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ギターと聖霊と彼女と奴らと(仮)  作者: セント・トミーの息子
9/11

テイク ザ ナイト オフ

サブタイトルを曲名からつけてるんですが、レゲエ、戦前ブルース、メタル、サザンロック、メタル、テクノと来たので、次はハウスかハイエナか迷いましたが、話的に、後半に入ってきましたので、原点回帰でパンクになりました。

が、初期パンでもポスパンでもUKハードコアでもなく、NYハードコアと来る所が、この作品の根深いマイナー指向を如実に表しております《笑)

と、サブタイトルを思いついてから思い知りました……。

「早く用を済ませて帰ろうグギギ……僕らはムロブチみたいに余計なことはしないギギギ……」

「おどれらまで……また来たんかい……」

 那由他は生穂の体をすばやく引き離すと、かばう様に自分の背後へと追いやる。

 強がる態度とは裏腹に、その全身は、裂傷、打撲、捻挫といった怪我のフルコースに見舞われていた。呼吸は短時間では回復不能なほどに乱れ、夥しい失血もあいまって、足は立っているのもやっとの体だった。

 那由他は右腕を左手で掴み、裂傷に指をかける。止まりかけた血が、再び滲む。

 ッ……。

 奥歯を噛み締める音。痛みとプライドだけが、崩れそうになる体を支えていた。

「い、いずれにしろ、地べたで転がってるデブはしゃべれる状態ちゃうしな。まぁええ。おまえらに聞い……」


「……何のまねや?」

 

 那由他の視界を遮っていた影。

 仰いだ視線の先にあったのは光の横顔。

「……どないするつもりや。あんたなんがかなう相手やないで。脇に下がっとけ。こいつらもあたしが片付けたる」

 光は大きくかぶりを振った。

「その身体で、どうやってやるんだ?無理だよ、那由他。おまえは休んでてくれ。これ以上は俺が見てられない」

 光の口から自然と漏れ出た言葉に、那由他は呆れてため息をつく。

「無理して言うてるわけでもなさそうやけど、そういうカッコつけは無用じゃ。それに、今それをやるのはアホにしか見えへんど。そういうのはある程度勝算があるときにやれ」

「たしかにまともにやり合って勝てるとは思ってないけど、女の子が血まみれになってるのを見て喜ぶ趣味は俺にはないよ。さっきの奴とは違う」

 どこまでも力みのない光の言葉に、那由他は口元に手をやり首をかしげる。

「う~ん……スカしとるというわけでもなさそうやけど、いまいち様にならん男やなぁ」

 と、そこまで言って、何かに気づいたように、拍手を打ち、

「わかった!問題はその顔や。あんたのそのボケた面構え、そのセリフにあわへんねん。ヒーロー顔には程遠いんや。中途半端に薄い顔してからに。そのセリフ吐くんやったら、宮内洋(みやうちひろし)みたいな男らしい濃い~ツラしてなあかんやろ」

