蒼雅の過去
多賀城 椿
9月5日生まれ
年齢 17歳
身長・スリーサイズ 163cm B76 W52 H78
髪色・髪型 茶 サイドテール
目の色 黃
趣味 投資 クラシック鑑賞
好きな食べ物 北京ダック
嫌いな食べ物 砂糖菓子
レナ・チェンバレン
4月9日生まれ
年齢 17歳
身長・スリーサイズ 172cm B84 W57 H87
髪色・髪型 シルバー ベリーショート
目の色 黄緑
趣味 銃の収集 戦争映画鑑賞
好きな食べ物 鹿肉
嫌いな食べ物 ドライフルーツ
帰り道。
すっかり辺りは暗くなり、生徒の姿はすっかりとなくなっていた。
蒼雅「一応医者に診てもらったほうが良いわ。骨は折れてないと思うけど」
閃梨「そうだな・・・ま、今日は遅いし明日にでも病院に行くさ」
蒼雅「ふむ・・・」
霧雨は顎に手を置き私を見て何かを考えている。
閃梨「なんだ?」
蒼雅「いや、一応この時間でも頼めば診てくれる医者は知ってはいるけど・・・」
閃梨「・・・それって」
蒼雅「・・・ま、私にも多少責任はあるし、お願いしてみるか・・・」
霧雨はバツが悪そうに呟く。
蒼雅「ねぇ、このまま私の家に来なさい」
閃梨「・・・もしかして、お前の身内か?」
蒼雅「ええまぁ・・・教師なら身上把握くらいはしてるか」
閃梨「ああ。・・・しかし良いのか?」
蒼雅「大丈夫よ。ちょっと待ってなさい」
霧雨は携帯を取り出し電話をかけ始めた
蒼雅「もしもし、葵姉?今日はお酒は控えて頂戴・・・え?いやいや、実姉にそんなことしないわよ気色悪い」
蒼雅「・・・ちょっとお客さんがね。・・・そうそう。大丈夫、終わったら好きなだけ飲んでいいから。・・・私は飲めないわよ。それじゃよろしく」
霧雨はスマホを仕舞い、歩き出す。
蒼雅「・・・葵姉さん、診てくれるって」
閃梨「霧雨葵さん・・・確か非常勤の医者だったか」
蒼雅「専門は内科だけどね」
閃梨「白夜から色々聞いたよ。研修のとき世話になったとか」
蒼雅「らしいわね。ま、普段はまともだし・・・ね」
閃梨「普段は?」
蒼雅「気にしないで。それより・・・」
蒼雅は歩きながら私をまっすぐ見つめる
蒼雅「聞きたいことがあるんでしょう?・・・まぁ内容は大方予想はつくけど」
閃梨「・・・」
蒼雅「聞きたいんでしょ?私の過去の話」
閃梨「・・・空白の5年。学園があらゆる手を尽くしても掴めなかったお前の経歴・・・。霧雨、幼少期はどこで過ごしてたんだ?」
蒼雅「どうして知りたいのかしら?」
閃梨「え?」
蒼雅「一介の教師が生徒個人の過去を知りたいだなんて、変な話じゃない?」
閃梨「それは・・・」
蒼雅「大方、早苗ちゃんあたりから話を聞いて、興味を持ったってところかしら?」
閃梨「・・・まぁな。それに、多賀城が言った"ヘルヘイム"という言葉も気になった」
蒼雅「・・・」
閃梨「普段飄々としてるお前があいつの言葉で珍しく動揺していた。お前の過去に関わることなんだろ?」
蒼雅「・・・そうね」
蒼雅「ねぇ、御剣先生は春原市がどういう街か知っているかしら?」
閃梨「ん?そりゃ産まれてからずっと住んでいるんだから、それなりには」
蒼雅「ならこの街の中心近くに封鎖されている廃墟街があるのは知っているかしら?」
閃梨「ああ。確か60年ほど前に震災で崩れて以来、復興もされないまま政令によって立ち入り禁止になった場所があるんだったな」
蒼雅「そう。・・・ヘルヘイムはそこにある」
閃梨「なんだと・・・?」
蒼雅「この国の五大都市の一つ、春原。この街が栄えた理由が、当時復興の際に生まれた大規模プロジェクトがきっかけだったとされているわ」
閃梨「まぁその辺は教科書に載ってるレベルの話だな。『壊れてしまったなら徹底的に壊して、新しく作り直してしまおう』・・・そんなこと言った当時の政治家たちが、どこにでもある田舎町だった春原を巨大な都市へと作り替えていった」
