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第九話「楽しそうだな」

 ラッサムは無言のままコスモの部屋に入った。アッサム達には支度をするから、と言って別れたのに何故私の部屋に入るのだろう、と不思議に思いながらコスモもラッサムの後に続いて部屋に入った。


 一足先に部屋に入ったラッサムはソファに身を沈めて深い溜息をついたところだった。コスモは不思議に思いながらラッサムの前の椅子に座った。


「紅茶をお持ちしましょうか?」


「あぁ、頼む」


 ロロの申し出にラッサムは眉間に皺を寄せて目を閉じたまま答えた。


「……ラッサム。私は劇場に行く支度をするんじゃなかったの?」


 コスモはたまらずラッサムにそう尋ねた。


「あぁ……そうだったか」


 ラッサムは目を開けて苦笑いを浮かべた。


「もしかして……もうあそこにはいたくなかったの?」


 コスモの問にラッサムは何も答えずに窓の方に目線を移した。それが答えだ、とコスモは思った。


「ラッサムはアッサムと仲が良いと思っていたのだけれど」


「……悪くはないさ。時々困らせられるだけだ」


 ラッサムは疲れた表情で溜息混じりに答えた。コスモの昔からの印象では、ラッサムはアッサムの強引さに振り回されながらも、最後には仲良く一緒にいるイメージだった。ラッサムはアッサムを本気で嫌がることもあるのだな、とコスモは意外に思った。


 ロロが紅茶を運んできて二人で飲んだ。先程までとは打って変わって沈黙が落ちている。


 それにしても、ラッサムは何故あそこから逃げ出したかったのだろうか。コスモはぼーっとラッサムを見ながらそんなことを考えた。


 ラッサムとアッサムは一緒に行動することも多いはず。仲が悪いわけではないのだから、別に一緒にいたっていいはずなのに。


 だとすると別の理由があったのだろうか。例えば……


「まさか」


 コスモは一つの仮説を思いついて思わず小さく口を開いた。静かな室内でラッサムがそれを聞き逃すはずもなく、不審な目でコスモを見てきた。


「ね、ねぇラッサム。ミーティアとラッサム達も昔からの付き合いなの?」


「そうだな。パーティや城下に行った時に時折会うくらいだったから、そこまで頻度は高くなかったが、幼い頃から知ってはいた」


「そうなの。幼い頃のミーティアはどんな子だったの?」


「どんな子?うーん、今と変わらないような印象だな」


「それは昔から可愛らしかったのでしょうね」


「可愛らしい?……俺にはよくわからん」


 ラッサムはふいっと横を向いてしまった。その反応を照れによるものだと判断したコスモは、なるほど、と心の中で納得した。やっぱりそうだ、ラッサムが中庭から逃げたかった理由がわかった。


「ラッサム。私達は似ているかもしれないわね」


「……そうか?」


「えぇ、そうよ。お互い頑張りましょうね」


 コスモは満足げに頷いていた。何だ、私だけじゃなかったんだわ。ラッサムと私は同じ、失恋した者同士なのだから。ラッサムもミーティアが好きだったのにアッサムに取られてしまった。だから、あの場にいたくなかったんだわ。


 対してラッサムはコスモの言葉に不審な表情を浮かべたが、今日一番嬉しそうな顔をするコスモに何も言えずに紅茶を飲み込んだのだった。


***


 コスモは劇場へ行くために普段より少しオシャレをした。茶色い髪の毛を一つにまとめて、白を基調にポイントで紫色が入ったフリルの少なめなドレスを身にまとった。

 ラッサムはそんなコスモの姿を見ても不機嫌そうな顔をするだけで何も言ってはくれなかったが、着替えを手伝ってくれたロロとサーシャが「可愛い」と褒めてくれたので、不安はなく馬車へ乗り込んだ。


 コブルスルツ城から馬車で10分のところに劇場はあった。古くからある建物だそうだが、外観も内装もそうだと言われなければわからないくらい綺麗なものだった。


 支配人が出てきてラッサムとコスモに挨拶をしてから席に案内してくれた。二階の舞台のど真ん中の席だ。直前に観に行くことを申し出たのに申し訳ない、と思いつつも、コスモは逸る気持ちが抑えきれずにキョロキョロと劇場内を見渡した。