 どこまでも毒づく那由他に、光は呆れまじりのため息をついて、

「……ほんと、助け甲斐のない幼女だなぁ。決意が揺らぐよ」

 ガクリと肩を落とす。

「おい!今幼女いうたやろ、聞こえてんど」

「悪かった、悪かったよ。口が滑っただけだって……まったく」


「お戯れはそのあたりでいいかグゲゲゲゲゲ……」

「……そろそろ用事済ませて帰りたいギギギギギギギ」


 総髪とガマガエルの不気味に光る赤い瞳を睨みつけながら、光は、後に手を振る。

「……生穂、那由他をつれて後に下がっててくれ」

「で、でででも、あ、光君はどうするの?」

「考えがある。頼む」

「わ、わわわかった」

 生穂は、光の言葉に大きく頷いて、那由他を後から抱き寄せて、カウンターの方へとむかう。その瞬間、力の入らない足元がガクリと崩れてよろめく那由他。

「お、おい、生穂!どないするつもりじゃ!あたしはまだやれるわい!」

「足元よろけてるくせに何言ってんだよ、頼む、ここは俺に任せといてくれ」

 言ってから、光は入り口の方をチラと見る。光の意図に気づいたのか、那由他は小さく頷き、

「わかった。算段があるいうこっちゃな」


「勝算じゃあ、ない――」

 言いざま、光は入り口階段の方へと走る。走り際に掴んだのは、足元に落ちていたこぶし大のコンクリートの破片。


「――ただの博打だ!」


 そのまま大きく振りかぶって、それを投げつけた。

 破片は総髪とガマガエルの頭上を掠め、乾いた音を立てて天井に当たる。

「どこ狙ってるギギギギ」

「もっとも、そんなのじゃ僕らはやられないけどねゲゲッゲゲゲゲ」


 茶化すような声に、光の口元が不敵に歪んだ。

「いや、予想通りだった」


 ……?

 突如、総髪とガマガエルの頭上からパラパラと白い粉のようなものが落ちた。それに気づいて上を見上げる総髪。

 

 ギ……


 ドドドドドドドドドッ!


 2人が声を出す間もなく音を立てて崩れる天井。

 同時に、既に崩れかけていた入り口の壁も支えを失ってガラガラと崩れだす。破片は土砂のように降り注ぎ、総髪とガマガエルを飲み込んでいく。

 瓦礫の山の重みに耐えかねて鉄製の階段が崩れた。

 慌てて逃げる光と生穂と那由他。

 白煙が再び場内を包み込んだ。


 ざああああああ……

 雨粒がシャワーのように降り注ぎ、床を濡らしていた。

 倒れたままのムロブチの頬を叩く雨は、口蓋から流れ出る血を拭い取り、無残な歯茎を露呈させていた。

 立ち込める白煙は、やたらと風通しのよくなった入り口スから吹き込んでくる風雨とともに外へ抜け、視界はあっという間に晴れていく。

 全身に浴びた白い粉を雨粒でコーティングされ、玉手箱を開けた浦島太郎の様になった光が、階段手前の床に尻餅をついていた。

 光は顔を腕で乱暴に拭うと、崩れた入り口を見上げて、安堵のため息を漏らした。

「ま、まさか、こんなにうまくいくとは思わなかった」

 驚く顔。その背後から近寄ってきたのは那由他。

「よう天井が崩れかけてるの見てたな。あたしもおまえに促されるまで気づかんかった」

「さっき、あのでかい奴が入り口崩して入ってきたとき、天井が半壊してたんだよ。那由他があいつと戦ってるときも、振動でグラグラ揺れてたからな。そのとき、天井の崩落を止めてる楔みたいなのが見えたんだ。狙ってはいたけど、崩れるかどうかは、正直、賭けだった」

「やるやんけ。株価(こうかんど)が少し上がったど、なぁ、生穂」

「……」

 振り向いた先の生穂は無言。心なしか、その頬は赤い。何かを察した那由他がニヤリと口元を歪め、

「なに顔赤してんねん?気になる男のカッコええとこ見て、パンツびちゃびちゃになったんけ?」

「も、もももももう!げ、下品なこと言わないで!」

 真っ赤になって慌てる生穂とつられて赤くなる光を嬉しそうな顔で見ながら、わかったわかったと軽く手で制し、

「とりあえず、長居は無用や。寝てるカスミンと六価起こして目的地向かうど。そのまえに、瓦礫の下でノビてるボケナス2匹縛り上げて、尋問じゃ」


「……まさか、尋問って、拷問じゃないよな?」


「アホぬかせ、そんなことするけえ。あたしは淑女やど。ゲロするまでキバ一本一本ペンチでぶち抜いてくだけじゃ」

「そういうのを拷問って言うんだろ……」

 呆れる光を尻目に、生穂はカウンター奥のドアを見つめ、

「そ、それより、な、なな中の人たち大丈夫かな?さすがに置いてけぼりにするのは……」

 心配を顔いっぱいに貼り付ける生穂を横目で見る那由他。

「大丈夫やろ。ドアも閉まっとるし、もともと大した怪我ちゃうやんけ。それに、いずれにしろこのままやったら多分、あいつらもまとめて死ぬことになるど。最優先事項はそこやない。身体は一つや、今は忘れ。それより……光」