蒼雅「ええ。・・・ただ当時の住民からかなり反感を買って、計画立ち上げ当初は反対運動が過激化したそうよ。だけど・・・」
蒼雅「当時にしては画期的かつ未来的な設計、世界的に見てもかなり最先端を行くインフラ、住民への破格と呼べる程の補償に、次第に反対の声は小さくなっていった」
閃梨「それが、どう関係しているんだ?」
蒼雅「・・・そんな中、反対意見を断固として曲げなかった人がいた。・・・それが当時の春原市長だったの」
閃梨「ああ。当時大きな問題になったやつだな。・・・それこそ大体の国民が知ってるほどの大事件が起きた」
蒼雅「ええ。・・・春原市役所を中心に半径3km程の範囲を封鎖して、立てこもった事件。・・・当時の市長が各所の団体を抱き込んで占拠した」
閃梨「ああ。・・・といっても、半年ほどで制圧されて、関係者のほとんどが逮捕されて沈静化したとか」
蒼雅「ええ。これも教科書に載るほどの有名な事件ね。・・・死者もたくさん出たとか」
蒼雅「で、その過激な運動の後、何事もなく開発計画は進められ、春原は巨大都市へと変貌を遂げた」
蒼雅「勿論、かつて封鎖されたエリアも等しく開発の対象になる・・・はずだった」
閃梨「ん?」
蒼雅「ここからは貴方は当然ながら、この国に住むほとんどの人間は知らない裏の事情よ」
蒼雅「都市開発に伴って市役所も移転し、その他行政機関も新市役所の周辺に作られた。これで旧市役所周辺の開発も進むはずだったのだけれど」
蒼雅「何故か開発は進まず、旧市役所エリアは後回しに、その周辺ばかり整備されていった」
閃梨「そうなのか?」
蒼雅「ええ。なんでもその土地に触れないよう国に対して何らかの根回しがあったそうよ」
閃梨「なに・・・?」
蒼雅「誰がそうしたのかは分からない。ただ旧市役所に関する情報に対して住民と各種メディアは一切触れることがなくなった」
閃梨「冗談はよせ。あれだけの事件があって、しかも国家ぐるみの開発計画まで進んでいるのに、どこからそんな・・・」
閃梨「というか、国に対して根回しだなんて非現実的だ。その上、住民やメディアまで黙らせるなんて、ありえない」
蒼雅「・・・なら、御剣先生。旧市役所がどこにあったか知ってるかしら?」
閃梨「え?・・・そりゃ南区の中心・・・」
蒼雅「それは春原市が公式で発表している場所ね。でも、南区は余すことなく開発されてるでしょ?テーマパークにオフィスビル、タワーマンションなんかもたくさんあるわね」
閃梨「ああ。だから開発は無事に進んで・・・」
蒼雅「さっき言った旧市役所エリアへの不干渉・・・それは今も続いているのよ」
閃梨「・・・なに?」
蒼雅「本当の旧市役所エリアは今もなお開発されず、放置されている・・・それは国が"不干渉を公的に令しているから誰も触れないのよ"」
閃梨「っ!?まさか・・・」
蒼雅「旧市役所エリアの本当の場所は春原市の中心地・・・そして、政令によって立ち入り禁止にされている廃墟街も中心部。・・・つまり」
蒼雅「ヘルヘイムとは、負の遺産である旧市役所エリアのことよ」
閃梨「馬鹿な・・・そんなこと・・・」
蒼雅「世界的に見れば珍しくないことよ。まぁ先進国じゃ滅多に見ないでしょうけど・・・そういう場所もあるにはあるわ」
閃梨「・・・その話、お前は誰から聞いた?デタラメにもほどがあるぞ」
蒼雅「"住んでる場所のことはそれなりに知ってる"・・・さっき貴方も似たようなことを言っていたでしょう?」
閃梨「・・・そうだったな」
蒼雅「さて、ここからが本題ね」
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蒼雅「まず、あそこは既に国から不干渉を受けてる。だから立ち入り禁止令が出ているでしょう?」
