歩み出す者【エピローグ】
人里離れた辺境の小屋。
周囲を囲み、空に伸びる木々の隙間を抜ける風、その足元に流れる小川の水音。
それらだけが太陽に照らされたこの風景を現実のものだと証明していた。
絵画のごとく美しい幻想的な世界。
ここは定められた理に違和を覚えた者たちが集う小さな楽園。
力を持つ者、持たぬ者。どちらも否定することなく、その交わりを欲した者たちの村だった。
「アノス、オゼリィから手紙きてるよ。たまには顔見せろってさ」
最近ようやく機能しだした輸送経路のおかげで村には外部からの品が増え始めている。
まだ大きな争いは起きていないが、集落としての体裁が整っていけばいくほど、この村をよく思わない者たちが出てくるだろう。
悪意ある品が村に入ってこないかアノスは目を皿にして帳簿を睨みつけていた。
「行けば近況を根掘り葉掘り聞かれることになる。
あいつもそろそろ年だ。腰を抜かせるわけにはいかないだろう」
帳簿を閉じ、椅子の背にもたれかかりながら、固まった身体を大きく伸ばす。
以前のように隣村を駆けずり回る必要がなくなったのは僥倖に違いないが、運動不足という問題が新たに浮上してしまった。
「それは俺たちも同じ、か」
「ちょっと、アノスと同じにしないでよ。私はちゃんと毎日体動かしてるから」
オゼリィの手紙を手渡すソラハは心外とでも言うように自分の二の腕を叩く。
言うほど筋肉質なわけではないが、健康的な腕はいまだ十分な若さを保っている。
日頃の心がけの差をまざまざと見せつけられたアノスは、現実から逃避するように手紙に目を落とす。
顔を見せろと、最早定型文となりつつある数行の後には王都での近況が語られていた。
「カノイ嬢が第三部隊長候補に、か。オゼリィはなぜ俺にあの女の情報を送ってくるんだ」
「流石にここまで有名になったら気がつく人もいるよ。髭剃ればそっくりだもん」
村の皆に威厳を示すために生やし始めた髭を撫でながらアノスは複雑な表情を浮かべる。
彼女の父と師匠の仇を逃がしたのだ、当然と言えば当然だろう。
しかし、彼は今でも間違ったことをしたとは思っていない。
「……新宗教の集会所は特定できず、いさかいは絶えないが、近頃は比較的平和、と」
誰が設立したのか、国教を持つ王国の中心地で新たな宗教が生まれて久しい。
逆徒と思われていた人物が力を得たという噂は辺境の地にあるこの村にも届いていた。
あくまで噂にとどまっているのは関係者が慎重に動いている証だろう。
「……でも、やっぱり対立は起きてるんだね」
「それはそうだ。信じる神が違えば考えて方も変わる。
これからはどこまで相手方を妥協させるかの勝負だ。
国を相手に競り合えるか、叩き潰されるか、踏ん張りどころだろう」
手紙を横から覗き込みながら少し残念そうに呟くソラハ。
しかしそんな彼女を鼓舞するようにアノスの声は明るい。
その戦いが決して他人ごとではないからこそ、彼はその先の希望を抱き続けていた。
「たとえ誰に否定されることがあっても、俺たちは自分が信じる未来のために戦えばいい。
そうしていれば、いつか同じ意志を持った誰かに出会える。想いは繋がっていくんだ」
小屋の外から子どもたちの笑顔と彼らを叱る声が響いてくる。
瑠璃色の毛皮が人気の教育係は今日も苦労しているようだった。
「少し休憩しようか」
「……そうだな。冷やかしに行くとしよう」
お互いの顔を見合わせて立ち上がった二人は扉を抜けて朝日のもとへ出かけていく。
暖かい風が運んできた花びらの一枚が閉まる寸前の扉を抜け、ゆっくりと部屋を漂い、帳簿へと止まった。
帳簿の表紙に書かれた村の名は『エノスィエル』。人の抱く力。
これにて完結です
最後までお読みいただきありがとうございます
いま読み返してみると色々粗が目立つお話ですが
それでも思い出深い作品です
次回作については後々活動報告の方で進捗を話せればと思っています
次回はもっと中二病マシマシでやりたいですね