「なんだ?」

「カウンターの脇で伸びとるストリップ嬢叩き起こしたれ。今やったらドサクサ紛れにセクハラしても大丈夫やど。あたしは黙っといたる」

 思わず顔を赤らめる光。その横から突き刺さる冷たい視線。

 …………。

「……な、なに睨んでるんだよ、生穂。そんなことしないって」

「なんや、生穂。やっぱ光にほれとるんやんけ」

「ち、ちちち違う!た、倒れてる女の子に悪戯とか最低だと思っただけ!」

「だから、そんなことしないって言っただろ……そんな風に思われてるの、俺?」

「だ、だだだって……」

「おまえら、乳繰り合うのは全部終わってからにせぇ。とにかく、あたしはさっきの地図とってくる。場所の確認がまだやからな。あと、カスミンの様子もおかしかったさかい、起こすついでにそっちの方の様子も見てくるわ」

 言うと、片足を引きずりながらカウンターの方へと向かう那由他。

 ねっとりと絡みつく生穂の冷たい視線を背中に感じながらレグバを起こしに行こうと光が足を踏み出したそのときだった。


 破砕音とともに、入り口に堆く積もった瓦礫が四散した。

 再び舞う白煙。

 そして……


「ま、まさか……」

 光がこぼした直後、



 ……ギギギギギギギギギギ。

 不気味に輝く赤い瞳。


「グビビビビ……だから、そんなのじゃやられないって言ったのに」

 総髪が言った。

「これ以上抵抗されると面倒だから、全員片付けさせてもらうよギュビギュビギュビ……」

 ニタリと笑うガマガエル。

 呪縛のように響く声に、光たちは一歩も動くことが出来ない。冷や汗が背中を伝う。

 蛇に睨まれたカエル。いや、この場合、カエルに睨まれた蝿。


 それが、今の光たちの立場だった。

 額の汗が、目に入り、思わず目を瞬いた直後、

 ズザザザザザッ。

 摩擦音とともに床の上を滑ってきた何かが視界に入った。それは、積もった白いコンクリート粉を撒き散らしながら、荒れはてたステージの段差に当たって止まる。

 白粉にまみれていたそれは、アメリカのジャクソン社製1989年モデル、通称【ジャクソンV】

 購入してから改造と修繕を繰り返した光の愛器だった。


「光ッ!そこのギター拾って!」


 直後、背後から聞こえた声に、我にかえる光。

 振り向いた先にいたのは、白いミニのセーラー服に身を包んだ黒い美少女。その彼女が銀髪を振り乱しながら、叫んでいた。

「早く!」

「お……おまえ、なにを言って……」

 言葉の意味がわからず呆然とする光に、檄が飛ぶ。

「いいから!あたしを信じなさいよ、バカ!」

「で、でも……」

「あんた、伝説のギタリストになったんじゃないの?弦は剣より強いんでしょ?早くギターとれっつってんの!」


「!」


 直後、自然に動く光の身体。

 光はステージに駆け寄ると、ギターを拾い上げる。ストラップを肩にかけ、ハーモニクスで全解放を鳴らした。繰り返したいつもの儀式、1弦から、E、B、G、D、A、E……甲高い倍音が響き渡る。


 チューニングはまったく狂っていない。


「和音のC鳴らして!五度で!」

 困惑と疑問が駆け回る光の脳内。だが、身体は何かに突き動かされるように、

「Cから5個飛びで……C、D、E、F……G!