閃梨「ああ。そもそもあの周辺は歓楽街もあって・・・まぁ、あまり治安のいい場所とは言えないから近づく人間も少ない」
蒼雅「そうね。暴力団の事務所とかもあって、発砲事件とか物騒な事件は大体あのあたりで起こるイメージね」
閃梨「ああ。・・・だがそんな場所にどういう経緯で入ったんだ?」
蒼雅「・・・立ち入り禁止の廃墟街、なんて言っているけど、実際は出入りすることに特に制限はされていないのよ」
閃梨「は?」
蒼雅「入ったからと言って公的に罰せられるわけじゃないのよ。・・・つまり何があっても自己責任ってわけね」
閃梨「そんないい加減な・・・危ないだろ流石に」
蒼雅「でも立ち入る人間が基本的にいないのは、あの周辺に歓楽街があって、組事務所が多いおかげでもあるのよ」
蒼雅「そもそもパンピーは近づかないし、誤って入り込んでも、周辺をシマにしてる裏稼業の連中が追い返すからね」
閃梨「・・・つまり、結果的に国はその裏の連中に体よく監視を押し付けたってことか?」
蒼雅「そこはwin-winの関係よ。土地的に国が入りにくい場所だから連中は好き勝手出来るし、国としても臭いものに蓋をできる。それに、危険な連中が一ヵ所に集まってくれてる方が国も監視がしやすいでしょ?」
閃梨「なるほどな・・・だが、それでも入る人間はいるんだろ?お前のように」
蒼雅「そうね・・・だからこそ、あの廃墟街はヘルヘイムと呼ばれてるわけで。まぁその呼び名も一部の人間しか知らないはずなんだけど」
閃梨「どういう意味だ・・・?」
蒼雅「地獄にも住人はいる・・・棲んでいるのは悪魔か鬼か怪物か・・・ヘルヘイムにはね、住人がいるのよ」
閃梨「・・・廃墟にか?」
蒼雅「国が不干渉な実質治外法権の土地に出入り自由なんて、住みたい人間も割といる。まぁ、そんなやつにまともな人間がいるわけもなく」
蒼雅「人殺すのに快感を覚えるシリアルキラーに、幼子を誘拐して慰み者にしたい変態、好奇心で非人道的な実験をしたいマッドサイエンティスト、前科持ちや親に捨てられた子供・・・色んな住人が暮らしていたわ」
閃梨「・・・現実とは思えないな」
蒼雅「でもそういう受け皿があることで、結果的に表は清浄になっていってる。それは国としても僥倖だったと言えるのかしら」
閃梨「だが、あまりにも非人道的すぎる・・・これじゃまるでゴミ扱いじゃないか」
蒼雅「社会や環境という大きな概念にとって、人間なんてゴミ同然よ。構築するうえで道に沿う者と外れた者で分別されていく」
閃梨「・・・」
蒼雅「話を戻すけど、そんな連中が棲む場所に私は5歳の時連れてこられた・・・『お前はここで暮らすんだ』と言われて」
閃梨「誰にだ?」
蒼雅「私の母よ」
閃梨「・・・!?母親が・・・!?」
蒼雅「ええ」
閃梨「待て・・・お前は確か母子家庭で、今も一緒に暮らしているはず・・・確か霧雨碧子さんだろ。薬学の権威で、世界的有名人の」
蒼雅「・・・そこの話もしなきゃいけないわね」
蒼雅「私にはね、母親が二人いるの」
閃梨「母親が・・・二人?」
蒼雅「ま、そこの詳細は今は省くわ。その碧子ではないもう一人の母親・・・"霧雨蘭"は私をヘルヘイムに放り込んだ」
閃梨「何のために?」
蒼雅「さぁ?私を捨てるためなのか、何かそうせざるを得ない事情があったのか知らないわ」
蒼雅「分かることは、あいつのせいで私は滅茶苦茶に壊されてしまったってことと、おかげさまで強くなれたってことね」
閃梨「壊されたって・・・自分で言うのか」
蒼雅「ええ。だって本当に色んな物が壊されたもの。体も心も尊厳も・・・数えきれない程に」
蒼雅「あいつに捨てられて・・・当時5歳の私は体が何倍も大きい男に捕まり、足も腕もへし折られて痛みに喘いでる中、服を全て引きちぎられて慰み者にされたわ」
