4:側室いびり提案(引きこもり)による、地獄のカウンセリング
※この小説はBLカオスギャグです。先に書いた「BL異世界ゲーム、テストプレイ中。主人公(悪役令息)の初期好感度が-1000%なんですが、製作者たちは彼が嫌いらしい」の続編です。感動、BLの切なさ、甘い展開一切ございません。カニと不敬とブランコが主食の方のみお進みください。
「……兄上。人生には、何もしないという勇気も必要です」
公爵家の公爵代理、ロビン・ルボイトは四年間、屋敷から一歩も出ていない。(庭には出るが)
自室の絢爛豪華なベッドの上で、ロビン(自称・ニート)は、美しくも虚無な瞳で天井を見つめていた。
事の始まりは四年前。父が重度の喘息を患い、空気の清浄な田舎へ隠居せざるを得なくなったことだった。
「あいつにだけは、この家を譲ってはならん。領民が逃げ出す」
そう確信していた父は、代わりの跡継ぎを死に物狂いで探し回った。しかし、なぜか候補者たちは次々と辞退。万策尽き、断腸の思いでロビンにその座を譲ることになったのである。
領地へ旅立つその日、父は絞り出すような声で言った。
「……すまん、セルシュ。お前の嫁入りを阻止出来なかったために、この家は、とうとうロビンに沈んでしまった」
セルシュとはロビンの兄である。
傍らで、母も絶望に打ちひしがれていた。
「ロビン、あなたに知力がないのは、きっと神様が『この子に知性を持たせたら世界が壊れる』と判断したからなのね」
優秀な長男・セルシュが、男性ながらに王妃として――つまり王の正式な伴侶として他家へ嫁いでしまったのだ。同性婚も、男性出産も珍しくないこの国ではあるが、家門を支える柱を失った母が、現実逃避じみた事を口にするのも無理はなかった。
こうしてロビンは、公爵代理として四年目を迎えた。
なお「代理」なのは父の最後の抵抗である。
ではロビンが仕事をしたか?
知力10の彼にそんな高度な要求をするほうが間違っている。
当然、ロビンが仕事を放置した結果、公爵家はマッハで傾いた。資産は目に見えてダダ下がりし、庭の噴水は荒れ果てた挙句、「蟹の殻」が山と積まれて、生臭い。誰だ、こんな奴を跡継ぎにしたのは。……彼の父だ。
そんな泥舟公爵家を、父のため、母のため、罪なき領民のためと、必死で支えていたのは、王妃となった兄・セルシュだった。
彼は王妃としての激務と子育てに追われるかたわら、夜な夜な実家の帳簿と格闘し、ロビンが撒き散らした不祥事の根回しに奔走した。その代償に、彼の美貌は削げ落ち、幽霊のようにやつれ果てていく。
そんな、王妃という重責を背負ったセルシュが、所用で実家へと足を踏み入れた日のことだった。
婚姻して五年。一分一秒たりとも心が休まることのなかった彼が、ようやく手にした、泡沫の安らぎ。古くから公爵家に仕えるメイドやフットマンたちは、痛ましいほどにやつれた彼を慈しむように、至れり尽くせりのかしずきで迎える。
「おかえりなさいませ、セルシュ様。お疲れのようですから、お好みのハーブティを淹れました」
メイドが恭しく差し出したカップからは、柔らかな湯気とともに、懐かしい香りが立ちのぼる。カモミールをベースに、ほんのりと柑橘を忍ばせた、彼専用のレシピ。
かつてこの屋敷で過ごしていた頃と変わらぬ、鼻腔をくすぐる温かな芳香。その香りに包まれた瞬間、セルシュの肩から、すっと力が抜けた。
(ああ……。なんて穏やかな時間なのだろう……)
安堵の吐息とともに、温かな黄金色の雫を一口、喉に滑り込ませた、その時。
(……?)