 左手の指がCとGを押さえていた。


 雨の降りしきるステージに、アンプにつながっていないとは思えないほど、力強い音で和音のCが響いた。


 直後、空気が震えた。


 生穂と那由他がその空気に呑まれたようにうっとりとした視線を光に送った。


 そして、固まっていた4つの赤い瞳。

 総髪とガマガエルだった。


「ワオ!ナイスプレイじゃない、光!思った以上の効果だわ。この空間のせいかしら?」

 暢気な声ではしゃぎながら手を叩いたのは、レグバ。

「こ、これは……」

 ギターを構えたまま、なにが起こったのかわからず固まる光を尻目に、レグバは悠然と総髪とガマガエルに近づく。

「お、おい、下水女、うかつに近づくな!あぶないど!」

 我に返った那由他が叫ぶ。

「大丈夫よ。あと、あんたもさっきは良い暴れっぷりだったわよ。ご苦労様、やるじゃない」

 微笑むレグバに頬を引きつらせる那由他。

「いつから見とったんか知らんけど……頭でも打ったんか?そういうこと言われると、ものすご気色悪いど……」

 思いもかけない言葉にそれ以上何もいえず、二の句を継げずに固まる那由他。

「途中からだけどね。あくまで人間としてはってレベルだけど」

「口の減らん女やな……」

 呆れる那由他に、レグバは小憎たらしく舌をぺろりと出して、固まったままの総髪とガマガエルの背中に回り、右手をかざした。

 直後、黒い肌に浮かび上がる模様。それは、呪文にも、抽象画にも見えた。

 顔以外の全身を覆ったその模様の上をフラッシュのようなひかりが走る。

 それはレグバの足元から右腕まで走り、手のひらの上で眩しく輝いた。レグバは、そのままその光を押し付けるように、総髪とガマガエルの背中を叩く。

 直後、赤い瞳は輝きを失い、膝は力を失って、そのまま床の上に崩れた。

「はい、おしまい」

 足元に転がる2つの体を得意気に見下ろすレグバ。

 あまりのことに、光も生穂も声が出ない。

 ――が、


「おお!おまえ、それすごいやんけ。なんやねん、その中二病全開な部族模様(トライバル)!」

 沈黙を打ち破る声。那由他だった。

「浮かび上がった上に光るモンモンなんか初めて見たわ。どこで彫ってん?いまどきトライバルっちゅうのがダサさ炸裂やけど」

「あ、あんたねぇ……あたしは本来この姿なの!タトゥーなんかと一緒にしないで!魔力使うから、制御外しただけよ!」

 眉を吊り上げるレグバに、

「それが素の姿なんけ?おまえら精霊って、ホンマ阿保みたいでおもろいな。中二病こじらしたイタいヤツ丸出しやんけ。おまえら見てたら、幼稚なキモオタやらヤンキーがが精霊やら悪魔やらに憧れよるワケがよぉわかるわ!ワハハハハ!だっさぁ。ギャーッハハハハ!」

 大笑いする那由他。レグバの肩がわなわなと怒りに震える。

「ぐぬぬぬぬ……ちょっとだけ見直したってのに……やっぱあんたって、ンっとにむかつくわね。あんまり調子に乗ってると呪殺するわよ。今のあたしならそれが出来ること忘れてないでしょうね」

 邪悪さを顔いっぱいに貼りつかせて見下ろすレグバに、那由他はハッと鼻を鳴らし、

「やってみぃや。そのかわり、あたしが死んだら、おまえの身体は二度と元戻らんど。誰の魂から霊脈の力引っ張ってると思てんねん。それどころか、中途半端にあたしとつながっとる時点で、あたしが死んだらお前の命もヤバいんとちゃうか?生きてるもんはいずれ死ぬ。肉体は土から出でて土に返り、その魂は、主体から相対へと存在の定義を変える。大した変化はないとあたしは思とるけどな。おどれはどうや?あたしと心中する覚悟はあるけ?」

