたしは誰でもなく、どこにもいなかった。
けれど――いまは違う。」
風景が変わる。
夕暮れの横断歩道。
蝉の声。
夏の匂い。
彼女はそこで立ち止まり、振り返る。
その瞳には、もう悲しみはなかった。
「あなたが、あの日の言葉をもう一度選んでくれたから。
わたしは“消えた人”じゃなくなった。」
少女は空を見る。
あの日と同じ、深い夏の空。
「ねぇ、想太。」
優しく、静かに、確かに。
生きて。
その痛みごと、ちゃんと抱きしめて。
わたしはここにいる。
あなたの思い出の中じゃなくて、
あなたが“選んだ時間”の中に。
だからもう、怖がらなくていい。
大丈夫。
あなたはひとりじゃない。
少女は微笑む。
「――わたしは、あの日の夏のまま。
ずっとあなたを見ている。」
声はやがて薄くなり、風に溶けていく。
けれど――消えなかった。
余韻だけが残り、世界のどこかで静かに響き続けた。




