2-2 天界からの招待
午後の授業が終わり放課後、いつも通り生徒会室へ向かうための廊下を歩く。
廊下の窓から差し込む午後の陽光は、昨日までの死闘が嘘のように穏やかだった。
生徒会室の前に着き、扉を開けると、そこにはいつもの顔ぶれが集まっていた。
「やっと来たか、おっせーよ、勇飛。今日も生徒会の課題は山積みだぜ。ほら、風条院なんて気合い入れて、もう仕事に取り掛かってるぞ。お前も同じ副会長として、風条院や生徒会長の俺を見習うことだぜ!」
生徒会長専用の椅子にドカッと腰掛け、いつも通り暇を持て余した龍夜が言う。
「生徒会長のあんたは何もしてないでしょうが!まったく、偶にはあんたも生徒会長らしく真面目に仕事したらどうかしら?」
その隣で不機嫌そうに眉をひそめる亜理紗が、書類の整理をしながら龍夜に苦言を物申す。
「悪いな遅れちまって…俺もすぐに取り掛かるよ」
「…なんだ勇飛、いつもみたいにツッコミ入れないなんて珍しいな…てかお前、その顔や体につけた傷どうしたんだよ。休み前はそんな傷無かっただろ。この週末に何かあったのか?」
勇飛の深妙な顔見て何かを察した龍夜が問いかける。
「あぁ…昨日ちょっとな…」
龍夜の問いに勇飛が答えようとした時だった。
「すいません皆さん…遅れてしまいました」
勇飛の後ろから、流華が遅れて生徒会室に入ってきた。
「流華ちゃんが遅刻なんて珍しいじゃん。ってか、流華ちゃんも何か怪我してね?」
同じく遅れてきた流華を見た龍夜が、勇飛と同じく怪我をしていることに疑問の念を抱く。
「あ、これですか…これはその…」
龍夜の問いに応えようとした流華が、一瞬困ったように勇飛の方に視線を向ける。
「怪しいわね二人して…昨日何があったのかしら、私にも詳しく教えてくださるかしら?」
その仕草を見逃さなかった亜理紗が、更に追い打ちをかけるように問いかける。
「…まぁ、隠すことでもないからな、俺から皆に話すよ」
そう言うと勇飛は、淡々と昨日の出来事を語り始めた。
「昨日、天魔を名乗る悪魔使いと戦った。この怪我はその時のものだ」
「天魔って、前に俺たちが戦った勇飛の兄貴やあの調子者の真月神牙のことだよな。他にも仲間がいたのかよ」
「あぁ、俺と水希が戦ったのは、紫苑と名乗る男だった。そいつは以前、水希と因縁のあるやつで、六天魔王と呼ばれるアスタロトという上位悪魔と契約した悪魔使いだったよ」
「六天魔王…聞いたこともない悪魔っすね?」
生徒会室の窓際の机の上で、足組をしながら居座っていた健太郎が返す。
「轟も来ていたのか、ちょうどいい。勇勢が束ねる天魔と呼ばれる悪魔使いのことを亜理紗や轟には話していなかったと思うからな」
「あんたのお兄様が悪魔使いってことも初めて聞いたわよ。それで、その後はどうなったの?まぁ、今のあんたや水希さんが無事ってことは、聞くまでもない結果なのでしょうけど」
「あぁ、水希の神使いの力が戻ったおかげで、紫苑を倒すことができて、事なきを得たよ」
「おぉ!流華ちゃんの力が戻ったのか。ってことは、俺たちが助けたヒュペリオンも元気になったってことか?」
「はい、龍夜君の言う通りですよ。ほら!」
「やぁ、流華の相棒のヒュペリオンだよ~。あの時は世話になったね龍夜君」
流華の背後から「やっほー」といった勢いで、ひょっこりと顔を出しながらヒュペリオンが挨拶する。
「あ、ヒーくんだ。ひっさしぶり!!」
「おぉ、ヒュペリオン!体はもう大丈夫なのか?」
「ヒュペリオン、こっちで会うのは久しぶり、元気?」
ヒュペリオンの存在を感知したのか、亜理紗と龍夜と轟の傍から、フレイヤとヘパイストスとアルテミスも姿を現した。
「やぁやぁ、フレイヤ、ヘパイストス、アルテミス。その節は心配かけたね。君たちのパートナーが流華を守ってくれたおかげで、僕はこの通り元気さ。皆には感謝してるよ」