 ……ッ

 二の句を継げず、奥歯を噛み鳴らすレグバに、那由他は見せ付けるような勝利の微笑を湛えてから、

「……それより、どういうことやねん、今の?なにが起こった?」

 何事もなかったようにコロリと表情を戻した。

「言いたいことだけ言っといて……」憤りの行き場を失い、喉に何かをつめたような表情を浮かべるレグバ。

「……まぁ、いいわ。説明してあげるわよ」

 気を取り直すように、咳払いを一つする。

「ん……つまり、光のギターで連中の心を捕らえて、あたしがそこに門を構築。それから、心の深部に手を突っ込んで、連中の異質の力の核になっている部分を凍結しただけ。接触さえ出来れば、門を開けるのなんてどうってことないわ」

「光のギターって、精霊の力ってやつか?」

「そうよ。スクラッチをその身に宿したことで、今の光はギタリストっていうより魔術師に近い存在になってるの。光の奏でる音はすべて、何らかの魔術的効果を伴うわ。音がダイレクトに心を動かすの。Cは5度圏の頂点、つまり、始まりの音よね。CatchのCと理解していいわ。そして、GはCと組み合わせることで、Getの意味を持つの。わかりやすく言えば、最初のツカミ(、、、)ってやつよ。魔術的観点から言えば、5度和音の5は、人間の数字の5と同じ。魔術で使えば、6度や7度より、より強くダイレクトに人間の心に響くわ。パワーコードなんてよく言ったものよ」

「どおりで……なんか、弦弾いたとき、いつもとはまったく違う感じがした。ギター、いや、音と心が一体化したみたいな……得体の知れない力が湧き出る感じだった」

「でしょう?契約してから、こんなに長い時間ギター弾かないやつ初めて見たわよ。何のための契約だと思ってたわけ?普通の奴は契約直後に喜び勇んで弾きまくるのに。正直、このまま終わるのかと思ったわ、あたし」

 呆れるレグバだったが、

「……」

 終わるという言語に、表情を暗くする生穂と光。

「まぁ、状況が状況やったからな……。そやけど、ロバート・ジョンソンの音源はあたしも聞いたことあるけど、そんな効果はまったくないど。当時は画期的なプレイやったんやろな、くらいの感想しか覚えとらんわ」

 思い返すように宙を仰ぐ那由他に、

「録音媒体に魔力的な要素は封じ込められないわよ。もっと言えば、この世界の生命体以外の物質に、魔力的なものを封じ込めるのは無理よ。霊的なものを封じ込めることは出来てもね。さっき言ったでしょ、数字の5と6の違いよ。容量がないの。大体、あんた、僧侶でしょ?そのあたりよくわかってるんじゃないの?経文だって生で聞かないと意味ないじゃない」

「まぁ……な。別に、経だけちゃうけどな。キリスト教でもなんでもそうや。音楽を伴う宗教儀式は基本、呪力込める場合は絶対にナマや。あれは、神仏の声の代替みたいなもんやからな。パイプオルガンなんかナマで聞かな何の意味もないって、聞くと思い知らされるしなぁ……」


「ちょ、ちょっとまて……」

 光が狼狽していた。生穂は目を丸くしたまま固まっている。


「那由他が、お坊さん……冗談だろ?」


「いや、冗談やない。あたしはこれでも僧籍や」

 首を振る那由他。

「ほ、ほほ本当なの?」目を丸くしたまま口を開いたのは生穂。

「そうや。あたしはみなしごでな、拾われたんが寺にある施設っていうのもあったんやけど、他にも色々あって坊さんになったんや。それより、よお気がついたな」

 少し嬉しそうな視線を向ける那由他に、呆れたような表情のレグバ。

「フン……最初からわかってたわよ。そもそも、いくら霊能力者つっても、あんたみたいに体術まで使えるような奴、そうそういないわよ。昔流に言えば、僧兵ってやつでしょ、あんた。それに、ココナッツミルクでチャイ飲むとか、そんなの菜食主義者(ヴィーガン)の食生活じゃない」