閃梨「っ!!」
蒼雅「抱く、なんて優しいもんじゃないわ。自慰行為に丁度いい道具を拾ったくらいの感覚ね」
蒼雅「そんなのが毎日、毎日、続いて・・・食料も衣服もまともに与えられなかった」
蒼雅「たまにね、別の変態が餌付けだって言って、生きた虫とかネズミなんかを、動けない私の口に突っ込んできたりしたわ」
蒼雅「気持ち悪くて、吐き出したいのに、食料も水分もまともに取れてない私は、本能的にそれを咀嚼していた」
蒼雅「ある時は道楽で廃ビルから私を落として生きてるか死ぬか賭けて遊んで、生きてたら賭けに負けたヤツが腹いせに私を暴行して・・・」
蒼雅「ある時は劇物の薬品を飲まされて、生死を賭けるなんてこともあったわ」
蒼雅「それが一年、二年と続いたの」
閃梨「・・・もういい。それ以上は・・・」
蒼雅「・・・引いたかしら?」
閃梨「そうじゃないが・・・これ以上は聞きたくない」
蒼雅「・・・ま、そりゃ聞きたくないわよね」
蒼雅「でも、その経験が私を変えた」
蒼雅「二年目の終わり際、私は体の異変に気が付いた」
閃梨「異変・・・?」
蒼雅「起きたらいつものごとく私を飼っていた男に腹を殴られたのだけれど、私は痛みを感じなかった」
蒼雅「それどころか、男は拳を抑えて絶叫しだしたの」
閃梨「なんでだ?」
蒼雅「最初は当たり所が悪かったのかと思ったのだけれど、その後男は激昂して逆の拳で顔を殴りつけた。そしたら逆の拳を抑えて悶絶しだした」
蒼雅「また痛みを感じなかった私は顔に触れると、傷がついていないことに気付いた。いつもなら腫れたり血が出たりするのに・・・」
蒼雅「男はさらに怒って、私の頭に頭突きをしてきたわ。・・・そしたらそいつの額はひしゃげて、そのまま鼻血を噴き出して倒れたの」
蒼雅「何が起こったか分からなくて立ち尽くしてたんだけど、何かしなきゃと思って動いたとき気付いたの」
蒼雅「・・・ボロボロで動くことすらまともに出来なかったはずが、全身が快調に動くことに」
閃梨「どういうことだ?」
蒼雅「私は外に出て、街を歩いた。そしたらいつも賭けをやってる男たちに囲まれた」
蒼雅「普通に歩いてる私が珍しかったのか、今日はいつもより高いとこから飛べと言われて、七階くらいある建物に連れていかれた。見れば分かる、確実に死ねる高さね」
蒼雅「だけど私は死ななかった。それどころか・・・無傷で着地した。まるでちょっとした段差を飛び降りたかのように」
蒼雅「死ぬ方にかけたやつが多かったのか、何人もが怒声とともに私に詰め寄ってきた」
蒼雅「いつものごとく殴られるかと思ったけど・・・ふとさっきのことがよぎった」
蒼雅「殴りかかって勝手に自滅した男・・・もしかしたら今なら勝てるんじゃないかって」
蒼雅「人を殴ったことなんかなかったけど、日々の暴力で殴り方は知ってたから、見様見真似で拳を突き出した」
蒼雅「そしたら・・・男はうめき声を上げて倒れた」
蒼雅「何が起きたか一瞬理解できなかったけど・・・不思議と戸惑いはなかった」
蒼雅「後ろで見ていた連中が怒号をあげながら一斉に襲ってきた・・・次は集団だったけど、不思議なことに、全員の動きが手に取るように分かってしまった」
蒼雅「私は本能のまま相手の攻撃をかわし、隙をついて一撃を入れる」
蒼雅「顎を砕き、膝を叩き割り、背骨をへし折り・・・色んな感触を覚えた」
蒼雅「私は次第に、優越感に浸っていった。私は強い・・・私が頂点なんだ、と。この力はきっと、地獄の神が私にくれた贈り物なんだと」
蒼雅「そこから私は、地に伏せてる連中の頭を踏みつぶして、殺して回った。これが自分の意志で初めて人を殺めた瞬間だった」
閃梨「霧雨・・・お前は・・・」
蒼雅「言っとくけど、罪の意識はないわよ。生きるために必死だったし、そもそも法外な場所だから」