セルシュは、カップの底に沈殿した、見慣れない「紫色の粉末」に目を留めた。
カップにハーブティを注いだ王妃付きのメイドが、一瞬だけ、奇妙に口角を吊り上げる。それは歪な微笑みだった。
(……なんだ、このまとわりつくような甘い香気は……)
その違和感を思考の隅に追いやる間もなく、実家の「厄災」――引きこもりの弟・ロビンが、嵐のように飛び込んできた。
ロビンは入ってくるなり、公爵家のメイドに命じる。
「あ、君、厨房にある僕が作った蟹大福持ってきて。あれにはハーブティは合わないから、緑茶にしよう。兄上、蟹の新しいお菓子を開発したんです。ハーブティは、やめてこのお茶とお菓子を試してください」
そう言って、ハーブティを取り上げ、メイドに丸くて白いお菓子と緑茶を用意させた。茶はロビン自らが白いティーカップに注ぐ。
「王妃様にはご機嫌麗しく……えーと、なんだっけ。長いので中略。お疲れ様です、兄上」
一応、人並みの挨拶を試みたロビン。セルシュは引きつった微笑を返す。
そんな、ロビンの口から飛び出したのは、癒やしの時間を台無しにする毒舌だった。
「ところで兄上、リオン陛下は今年、もう三度目の視察旅行ですか。いいですよね、あの辺り。賭博場も歓楽街も、ついでに娼館の質も最高だって評判ですよ」
セルシュの心が、ピキリと凍りつく。
「……ああ。陛下はお忙しいんだ。あの方は、そういう方だし……王として、王土の視察を欠かすわけにはいかないから……」
震える手でカップを握りしめる兄に、ロビンは「さもありなん」と、深く頷いてみせた。
「『視察』、ですか。暗殺と陰謀と計略が渦巻く王宮に兄上一人を捨ておいて、自分は外で羽を伸ばす。陛下はよほど、兄上を『放置しても壊れない丈夫な置物』として信頼しているのですね」
「……ロビン、やめろ。それは皮肉にしか聞こえない」
「えぇ? 皮肉? 心の底から『便利で頑丈な奥様で良かったですね』と感心しているのですが?」
「……っ!」
セルシュの呼吸が浅くなる。逃げ道を塞ぐように、ロビンは淡々と、かつ無慈悲に言葉を重ねた。
「最近の賭博場では、“側室は誰か”で蟹一匹を賭けるのが流行ってるらしいですよ。もっとも、兄上が知らないだけで、視察先には愛人の十や二十、あるいは隠し子の一人や二人いるかもしれませんが」
「……側室を迎えるのは、王家の血を絶やさぬための務めだ。俺が、口を挟めることじゃない……っ」
そこにロビンは、聖女のような瞳で「悪魔のプロデュース」を提示した。
「大丈夫ですよ兄上。側室が来たら、兄上の『公爵家出身』という虎の威を借りまくって、全力でいびり倒しましょう。王宮泥沼昼メロ物語、僕が引きこもりを一時中断して総監督を務めます。……あ、でも側室は多ければ多いほど、兄上への夜の負担が分散されて合理的ですね。一人に集中させるのは非効率ですし」
「……っ、…………ぅ」
セルシュの瞳が、絶望の深淵を覗くように大きく揺れる。
「……リオン……俺は、君を信じている……はずなのに……。いや、やはり君は本当の愛を……他所に求めているのか……? 所詮、俺への求婚は、あの『栗カニケーキ』の刑罰から逃れるためだけの、偽装だったのか……」
疑心暗鬼の沼に沈みゆく兄に、ロビンはどうでもいい一点を正す。
「違いますよ兄上。正確には『栗カニアップルケーキ』です」
そして、ロビンはじっと兄の顔を見つめ、最後の一刺しを見舞った。
「兄上。……毛髪、確実に減りましたね。ストレスですか?」
――ぷつん。
セルシュの中で、何かが、修復不可能な音を立てて弾け飛んだ。
兄は瞳孔を開き、白目を剥いたまま、枯れ木のように床へと崩れ落ちる。
「セルシュ様ぁぁぁ! セルシュ様ー!!」
「直ちに王宮病院へ連絡しろ! 酸素だ、酸素を持ってこい!」
阿鼻叫喚の侍従たちに担ぎ込まれ、遠ざかっていく救急馬車を、ロビンは穏やかな目で見送った。
「兄上、お疲れ様〜。ゆっくり休んでね。……あ、髪も」
その背後から、すべてを見ていた側近ルイスの氷点下な声が落ちる。
「……ロビン様。地獄に落ちる覚悟はできていますか?」
「え?思ったことを言っただけなのに」
ロビンの、銀髪が揺れる。
――お前は本当にクズだ。
その場にいた全員が、心の中で完全に同意した。
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