「たしかに、私も、そんな注文聞いたことなかった……」

「それにしても那由他が菜食主義者でお坊さん……ここ最近で一番驚いた」

 いまだ驚愕の表情を崩さない光と生穂に、

「おい、そんなにおかしいか、おまえら!」

 眉を吊り上げて怒鳴る那由他。

「べ、べつにおかしくはないけど、あまりにもイメージがかけ離れてたから。その髪型もそうだけど、やたらケンカっ早いし、下品なことばっか言ってるし」

「アホ!坊主っても色々おるわい、禿頭だけが坊主とちゃうど。大体、それ言うたら、一休も蓮如も親鸞もとんでもない破戒僧やんけ!オンナいてこましまくっとるがな。あたしなんかまだマシや」

 そんなこと今はどうでもええわい……。半ば話をさえぎるように続ける那由他。


「つまり、光の演奏は、あいつら黙らせるのに使える。そこまではわかった。後は何や?なにができるんじゃ?」

「後は光の楽器の潜在能力を引き出すだけよ。いくら精霊の力って言っても、人間が使うとなると限界があるから。でも……」

 言葉に詰まるレグバの顔を覗き込む那由他。

「……でも、なんやねん?」

「魔術とは関係ないものが人間が変質させることもたまにあるのよ。あたしも、その辺りは専門じゃないからよくわからないけど」

「そうか……おまえ、気づいとったんか?」

「連中のことでしょ?さっき気づいたわ」

「何のこと?」

 不思議そうな表情の生穂に、


「あの連中、魔力を身に宿しとるわけやない。内部から変質(、、、、、、)しとんねん、何らかの影響で」


「どういうことなんだ?」

 唖然とする光。

「あたしはてっきり、あいつらみんな魔力的な力を帯びてるんやと思った。この召喚陣を組んだ奴によってな。でも、違う。あのデブ仕留めたときにわかった。外的要因やなく、あいつら自身が自分の中にある何かで変質しとるんや。あの吸血鬼の姿も、与えられたものやない。あれは、あいつらの根底にある願望みたいなもんが、きっかけを与えられて表層に出てきたんや。体の構造まで変えて」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!なんだそれ?あれが魔力じゃないっていうのか?人間がどうやったらあんな力を持てるんだ?」

 理解が追いつかず、混乱する光。


「人間が人外に化けることは不思議なことやない。濃硫酸でも溶けへん肌持った奴、槌で打たれても平気な鋼鉄みたいな身体持った奴だっておるがな、テレビのビックリ人間紹介みたいなんでもたまに出てくるやろが。肉体だけちゃうど、一人で何百人も殺したシリアルキラーだって似たようなもんや。殺しにおいて、精神的な訓練もされてる戦争経験者が数人殺してPTSDになって除隊すること考えたら異常な話やど。鋼鉄の肉体と人を何百人も殺して平気な精神、これを合わせてみぃ、吸血鬼や狼男が、現実のモンやったとしてもなんもおかしないで」

 那由他の話をじっと聞いていてたレグバが、どこか諦めるように、


「そもそも人間なんてものがおかしな存在なのよ。不安定で脆いくせに、時として様々なものに変質する。ほんの、ちょっとしたきっかけでね」

「この場合、そのきっかけってのが、そもそもなんやねんっちゅう話やねんけど……」

 黙りこむレグバと那由他。その様子を見ながら、生穂がぽつりと言った。


「い、今までの話を要約して推測すると……そ、そそそのきっかけって、もしかして、音楽じゃないのかな?」


「!」

 直後、自分に集中した視線にたじろぐ生穂。

「え?え?わ、わわ私、何かおかしなこと言った?」

「いや、その通りだ。ありえないことじゃない。今までの話からすると、それが自然な流れだ」

「たしかに……いくら光のギターが魔力帯びてるっても、さっきのはちょっと効きすぎよ。まさか和音1個で心神喪失状態になるなんて思ってなかったから、あたしも少し驚いたもの。でも、変質したきっかけが音楽ってんなら、説明はつくわね。音楽の影響を受けやすい体になってんのよ、連中」