閃梨「・・・今のお前の強さは、そこから生まれたのか。だが・・・あまりにも現実離れしすぎている」
蒼雅「そうね・・・でも、そうなってしまっている以上現実よ」
蒼雅「・・・そこから、私の立場は逆転した。私は街ゆくゴロツキを潰して回り、食料から何から略奪していった。私に暴力を振るったことのある連中は片っ端から殺した」
蒼雅「その中で何も事情を知らない、私にあらゆる人体実験を課したマッドな科学者モドキが私に劇薬を飲ませようとしてきた」
蒼雅「私は試したいことがあって渡された薬を片っ端から飲み干した。致死量はとっくに超えている量を」
蒼雅「即効性、遅効性構いなく飲んだけど、私の体に異変はなかった」
蒼雅「効いてるか分からなかったから、私はそいつの両足をへし折って、顔をつかみ薬品を口に流し込んでやった」
蒼雅「そいつは死んだよ。全身から血を噴き出して血だるまになりながら」
閃梨「・・・」
蒼雅「そこで気付いた。多分私は人じゃないんだろうなって。そう思うと色んな衝動が沸き上がってきて・・・一つやりたいことができた」
閃梨「それは・・・母親への復讐か?」
蒼雅「いえ、もう家族のことなんか頭の片隅にすらなかったわ」
蒼雅「ただ単純に・・・この世界を自分のものにしたいと思った」
蒼雅「こんなに強いならもはや何も怖くないって。気に入らないやつは殺せばいいし、脅せば食料も衣服も手に入るって」
蒼雅「だからとりあえずこの街で全てを奪ってやろうって考えた。それが二年目の終わりの話。まだ続きを聞く?」
閃梨「聞かせてくれ・・・」
蒼雅「・・・わかったわ」
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蒼雅「話は飛んで四年目の終わりごろ・・・紆余曲折あってそれなりの知能を得た私は、無駄に人を殺すことをやめてそれなりに快適に暮らしていたわ」
閃梨「結構飛んだな。なにがあったんだよ」
蒼雅「残念だけどそれは教えられない。事情があってね。まぁ貴方の知りたいこととは関係ないわ」
閃梨「そ、そうか」
蒼雅「で、ある日突然街の入口付近で襲撃があったと聞いたの」
蒼雅「おそらく外の住人の仕業・・・私は気になって入口の方に向かった」
蒼雅「すると、周囲で大量のゴロツキがぶっ倒れていた。息はあったけど、体はボロボロ、しばらく動けないであろう深手」
蒼雅「この街のゴロツキは外の世界の人間と比べると恐ろしいくらい強いはず。それこそ、プロボクサーですら3分立たないうちに肉塊にされるくらいには」
蒼雅「そんな連中を大量にぶっ倒すなんて普通じゃない。どんなやつが来たのか、私は好奇心で辺りを探した」
蒼雅「・・・見つけるのには時間は掛からなかった。近くで怒鳴り声が聞こえた。声がする方に向かったら、そこにいたのは・・・」
蒼雅「すでに意識のないゴロツキの胸倉を掴んで、詰め寄っている制服姿の女性だった」
閃梨「制服?・・・学生か?」
蒼雅「ええ。私は好奇心で女性に声をかけた。すると、女性は私を見て、泣き出しそうな顔でこう言った」
蒼雅「『ああ・・・ようやく見つけた・・・会いたかった・・・』と」
閃梨「!!そ、それって・・・」
蒼雅「そう。その女性の正体は私の姉の一人・・・藍香だった」
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閃梨「霧雨家の次女・・・確か大学生だったか」
蒼雅「ええ。来年から社会人だけど」
閃梨「もしかしてだが、お前を助けに来たのか?・・・あの人は確か高等部に上がる前に休学していたらしいが・・・」
蒼雅「・・・ええ。三年ほど私を探すために家にも帰らず、探し続けていたそうね」