かつて、勇勢に瀕死まで追い込まれたヒュペリオンだったが、勇飛をはじめ、共に戦ってきた神使いの絆が、流華に勇気と力を取り戻させてくれたおかげで、今の自分が復活できたことを改めて感謝するヒュペリオンだった。
「水希の力が覚醒しなかったら、危うく俺は紫苑にやられていたところだった」
「そんなことありませんよ。勇飛君やガブリエルさん、ヘラクレスさんの力が無かったら、私とヒュペリオンだけの力では勝てなかったかもしれません。二人して得た勝利ですよ」
「なんか、二人していい感じの雰囲気じゃん…ってか待てよ。二人でって、まさか勇飛と流華ちゃん、この週末に二人きりでどこか出かけてたってことか?」
龍夜の反応に「あ、まずい…」といった感じの焦った表情をする勇飛。
「私が勇飛君にお願いして…その遊園地に…」
おい水希…その返しは火に油を注ぐようなものだぞ…と勇飛が心の中で思わずツッコミを入れたのも束の間。
「ゆ、ゆ、ゆ、遊園地だと!?しかも二人っきりで…これってデートじゃん!勇飛、お前いつから、流華ちゃんとそんな関係に…」
「おい、待て早まるな龍夜。お前が思っているような関係にはなってないって」
「そ、そ、そうですよ龍夜君。まだ勇飛君とは龍夜君が思っているほどの関係には…」
「いま、『まだ』っていったよな流華ちゃん。ってことは近いうちにそういうことだよな!?」
「いや、今のは言葉の綾といいますか…」
否定を試みる流華だったが、週末の遊園地での事を思い出してしまい、ふと頬を赤らめてしまう。
「あああああ! 流華ちゃんが赤くなってる! 肯定だ! これは肯定の赤だ! 許さん、許さんぞ勇飛ぃぃぃ! この裏切り者が!!俺なんてなぁ、この週末はヘパイストスと週刊誌のグラビアモデルの写真で『どっちの女の子の方が好みか』で三時間も言い争いしてたんだぞ! それなのにお前は…お前というやつは!」
龍夜の暴走に拍車がかかる。
「裏切者には制裁だ。神器召喚・リア充爆破扇!!」
龍夜の右手に神器召喚によって生み出された大きなハリセンが姿を現す。
「ちょっといい加減にしなさい。みっともないわよ」
呆れ果てた様子で亜理紗が冷たい視線を送るが、龍夜の暴走は止まらない。
「これが落ち着いていられるかってんだ!風条院、お前だって、勇飛が自分の知らないところで流華ちゃんと『二人で得た勝利』とか言ってる雰囲気に、靄っとするところあるだろ!?」
「なっ…私は別に…そんなこと…あ、ありませんわよ…」
龍夜に言われた言葉を想像した風条院が、いつもの凛とした表情とは一変し、珍しく少し恥ずかしそうな仕草を見せる。
「ほら見ろ。お前だって顔真っ赤っかじゃねぇか!お前もハリセン持て!今日の生徒会の議題は、勇飛の断罪方法についてだ!!」
龍夜が神器召喚で作り出したもう1つのハリセンを風条院に押し付ける。
「…はぁ、俺は関係ないっすからね。巻き添えはごめんっすよ」
その様子を見ていた轟も、呆れた様子でため息を吐く。
「おいおい龍夜よ、俺の力をそんな遊びに使うなよ…」
主の暴走をため息交じりにヘパイストスが宥める。
「るっせぇヘパイストス、お前も俺の相棒なら加勢し…」
龍夜がヘパイストスにも加勢を促したその時だった。
ピキッと壁にヒビが入るような効果音が、勇飛の背後から響いたと同時に、禍々しい黒いオーラが龍夜とヘパイストスを襲った。
それは悪魔が発する瘴気のオーラとは異なり、まるで女性が放つ嫉妬心が具現化したようなオーラだった。
そのオーラに、身に覚えのある龍夜とヘパイストス。
二人して恐る恐るそのオーラが溢れる先に視線を向ける。