 納得する光に追従するかのように、レグバが漏らした。


「魔術儀式に音楽……アレイスター・クロウリーかいな。でも、理にはかなっとる。ライブハウス襲って召喚陣組んだ理由も、その辺りが関係してるんかもな。確かに、音楽っちゅうのは、生物の心身に多大な影響を及ぼす。連中の何かを発動させるきっかけに音楽が使われていてもおかしいこととちゃう。何もかもが音楽漬けかい……ちゅうことは、やっぱ、召喚するのも、音楽に関係する悪魔か神さんか精霊ってとこか……おい、()霊の最下層!他にどんなんがおんねん?」


「誰が最下層よ!それに、あんた今わざと漢字間違えて言ったでしょ……わからないと思ったら大間違いよ。チッ……まあ……いいわ。教えてやるわよ」

 レグバは苛立ちをごまかすように咳払いを一つすると、話を続ける。

「そうね、有名どころだとハルモニアとかオルフェウスとか弁天とか……色々いるわよ。つっても、あたしだって連中が本当に存在してるかどうかなんてわかんないわ」

 その言葉に首をかしげる那由他。

「おい、なんでや?おまえ、専門ちゃうんけ」

「住み分けってのがあるのよ。基本的に、同位の階層同士は干渉しないってのが暗黙のルールよ。それに、あたしが今口にした連中は、所謂、神様って奴らよ。もう1層上。数字の7の存在よ。そもそも、神なんて、定義としてはあるけど、それらが感情を持ってるあたしみたいな可愛い存在かどうかは疑わしいわ。もう一つ付け足せば、この世界に7神なんて召喚できないわよ。さっき言ったでしょ?6のあたしですら色々やってギリギリ実体化できる程度の要領しかないってのに、7の存在なんてここに降ろしたら、とんでもないことになるわよ。下手すりゃ、この世界が綺麗さっぱりなくなるわね」

「シリアスな顔してしっかり自分カワイイアピールは忘れへんのかい……まぁ、ええわ。わかった。とりあえず、そういう類の連中かどうかは疑わしいちゅうこっちゃな。とにかく…………ッ」


 言葉の途中で那由他の足元が崩れた。

「那由他!」

 ッ!

 崩れかけた那由他の身体を2本の腕が抱きとめる。

「だ、大丈夫や、少々血を流しすぎた……って、お、おまえ」

 那由他は目を見開いたまま固まっていた。

 その腕の持ち主はやや演技がかった感じで、那由他を見下ろし、

「フン、勘違いしないでよ。共同戦線張るんでしょ。いずれにしろ、その黒幕突き止めてこの世界を正常化しないことには、多分、あたしも向こうに帰れないもの。その間は協力してあげるわよ。あんたのことは大嫌いだけど、あんたわかりやすい性格だから、協力しやすそうだし」

 何故か少し顔が赤いレグバに、

「ツンデレかい……お約束過ぎてため息しか出てこんわ」

 残念そうに那由他が言った。

「だから、違うっての!」

「わかっとるわ。経緯が少々複雑やさかい、おどれのことを完全には信用はせんけど、いずれにしろ、この状況をなんとかせんとな……わかった。こっちも出来る限り協力したる」

「おい、那由他、大丈夫か?」

 おそるおそる顔を覗き込んだ光に、ため息を一つつき、

「あんたのことも何とかしたらんとな……アホな契約しよってからに……とは、さすがにこの状況になったら言わんけどな。今はあんたも頼りや。とにかく、ことが解決したら、あたしが助けたるさかい、安心せぇ」

 力強く微笑む那由他に、思わず光もつられる。

「ほな、そろそろ動くとするけ」

 那由他は膝をつきながら体を起こす。自分の腕の中から完全に那由他が離れたのを確認すると、立ち上がるレグバ。

「……それじゃ、先に進むわよ。他の連中はどうしたの――」


 ――――っ!