蒼雅「会ったとき誰だか分からなかったわ。さっきも言ったけど、家族の記憶なんて薄れていたもの」
蒼雅「でもね、不思議と感じたのよ。私と同じ青い瞳を持ってるってのもあったけど、なんていうか・・・直感的にね、「この人は私の身内なんだ」って」
蒼雅「あの頃の私だったら、目の前の強者相手に有無を言わさず襲いかかっていたけど、あの人の顔を見たら、体が動かなくってね」
蒼雅「呆然と立ち尽くしていたら姉さんは私を抱きしめた」
蒼雅「安心感と懐かしい気持ち・・・それと同時に得も言われぬ恐怖感に襲われた」
蒼雅「それが殺意、闘争心、破壊衝動、強者への渇望・・・または汚れてしまった自分を晒してしまうのが怖かったのか・・・それとも光への羨望と嫉妬だったのかは分からない」
蒼雅「我に返った私は彼女を突き飛ばし、拒絶した」
蒼雅「「誰だお前は」「気安く触れるな」「踏み込めば殺す」「お前の全てを俺によこせ」・・・畳み掛けるように強い言葉を吐いた」
蒼雅「私にしちゃ珍しいことだった。まるで野生の子犬のように吠え散らかしてたわ。はたから見れば弱く見えたでしょうね」
蒼雅「でも、口をついて出てしまった。・・・眼の前の存在が私を変えてしまいそうだって感じたから」
蒼雅「今更外と関わりたくなんてなかった。あの街の中が私の全てで、私はどこまでも自由だった。例えそれが歪んだものだったとしても」
閃梨「だがお前はこうして外の世界に出てきた。そして今、年頃の娘と同じように青春を謳歌している」
蒼雅「そうね・・・結果的に私は救われた。だから私は家族を愛している」
閃梨「姉と会ってから、どうやって外に出たんだ?」
蒼雅「最初は拒絶したけど、藍姉はそれも織り込み済みだったみたいで。しつこく付き回されたし、拳も何度も交えた」
蒼雅「あの頃の私ならいくら藍姉が強くても捻り潰すのは容易かったはずだけど・・・何故かうまく戦えなくて」
蒼雅「拳が当たり、藍姉が顔を歪ませる度に心が揺さぶられ、いつもは見せないような隙を曝け出してしまって・・・闘いはずっと五分だったわ」
蒼雅「それに、どれだけ拒絶してもあの人は笑顔を絶やさず近づいてくる。その笑顔がまた・・・本当に綺麗でね。油断してると心を開いてしまうほどに」
蒼雅「後々知ったのだけれど、彼女は元々感情を表に出さない鉄面皮で、目付きの悪さから近所では怖がられてたくらいだったとか」
蒼雅「そんな人が感情を隠さず、本気で私に接していた・・・それだけ必死だったんでしょうね」
蒼雅「そして、ついには私の仲間も懐柔して、八方塞がりになった。私と接してる間にも彼女は外堀を埋めて、水面下に準備を進めていた」
閃梨「仲間・・・?仲間なんていたのか?」
蒼雅「・・・そこには触れないで頂戴」
閃梨「あ、ああ・・・」
閃梨(さっきの話せない事情ってのに絡んでるのか?)
閃梨「それで、準備っていうのは?」
蒼雅「・・・私が来て5年目の冬・・・藍姉は私にある提案をした」
蒼雅「仲間たちから「表の世界に帰るべきだ」と諭され続け、藍姉からも懇願され続けて、私は徐々に外に出ることを考え始めた」
蒼雅「なにより・・・あれだけ拒絶していた藍姉と絆が生まれ始めて、次第に自然に姉と慕うようになっていたから、外で生きるのも悪くないんじゃないかって思い始めていた」
蒼雅「でも踏ん切りがなかなかつかなかった。拭いきれない不安と恐怖・・・すでに汚れて地獄に馴染んだ私が外で生きて行けるかとか、色々とね」
蒼雅「そして何より、家族と触れたことでよぎった、霧雨蘭の存在が・・・私の足を竦ませた」
蒼雅「そんな私に藍姉は提案した。いつもの笑顔と違った、真剣な表情で・・・」
蒼雅「"霧雨蘭を殺そう"と」
閃梨「なっ・・・」
蒼雅「かなり驚いたわ。再会して一年も経ってないけど、あの人の人柄は分かっていた」