 赤い絨毯に赤い椅子が置かれた劇場内はシャンデリアがキラキラと輝いている。一階にもたくさんの人がいて、それぞれにオシャレをして楽しげな声をあげている。ケンリウムでは考えられなかったような華やかな光景だ。


「楽しそうだな」


 キラキラと顔を輝かせるコスモにラッサムが声をかけてきた。


「子供みたいにはしゃいでしまってごめんなさい。でも、すごい、劇場に来ただけなのにこんなに素敵だなんて。上手い言葉が見つからないけれど、胸がドキドキしてしょうがないの」


 コスモは頬を上気させて言葉通り興奮した様子でそう言った。コスモはまた落ち着きなく辺りをキョロキョロし始めて、それを見たラッサムはコスモに気がつかれないようにクスリと小さく笑った。


 チャイムが鳴って辺りが暗くなる。人々のざわめきもだんだんと小さくなっていった。


 舞台が明るくなって劇が始まる。『火の鳥の王女』というお話で、あるお城の王女が魔女の呪いで火の鳥に変えられてしまう。触れたものは燃えてしまうので誰も近づけなくなり、王女は一人寂しく山間に住むようになる。近くに住む村の男が噂を聞いて行ってみると、衰弱した火の鳥を見つけた。男の必死の看病により元気になった火の鳥。男の優しさに触れ、徐々に惹かれ合っていく二人だったが、触れ合えば男は燃えてしまう。悲しみに暮れる王女だったが、男は「私が燃えても構わない。それでも君に触れてみたいんだ」と言い王女にキスをする。すると、呪いが解けて王女が人間に戻る、というお話だ。


 そのお話を生で演奏される音楽と出演者が歌う歌で彩られる。舞台のセットもケンリウム城で見た劇と比べ物にならないくらいリアルで美しいものだった。


 コスモはそんな劇に感動しながら王女に感情移入するあまり涙を流して見入った。劇が終わると惜しみない拍手を送ったのだった。


「はぁ~本当に素敵だったわ」


 劇場の目と鼻の先にある料理店に入ってから、コスモは劇を思い出してはそれに浸っていた。


「あの女優さんは人間のままなのに、火の鳥に見えてしまうから不思議よね。演技がそれほど上手ということだわ」


 食事を取りながらうっとりとした表情でコスモは独り言のようにラッサムに語りかけていた。


「お話も素敵だったし、何もかも素晴らしかったわ」


「気に入ってもらえたようでよかったよ」


 ラッサムも心なしか嬉しそうにそう言った。


「本当に気に入ってしまったわ!毎日でも観に来たいくらい」


「それは難しいかもしれないが……また機会があったら来よう。演目が変わる度にいつも誘いは来るんだ。父さんと母さんは時々行くんだが、アッサムは興味がないからほとんど行かない。父さんと母さんの邪魔をするのも悪いし、俺が一人で来るのも変かと思って普段はあまり行っていなかったんだが、コスモが一緒ならいいだろう」


「本当!?」


 コスモは顔を輝かせた。


「あぁ」


「嬉しいわ。誘いがあったら必ず行くと伝えてね?次の誘いはいつかしら」


 子供のようにはしゃぐコスモをラッサムは優しい眼差しで見つめていた。


 食事が終わると馬車に乗って城に戻った。


「今日は本当にありがとう、ラッサム」


 部屋の前でコスモは改めてお礼を言った。


「構わない。……あ、そうだ。明日、俺は朝からコブルスルツ国の北の村、アイクリスに視察に行くことになっている。1日泊まりになる」


「そうなの?それなのにこんなに遅くまで、ごめんなさい」


「いや、いいんだ。俺も劇を見に行けて良かったよ。それじゃあ、おやすみ」


「おやすみなさい」


 二人は挨拶を交わしてそれぞれの部屋に入った。コスモは興奮した気持ちを抑えられないまま、ベットに入ったのだった。


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