第六話「ラッサムが私のことを?」
翌日は朝からイリーナ王妃にコブルスルツ国の有力貴族について講義を受けた。アッサムの婚約者もコブルスルツ城に到着して落ち着いたら、双子の王子合同の婚約祝いのパーティが開かれる。そこで、いくらケンリウムの姫であってもラッサムの婚約者としてはコブルスルツ国の貴族について知らないというわけにもいかない。今から勉強しておく必要があった。
王妃の話が長引いて終わったのは夕方になってからだった。疲れ切って部屋に戻り、ふと外を見ると中庭に人影が見えた。まさか昨日ラッサムが言っていた庭師では!?そう思いコスモは部屋を飛び出して中庭に向かった。
日が傾き始めた頃の中庭も見事なものだった。夜に見るものともまた違う。花がオレンジ色に輝いてキラキラして見える。しばらく中庭に来た理由も忘れて見とれていると、一人の大きな男が近づいてきた。
「あら?貴女様はもしかしてコスモ姫ですか?」
ラッサムとアッサムよりも遥かに背の高い大きな男をコスモは見上げた。手にはシャベルと袋を持っている。
「えぇ、貴方は庭師のコノデーラさんですか?」
「まぁ、私のことを知っていてくださっていたなんて!」
大柄な体格に似合わない可愛らしい口調で顔の前で手を合わせた。
「コノデーラ・ケティグラスと申します。デーラ、とお呼びくださいませ」
「わかったわ、デーラ」
コスモは目の前の男を見て少し首を傾げた。大柄でがっしりした体格。それなのに所作や口調は女性のようだ。
それに、珍しい薄紫色の髪の毛をしていて、その髪は長く、後ろで一つに束ねられている。今までに見たことのない外見と中身の人物に思えた。
ただ、瞳の色はコスモと同じ赤色で、コスモを見る目は優しかった。不思議と警戒心は生まれない。
「もしかして私のことはラッサム王子から?」
「えぇ、そうよ」
「やっぱり!私もコスモ姫のことはラッサム王子からお話を伺っていました。聞いていた通りの可愛らしいお方だわ」
「ラッサムが私のことを?」
コスモは意外そうな顔をして聞き返した。
「はい、お会い出来て光栄です」
デーラは本当に嬉しそうに笑った。
「私も……この中庭が昔からずっと好きで、どんな人が作っているのだろうと会ってみたいと思っていたのよ」
「まぁ、それは嬉しい!」
デーラは小さく飛び跳ねて喜んだ。
「お花が好きなの。少しデーラの作業を見ていても構わないかしら?」
「はい、ぜひ!今はこれから新しいお花を植えようと思っていたんです」
「それは楽しみだわ!」
コスモの顔も明るくなった。二人で並んで庭の中ほどまで歩いて行く。
「どんなお花なの?」
「今日植えるお花はシアーレリよりさらに南の国に咲くお花なんです」
「そんな遠くのお花を?」
「はい。コスモ様はもちろん、この国のどなたもご覧になったことのないお花だと思いますよ」
デーラは少し得意気に笑ってから庭を見渡した。
「このあたりでいいかしら」
そう言ってデーラは袋からなにやら取り出した。
「それは……何?」
デーラが取り出したものは植物とは思えない丸い物体だった。
「コスモ様は触らないでくださいね。棘がたくさんついていますから」
コスモは触れないように顔を近づけると、確かに棘がたくさん生えている。
「この一番上から花が咲くんですよ」
「ここから!?茎や葉は?」
「ございません。ふふふ、面白いでしょう?」
デーラは本当に楽しそうに笑った。
「本当は暖かい国でしか育たない植物なんですが、ここまで育ってしまえばこれから暖かくなるコブルスルツ城でも綺麗な花を咲かせてくれるはずです」
デーラは等間隔にその植物を植えていく。
「このお花の種類はマボランと言います」
「マボラン……聞いたことがないわ」
「花言葉は『終わらない愛』。ラッサム王子とコスモ姫への私からのささやかなお祝いです」
デーラが屈託のない笑顔で笑うので、コスモの心の中は嬉しい気持ちと罪悪感が混じり合った。『終わらない愛』。コスモとラッサムの間には終わらないどころか、愛が始まってもいないのだから。
「あ、ありがとう」
コスモは無理やりに笑顔を作ったのだった。
***
夜。昨日と同じようにラッサムとコスモは食事が終わると先に部屋を出た。アッサムは外に出ているとのことで今夜は顔を合わせずに済んだ。
コスモは今日はラッサムの部屋でお茶をいただくことになった。
初めて入るラッサムの部屋は、ある意味でラッサムを良く現したような部屋だった。職務や勉強ができそうな机と椅子、来客があった時の小さなテーブルと椅子、本棚が置いてある。ただ、それだけ。
コスモがケンリウム城で見た兄グリーゼの部屋にはどこからかもらってきた立派な剣や綺麗な風景画が飾ってあった。ラッサムの部屋にはそういう要素がない。すべての無駄を排除したようなよく言えばシンプル、悪く言えば面白みのない部屋だった。
コスモは普段よりも落ち着かない気持ちで椅子に座った。ロロが紅茶を淹れてくれて部屋を出ていくと二人きり。沈黙が落ちてきた。
ラッサムは昨夜の饒舌が嘘のように無愛想な顔のまま何も話さない。結局今日も耐えかねて口を開いたのはコスモだった。
「今日、デーラに会ったわ」
「……そうか」
「なんだかとても不思議な人ね。いい人ではあるんだけど、今まで出会ったことのないような」
「コノデーラはコブルスルツ国の出身ではない。いろいろな場所を旅してきてここに落ち着いたらしい」
「そうなの。だからあんなに不思議な……」
「それだけではない気もするがな」
ラッサムはそう言って紅茶を啜った。それから先はまた沈黙が続いた。この席に意味はあるのだろうか、とコスモは思いながら、今日の疲れがやってきて思わず小さく欠伸をしてしまった。
「疲れたか?今日は母上の講義だったのだろう」
「えぇ」
「母上は話が長いから……」
ラッサムは眉間に手をやって溜息をついた。
「でも、必要なことだから仕方ないわ」
「まぁ、そう、だな」
ラッサムが少し言葉につまった気がしてコスモはラッサムを見たが、その時には既に無表情なラッサムに戻っていた。
「今日はもう休むといい」
「そうさせてもらうわ」
沈黙に疲れていたコスモはすぐにその話に乗って立ち上がった。そして、廊下に出ない扉を使って自分の部屋に戻ろうとした時、ラッサムに呼び止められた。振り返るとラッサムは一瞬苦い顔をしてから、
「明日、ミーティアが城に来る」
と、告げた。
「ミーティア、とはどなたかしら?」
「アッサムの婚約者だ」
ラッサムのその言葉に紅茶で温かくなったはずのコスモの身体は一気に冷えていくのを感じた。
「そ、そう」
「あぁ」
「おやすみなさい」
コスモはぎこちない挨拶をして逃げ込むようにドアを閉めた。ミーティア。アッサムの婚約者。考えただけで身体が震えていることに気が付き、自分の身体を自分で抱きしめた。
眠たかったはずの身体は一気に覚醒してしまい、眠れない夜が更けていった。