蒼雅「真面目で優しくて、少し抜けてるけど芯は通っていて・・・お人好しな人」
蒼雅「私が生意気な住人を殺そうとしたらその度に止めてきた。「これ以上染まるな」って」
蒼雅「そんな藍姉が、仮にも母親である霧雨蘭を殺そうと提案した」
蒼雅「驚く私に対して藍姉は、「あの人がいる限り、蒼雅は闇から逃げられない。だから全てを終わらせよう」と」
閃梨「他に方法が思いつかなかったとか・・・」
蒼雅「殺す以外の方法も考えてたんでしょうね。でも霧雨蘭は闇に消えた人間。たとえ然るべきところに突き出しても意味はない」
蒼雅「ヘルヘイムで起きたことを罰せるのはヘルヘイムに住む者だけだから」
蒼雅「それにあらゆる葛藤よりも、私を救うことを優先したんだと思う。あの人は不器用だから・・・」
閃梨「たとえ自らの手を汚してでも、か・・・」
蒼雅「藍姉は蘭をおびき寄せるための作戦を提案した・・・といっても予想以上の脳筋作戦だったのだけれど」
閃梨「作戦って?」
蒼雅「自分が・・・霧雨藍香が霧雨蘭に会いに来たことを本人に伝える・・・」
閃梨「なに?だが霧雨蘭の居場所は・・・」
蒼雅「そうね。でも運が良いことに、顔の広い知り合いがいたから、そいつに霧雨蘭と接触してもらった」
蒼雅「そいつには以前貸しを使っていたから、そこで返してもらうことにしたの」
閃梨「だが仮に接触できたとしても、そんな誘いに簡単に乗るのか?」
蒼雅「ええ。ノコノコとあいつはやってきたわよ」
蒼雅「あいつはなにかの狙いがあって私をヘルヘイムに送った。だが、それ以外の身内があの場所にいることはあいつにとって予想外の出来事だったらしく」
蒼雅「血相を変えて来たわよ。「どうして藍香がここにいるんだ」って・・・」
蒼雅「藍姉と蘭が会話しているところは奴から見えないところで聞いていたわ。藍姉が「何があっても出てきちゃだめだ」って言ったから」
閃梨「それは・・・」
蒼雅「自分一人で終わらせようとしたのでしょう。当事者は私なのにね。・・・「親殺しまではさせたくない」って言われたわ」
蒼雅「・・・二人は久しぶりの再開で二言三言言葉を重ねた。だけど程なくして激昂した藍姉が蘭に掴みかかり押し倒した」
蒼雅「明確な殺意と、怒り。彼女の弁明があるなしに関わらず彼女は蘭を殺すつもりだった」
蒼雅「だけど、遠くから見ていた私は気付いた。周囲から幾つか殺気が溢れていたことに」
閃梨「誰か見ていたのか?」
蒼雅「蘭を護衛していた連中だったわ・・・あのままだったら藍姉が囲まれる、だから私は連中を無力化することにした」
蒼雅「向こうがこっちに気づく前に、一人一人確実に仕留めたわ」
閃梨「殺したんだな・・・」
蒼雅「それが手っ取り早かったのよ。奴らもカタギじゃないし、姉の安全のためにはね・・・」
蒼雅「幸い向こうの二人はこっちに気付くことがなかった。周りを片付けて二人の様子を見たら・・・」
蒼雅「蘭は焦った様子だった。ま、そりゃそうよね。身に危険が迫った時に出てきてくれるはずの護衛が一人も出てこないもの」
蒼雅「そんな蘭に藍姉はマウントを取りながら罵声を浴びせ続けた。鬼気迫る勢い・・・それこそ今にでも殺してしまいそうなくらい」
蒼雅「そして、そんなやり取りも束の間・・・藍姉は蘭を殴り始めた」
蒼雅「強く、念入りに・・・一切の乱れなく真っ直ぐに拳を振り下ろして。蘭の顔は腫れ上がり鼻から口から血が吹き出していた」
蒼雅「そんな様子を見て、私はつい藍姉を止めた」
蒼雅「「離せ!」「出てくるなって言ったでしょ!」って・・・藍姉にあんなに強く怒られたのは今を含めてもあれだけだったわ」
蒼雅「ひどく顔を腫らした蘭は、激昂する藍香を無視して立ち上がり、私を見据えてこう言った」
蒼雅「「お前に家族なんて必要ない。そこにいる出来損ないを外に捨ててこい」と」
閃梨「・・・なんて親だ」
