第五話「星は好きか?」
その夜。夕食の最中、アッサムはコスモをチラチラと気にして見ていた。コスモはそれに気が付きながら目線を合わせることはない。この前のことを問いただされてもコスモは言うこともない。約束のことも自分から言うつもりはないのだから。
夕食を終えると国王や王妃には紅茶が出されたが、ラッサムはそれを断って立ち上がった。
「私達は二人で紅茶をいただきますので」
セントラ国王は嬉しそうに目を細めて頷いた。
「そうするといい」
「それでは失礼致します」
ラッサムとコスモは挨拶をして先に部屋を出た。コスモはラッサムと二人きりになることにまだ抵抗があったが、アッサムから逃れるためにはしばらく仕方がないと考えていた。
「今日は中庭に出ないか?」
「中庭?」
コスモは思わずラッサムに聞き返した。
「あぁ。夜でもだいぶ暖かくなってきた。気分を変えて外で過ごすのもいいかと思って」
中庭といえばアッサムとよく会っていた場所だ。失恋直後に行きたい場所ではない。しかし、コスモは綺麗な花が咲き乱れるコブルスルツ城の中庭が気に入っていた。行きたくない、と言えば嘘になる。
コスモが迷っているとラッサムが訝しげにコスモを覗き込んできた。食後のお茶を中庭でいただくかどうかでこんなに悩むなんて明らかに不審だ。コスモは平静を装って、
「そうね、そうしましょう」
と、答えたのだった。
中庭に着いて二人は屋根の下の白い椅子に腰掛けた。この場所は昔からあるが、子供ながらに無断で使ってはならないと思って座ったことはなかった。その場所に今、コブルスルツ第一王子の婚約者として座っている。何だか不思議な気分だった。
座って程なくしてサーシャが紅茶を運んできた。サーシャはコスモと目が合うとラッサムに気がつかれないようにいたずらっぽくウインクしてみせた。そして、すぐに下がって二人きりになった。
相変わらずラッサムは何も喋らない。コスモも何か話題を考える気持ちにもなれなくて中庭を見つめた。
夜の中庭。嫌でも昔のことを思い出してしまう。アッサムとこっそり会っていた。飽きもせずにいろいろな種類の花を夜中見続けたり、他愛のない話をしたりした。あの日みたいに月明かりを頼りに短い本を一緒に読んだこともある。どれもこれもキラキラと輝く素敵な思い出だ。それなのに今は───
コスモの瞳は僅かに潤んでいた。それに気がついて誤魔化すかのように空を見上げた。空にはいくつもの星が瞬いている。
「ケンリウムであればもっと星が見えるのだろうな」
突然ラッサムに話しかけられてコスモは驚いて視線をラッサムに向けた。ラッサムは先程までのコスモのように空を見上げていた。
「昔、ケンリウム城に滞在した時に空を見上げて驚いたよ。こんなにたくさんの星が見えるのか、と」
「……えぇ。ケンリウムは田舎だもの。街の光が少ないから星がたくさん見えるのよ」
コスモは控えめに答えた。
「星は好きか?」
「どうかしら。子供の頃から当たり前にそこにあったものだから。それより私は昔からコブルスルツ城の中庭の方が好きよ。花が綺麗だもの」
「そうか」
ラッサムが笑ったような気がしたが、暗がりであまり顔がよく見えなかった。
「少し歩くか?」
「……えぇ」
コスモはラッサムの提案に乗って立ち上がった。ゆっくりと中庭の中に入っていく。暗くてもたくさんの花が咲いていることがわかる。それもただ咲いているだけではなくセンス良く配置されている。
「ここの庭は誰が管理しているの?」
「街から専門の庭師を呼んでいる。コノデーラ・ケティグラスという男が一人で管理している」
「一人で!?こんな大きな庭を?それも男の人だったのね」
コスモは改めて中庭を見回した。二人はちょうど緑のアーチに差し掛かったところだった。
「コスモが昔見ていた庭はコノデーラの師匠に当たる者が管理していたんだ」
「そうなの。それじゃあ管理する人が変わっていたのね。全然そんな風に感じなかったけれど」
「弟子というくらいだからな。感性もきっと似ているのだろう」
「そうかもしれないわね」
アーチをくぐって中庭のちょうど中心に差し掛かる。ここに屋根付きの木のベンチが置いてある。そこでアッサムとコスモはよく話をしたものだった。
「こんな素敵な庭を作る人、一体どんな方なのかしら」
「最低でも週に一度は顔を出すから、次に来たときには声をかけてみるといい」
「いいの?」
「あぁ。俺も見かけるとたまに声をかけるよ」
「ラッサムが?」
コスモは思わず驚いた声をあげてしまった。
「まぁな」
ラッサムは少し突き放したような声を出してコスモより一歩先に進んだ。そこでしばらく二人は立ち尽くして中庭を眺めた。二人の目の前には小さくて白い花が咲いていた。
「この時期の花も綺麗だが、もう少し暖かくなってからの中庭もなかなか良いぞ」
「そうなの。楽しみね……。私はここの一部分を切り取って見ていただけで、ずっと見続けていられることは今までなかったのだから」
「楽しみにしているといい」
コスモはふと気がつくととても穏やかな気持ちになっていた。それはコブルスルツ城に来てから初めての落ち着いた時間だった。
よく考えてみたら中庭に来てからのラッサムは良く喋る。アッサムと同じようにラッサムも花が好きだったのかしら。
コスモは昼間サーシャから聞いた言葉を何となく思い出していた。
『本当は優しい方なのに』
とてもそうは思えなかった。しかし、今なら何となくわからなくもない。中庭を眺めながらコスモはそんなことを考えていた。