 突然、レグバの体から力が抜け去った。

 崩れる身体を、背後から伸びた誰かの腕が支えた。

 その誰かは感情のこもらない瞳で、全員を見回し、何事もなかったように、レグバの体を抱き上げる。

 その場に居た全員が声も出せずに固まっていた。

 目の前で突然起こった状況を誰もまったく理解できなかった。


「だ、誰か……」


 カウンターから這い出るように六価が顔を出して、


「早く、夏澄を止めて!」

 悲痛な声で叫んだ。


 全員の視線の先にいたのは、夏澄。

 その彼女が、自分よりも大柄なレグバの体を軽々と抱きあげ、なおも感情のこもらない瞳で確認するかのように周囲を見回していた。

「か、かか夏澄……ちゃん?」

「お、おい……夏澄、どうしたんだよ?」

 思わず差し出した光の右腕に強烈な電撃が走った。

「ぐぁッ……」

 強烈な電撃に、しびれる右腕を押さえて光が後ずさる。

「だ、だ、大丈夫?」

 思わず光の下に駆け寄る生穂。膝をつく光の身体を支えながら、見下ろす視線に、

「ね、ねえ。か、かかか夏澄ちゃん……どうしたの?」

 悲しみと驚きと困惑がその顔を支配していた。


「カスミン…………」


 その横で、那由他が、苦しそうな表情を浮かべていた。

「やっぱ、さっきので……」

 近づこうとして、足が絡まり、その場に膝を付く那由他。

「那由他!」

 慌てて駆け寄った光を無視し、必死で体を起こす那由他。

 夏澄は何の色もない瞳でその様子を眺めていたが、やがてレグバの身体を抱いたまま、崩れた天井から風雨吹き込む階段手前まで移動し、空を見上げる。


 ぼんやりと、夏澄の背中が白く輝いた。やがてそれは、ゆっくりと大きさを増し、二つの突起になっていく。

 その突起は、燐光のようなものを撒き散らしながら大きく左右に展開した。

 左右の壁に当たりそうなほど広がっていたのは、真っ白に輝く翼だった。

 それらがばさりと軽く羽ばたいた。

「うわっ!」

 雨粒をはらんだ強い風にあおられ、光たちは尻餅をつく。


「ほんまに、封印が……とけてしもたんか……カスミン」

 今にも泣き出しそうな顔でゆっくりと夏澄に近づく那由他。

 その様子を見ていた光が肩にかかったままのギターを構えた。

 那由他の狼狽する顔を見て、責任感みたいなものが芽生えたのかも知れなかった。

 咄嗟の判断だった。

 Cの和音を押さえて弦を弾く。先ほどと同じようにギターは音を奏でた。

 だが――


 夏澄は光を一瞥しただけだった。それだけだった。


 再び背中の翼が羽ばたく。今度は、力強く、何度も。

 場内を旋風が吹き荒れた。

 飛ばされそうになるのを必死に耐える光。

 夏澄の足が少し浮いた。

 そして


 夏澄の体は、レグバを抱いたまま暗い空へと消えた。


 その様をただ呆然と眺める光と生穂と六価。

 那由他は膝をついたまま固まっていた。

 雨はなおも激しさを増し、全員の身体を激しく叩く。

 

 くちゅん……

 誰かが小さくくしゃみをした。

 生穂だった。

「全員ここにいたら風邪をひく。とにかく、雨に濡れないところに入ろうぜ」

 光が目でカウンター奥を促す。

「わ、わかった……」

 生穂と六価は、複雑な表情を浮かべながらも、光に従う。

「那由他も……とりあえず、な」

 精一杯微笑を浮かべて那湯他に近づく光。

「守れん……かった」

 那由他が呟いた。

「話は後で聞くから。とにかく、一旦、奥に行こうぜ、那由他。立てるか?」

 那由他の手を光が取ろうとした。


「カスミンがああなったんは……あたしのせいなんや」


 光の目の色が変わった。

「どうしたんだよ?なにを言って……」

 光の言葉を無視して続ける那由他。


「今のは、カスミンのもう一つの人格。あのコの双子の姉ちゃんや……」

「なん……だと?」


 二の句を告げない光。呆然と虚空を見上げたままの那由他。

 雨は一向に止むことなく、ただひたすら光と那由他を激しく叩いていた。。

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