蒼雅「そう言って、蘭は背を向けて立ち去ろうとした。私は羽交い締めの状態で暴れる藍姉を地面に叩きつけた」
蒼雅「「あとは任せてくれ」・・・確か私はそう言った」
蒼雅「背を向けて、フラフラと歩く蘭の首を後ろから掴み、地面に叩きつけた」
蒼雅「そのまま指で頸動脈を締め上げながら地面に押さえつけ続けた」
蒼雅「藍姉は「やめろ!」って叫んだ。彼女は私にこれ以上殺してほしくなかったから。自分の手で蘭を殺そうとしたのも、そんな思いがあったからでしょう」
蒼雅「でも、私は何人も気のままに殺してきた。殺す人間が一人増えても何も変わりやしない。でも、表で真っ当に生きてる藍姉が人殺しになってしまうと、死がその手に残り続けてしまう」
蒼雅「それは人を簡単に壊せてしまうもの。あらゆる感情、感覚、感触・・死の残滓は必ずその者を蝕む。私みたいに一度完全に壊れたような奴じゃないと、その呪いは拭いきれないわ」
閃梨「お前・・・」
蒼雅「で、そこからは色々とトントン拍子に進んでいった。遺体の処理を仲間に押し付けて、私は藍姉と共に表に出た」
蒼雅「同じ街中にあるのに、知らない光景ばかりで、私はガラにもなく怯えて、足がすくんで・・・でもそんな私を藍姉は支えて、家に帰った」
蒼雅「家にいたもう一人の母親ともう一人の姉、それから異母の双子の妹達、まるで図ったように全員で出迎えてくれたわ・・・ま、当然のごとく皆覚えていないんだけど」
閃梨「気になることはあるが・・・それより、そこから学園入学まで何があったんだ?1年そこらでなんか性格も随分変わったみたいだが・・・」
蒼雅「性格どころか、何もかも変わったわよ。それこそ帰ってすぐは野良犬みたいだったけど、藍姉主導で表の常識、マナー、教育、礼節・・・ありとあらゆることを教わったわ」
蒼雅「髪も伸ばし始めて、言葉遣いも振る舞いも、1年でガラッと変わって・・・自分で言うのも何だけど、もはや別人ね」
蒼雅「そして母がそろそろ学校に、って言ってレム女の初等部に編入したわ。まぁ、既に初等部最高学年だったわけだけれど」
閃梨「なるほどな・・・」
蒼雅「長くなったけど、これでこの話は終わり。あとは貴方の知ってる通りよ」
閃梨「なんか・・・もう色々と壮絶すぎて理解が追いついてない部分もあるし、感情もぐちゃぐちゃだ・・・だが聞けてよかった」
蒼雅「そう?・・・ま、私もこんな話聞かせたの貴方が初めてだし、つい色々と喋りすぎたわ」
閃梨「だがお前、そんな経歴抱えて学校に入ってきたのに、なんで素行悪いんだよ?サボりに物損、おまけに喧嘩ときたもんだ」
蒼雅「さっきの話聞いて出た感想がそれ?つまんないわねぇ」
閃梨「教師だからな。それとこれとは話が別だ」
蒼雅「言っとくけど、喧嘩も物損も致し方ないものよ。全部生徒会絡み・・・というか佐脇のせいよ。あいつがいなけりゃ大人しくしてたっての」
蒼雅「授業だって初等部のときは真面目に受けてたわよ」
閃梨「どんな理由があろうと喧嘩も破壊行為も駄目だ。それに、なんで初等部の授業だけ真面目に受けてたんだ」
蒼雅「初等部の先生はいい人ばかりだったもの。でも、中等部からは生徒会の息がかかった腐れ教師ばかり・・・権力チラつかせたら簡単に自分の意見を曲げるような連中が教鞭振るってるとか虫酸が走るわ」
閃梨「・・・否定はできんな」
蒼雅「まぁ、散々悪態はついたけど、今日貴方と行動して分かったわ。貴方は他の教師連中とは違う。バカ真面目で頭は固いけど、真摯に向き合ってくれる良い教師だってことが」
閃梨「・・・褒めてるのか貶してるのかよく分からんな」
蒼雅「どう捉えてもらっても構わないわ。さ、もうすぐ着くわよ」
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