「龍夜様、ヘパイストス…私の聞き間違いならよろしいのですが、先ほどグラビアアイドル?と聞こえてきたのですが、二人してさぞ、俗世の欲情を楽しまれているみたいですね」
視線の先では、ガブリエルが笑顔で二人に問いかけているが、言葉に優しさが皆無だった。
暴走するあまり龍夜が、踏んではいけない地雷を踏んでしまい、その爆片がヘパイストスにも被弾してしまったようだ。
「いや、マイハニーよ。俺は龍夜に踊らされてだな…」
「あ、ヘパイストスお前、俺はグラマラスなボン・キュッ・ボンのこっちの子が好みだなとか言って、一緒に楽しんでいただろ」
「バカヤロウ、龍夜。いまそんなこと言ったら…」
龍夜の一言で、ガブリエルの怒りメーターが臨界点に達した。
「勇飛様、少しばかり龍夜様とヘパイストスをお借りしますね」
「あ…どうぞご自由に…」
悪魔よりも恐ろしいオーラを放ちながら許可を取るガブリエルに、二つ返事で『はい』としか言えない勇飛だった。
身に危険を感じた龍夜とヘパイストスは、その場からの逃亡を図ろうとしたが、気づいた時にはもう遅く、ガブリエルの守護の光鎖によって、身動きを拘束されていた。
「お二人とも…ちょっと教室の外まで面貸してもらえますでしょうか?」
「「あ、はい…」」
まるで婦警さんに連行される犯罪者のように鎖に引っ張られながら、龍夜とヘパイストスは生徒会室の外へと連れていかれた。
「あっはっは、流華のお友達は、みんな本当に愉快だね。こういう雰囲気、嫌いじゃないよ」
一連の様子を目の当たりにしたヒュペリオンが面白可笑しく笑い声をあげる。
「あはは…そうですね」
対する流華は、いつもの見慣れた光景に呆れた感じで、空笑いな返事を返す。
何はともあれ、ガブリエルのおかげもあって、龍夜の暴走は沈静化されたのだった。
思わぬ巻き添えを食らったヘパイストスには悪いが、心の中で両手を合わせて無事を祈るのみだった。
外の廊下からは「待って!ガブリエルさん、俺が悪かったって!」「マイハニー、どうか落ち着いてくれぇぇぇ!」という龍夜とヘパイストスの悲痛な叫びが遠ざかっていく。
「…さて。それじゃあ、今のうちに仕事を進めてしまいましょうか」
亜理紗が咳払いをして、無理やり冷静さを取り戻そうと書類に目を落とした。
だが、その耳たぶはまだほんのりと赤いままだ。
そんな時だった。
「…おや?」
ヒュペリオンがふと窓の外に視線を向け、瞳を細めた。
「どうしたの、ヒュペリオン?」
流華が問いかけるより先に、窓の外から『バサバサッ』と羽ばたきの音が響く。
窓枠に舞い降りたのは、二羽の大きな鴉だった。
一羽は差し込む陽光を弾くほどに輝く純白の羽を持つ鴉。
もう一羽は影そのものを纏ったかのように深い漆黒の羽を持った鴉だった。
その二羽は通常の鳥ではありえないほど理知的な瞳で室内を見渡すと、真っ直ぐにヒュペリオンの前へと飛び込んだ。
「あ、君たちは」
ヒュペリオンが驚きに目を見開く。
白と黒の鴉は恭しく頭を下げると、ヒュペリオンの目の前で鮮やかな新緑色のベレー帽をかぶり、ベージュのスカウト制服を着こなした少年少女のような見た目の姿へと変化した。
「鴉が人に化けただと…敵襲か? 」
その様子を見ていた健太郎が警戒して立ち上がるが、ヒュペリオンがそれを制した。
「大丈夫だよ。彼らは『フニン』と『ムニン』。天界の最高神ゼウス様の側に仕える伝書鴉だ」
「ヒュペリオン様、お久しぶりです。はい、これ、ゼウス様からの手紙だよ!」
黒色の羽を生やした少年のような見た目のフニンが、意気揚々とした態度で、一通の封書をヒュペリオンに手渡した。
「なんでも『速達でよろしく』って依頼だったから、早く確認した方がいいかも…ってことを伝え忘れているよ、お兄ちゃん!」
白色の羽を生やした少女のような見た目のムニンが、兄のフニンに補足するように告げる。
「なるほど、ゼウス様からの封書か。ありがとう。二人ともご苦労だったね」
ヒュペリオンがフニンから封書を受け取ると、二人を労うように頭を撫でる。
「それじゃ、ヒュペリオン様、僕たちは他にも仕事が残っていますので、これで失礼しますね。ほら、次の依頼先に行くよムニン」
「あ、待ってよフニンお兄ちゃん…ヒュペリオン様、ご武運を祈っています」
役目を終えたフニンとムニンは、ヒュペリオンに挨拶を告げると、再び鴉の姿へと変化し、窓から飛び立つようにして去っていった。
「ゼウスだって…今度は天界のお偉いさんから、俺への新しい制裁か?」
気づいたら、ガブリエルの折檻から命からがら逃げ戻ってきた龍夜が、ボロボロの状態で話の輪に入っていた。
ヘパイストスもボロボロになりながら、いまだガブリエルの守護の光鎖で縛られた状態ではあるが、二人して室内へと戻ってきていた。
「違いますよ、龍夜君。それでヒュペリオン、封書にはなんて書いてあるのですか?」
流華が問いかけると、ヒュペリオンが金色の封蝋を解き、中にある羊皮紙を取り出す。
そこには文字そのものが淡い光を放つ、神聖文字が綴られていた。
「…、…なるほどねぇ」
内容を読み進めるにつれ、ヒュペリオンの表情が引き締まっていく。
「ヒュペリオン?」
流華が憂鬱な面持ちでヒュペリオンを見つめる。
「みんな、聞いてくれ。ゼウス様からの直命のようだ」
ヒュペリオンは全員の顔を見渡しながら、真剣な顔つきで手紙の内容を読み始めた。
「『親愛なる聖天六神の皆へ。最高神ゼウスの名において、僕たち同胞とその契約者たちに告ぐ。天魔と呼ばれる悪魔使いの胎動は、もはや看過できぬ段階に達したみたいだね。これから直面する戦いの真意や天魔の目的を君たちに告げる必要があるみたいだ。直ちに全契約者を伴い、天界の法廷へと参じることを命ずるよ』」
ヒュペリオンがゼウスからの手紙を読み終える。
シリアスな雰囲気のはずなのに、ゼウスのやんわりとした性格面が文章から漏れ出しているのか、何とも言えない空気感になっていることは、そっとしておこう。
「天界の…法廷?」
亜理紗が息を呑む。
「ってことは、俺たち人間も天界に行くってことかよ!? 無理だろ、ってか、酸素とかあんのかよ!」
龍夜がいつも通りふざけたように言うが、ヒュペリオンが真面目な表情で、それを遮るように続ける。
「天魔と呼ばれる悪魔使いと六天魔王の動きがあったことで、天界も本格的に次の段階へと動き出したんだろうね。勇飛、流華。そして龍夜、亜理紗、健太郎。君たちはこれから人間としてではなく、神に選ばれた『神使い』として、その覚悟をゼウス様に問われることになるよ」
ヒュペリオンの声が、かつてないほど重く響きわたり、圧し掛かるのを感じる。
次の瞬間、ゼウスからの手紙が突如として青白い炎を上げ、室内の床に巨大な魔法陣を描き出した。
それは聖天六神が、それぞれの象徴として刻む紋章が、複雑に絡み合った見たこともないほど緻密で巨大な幾何学模様で構成された魔法陣だった。
「行くしかないみたいだな」
勇飛が覚悟を決めたように一歩前へ出た。
「きっとゼウス様も兄貴の目的が何なのか知っているんだろう。それを俺たちに伝えるため、こうして直々に天界へ招いてくれてるみたいだしな」
「いいぜ、面白そうじゃん。最高神だか何だか知らねえけど、人間界を代表として、この生徒会長様のリーダーシップを見せつけてやろうじゃねえか!」
龍夜がボロボロの制服を正しながら、ニカッと笑った。
流華と亜理紗と健太郎も勇飛と龍夜に応じるように頷く。
五人と六神の影が、魔法陣から溢れ出した圧倒的な光の中に溶けていく。
放課後の生徒会室から人影が消えた後、ただ一陣の風がカーテンを揺らした。




