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番外編 婚約前夜

ぜひ本編を読み終わった後に読んで下さい。

 さっきからずっと部屋を行ったり来たりしている。何度も時計に目を向けるが、時計は律儀にひと針ひと針ゆっくりと時を進めている。


 ずっとこの日を待っていた。その長い時間を思えばこんなたかが数分、なんてことないはずなのに、もどかしくてたまらない。


 立場上の問題があって、多く会えても一月に一回程。他に手紙でのやり取りをしていたが、それだけでは全然足りない。それが今日、彼が迎えに来てくれたなら、もう二度と離れなくて済む。


 ガラガラ、と馬車の音が聞こえて家の前で止まった。ハッと時計を見ると約束の時間の五分前だった。堪らずに走って部屋を飛び出して階下に向かった。


 オシャレをしてお気に入りのドレスを着た。しかし、そのドレスの裾はあまりにも長く、走りにくい。はしたないと思いながらも裾を持ち上げて階段を駆け下りた。


 玄関の扉に着くのと、カンカン、と扉が叩かれるのは同時だった。自ら扉を開けるのも女性としてはあるまじき行為。しかし、そんなマナーでは高ぶった心は抑えることができなかった。


 重い扉を力を込めて引くと、外の眩しい光が入ってきた。一瞬目がくらんだが、目の前にいる人物を認めると顔を綻ばせた。


「ミーティア!」


「アッサム……!」


 駆け寄ってきたアッサムがミーティアをヒョイッと抱え上げた。


「ちょ……ちょっとアッサム……!」


「ははは」


 ミーティアは戸惑いながら制したが、アッサムはまったく気にしない様子でミーティアを抱え上げたままくるくると回った。


「ミーティア、迎えに来たよ!」


「うん……!」


 ずっと待ちわびてきた瞬間。ミーティアは思わず涙を滲ませてアッサムに抱きついた。


***


 二人の再会の様子をアッサムの従者とミーティアの両親に見られていて、我に返って散々恥ずかしい思いをしてから、アッサムは改めてミーティアの両親に挨拶をした。ミーティアの両親も二人の婚約を喜んでくれた。


 挨拶が終わって落ち着くと、二人はミーティアの部屋でソファに並んで腰を下ろした。二人ともあまりにも嬉しいのだろう、終始笑顔で何でもないことでも笑いあった。


 ひとしきりそんな幸せな時間を過ごした後、ミーティアはアッサムに「そういえば」と、言って切り出した。


「ラッサム様の婚約者……コスモ様は既に王宮に入られたの?」


「あぁ、そうだよ」


「私、ちゃんと上手くやれるかしら……」


 ミーティアは表情を曇らせた。同じ立場となるコスモはケンリウムの姫。自分は貴族の娘から妃に。教育は受けてきたものの、生まれ育った立場が違いすぎるので不安はある。


「コスモは親しみやすい子だから大丈夫だよ」


「そうかしら……怖くはない?」


「ぜーんぜん怖くないよ!明るくて元気な子だよ」


「うーん」


 アッサムは励ましてくれるが、やはり実際会ってみないことにはわからない。アッサムと共に暮らせる嬉しさばかりが先行していたけれど、明日からのことを考えると身体が痺れる程の緊張を感じた。


「大丈夫だよ。僕もいるから」


 ミーティアの手をアッサムが優しく包み込んだ。ミーティアは憂いの帯びた瞳でアッサムを見て、こくり、と頷いた。


「僕はミーティアなら上手くやれると思う。だって、ミーティアはこんなにいい子なんだから!」


「もう、そうやって思ってくれるのはアッサムだけかもしれないでしょう」


 少しむくれてみせながらも、ミーティアの表情は僅かに和らいだ。


「それより、心配なのは兄さんの方だよ。コスモの様子も少しおかしいし……」


「おかしい?」


「うん……」


 アッサムは何かを考えるように遠くを見つめた。


「兄さん、コスモにちゃんと気持ちを伝えてないと思うんだよね」


「そうなの?それなのに婚約を?」


「そう!本当に大丈夫かなぁ」


 ラッサムはいつも無表情で、たまに会うミーティアにも笑顔どころか、何かしらの表情も見せてくれない。アッサムにラッサムの様子を聞いていなければ、ミーティアは未だにラッサムのことを怖い人だと勘違いしていただろう。


「僕がコスモに言ってあげてもいいんだけど、それじゃあ兄さんの真剣な気持ちは伝わらないと思うんだ。だから、見守るしかない。それはわかってるけど、このままじゃコスモは兄さんの気持ちを知らないまま結婚することになっちゃうよ」


「コスモ様はラッサム様のこと、どう思っていらっしゃるのかしら?」


「それもよくわからないんだよね……」


「でも、婚約をお受けになったのでしょう?」


「そうだけど、コスモはケンリウムの姫だから、国の為の政略結婚だと勘違いして受けた可能性がある」


「な、なるほど……」


 姫というのは大変なものだ。ミーティアもアッサムと結婚することで実家に利益が生まれると思うが、それが理由で結婚するのだとは誰も思っていないし、柵も少ない。それに、アッサムは第二王子なので、第一王子のラッサムに比べればハードルが低かったのだ。


「ねぇ、ミーティア。僕達で二人のこと、ちゃんと見守ろうね」


 アッサムはぎゅっとミーティアの手を握って真剣な瞳で訴えた。


「えぇ、もちろんよ。それにしてもアッサムはラッサム様のことが本当に好きなのね」


 ミーティアは思わずくすりと笑った。


「兄さんは僕にないものをたくさん持ってる。その分、僕は兄さんにないものを持ってる。僕達は二人で一つなんだ。兄さんがどう思っているかわからないけどね」


 アッサムは少し照れたように笑った。


「素敵ね……。私には兄弟がいないから、羨ましい」


 二人の間柄を見ていると、信頼し合っているのがわかる。ラッサムの言葉数の少なさをアッサムがカバーし、アッサムが政治や立場で悩むことがあればラッサムがフォローしてくれる。それだけではなく、悩みも嬉しいことも悲しいことも共有し合っている二人を見ていると、ミーティアは心から羨ましく思うのだった。


「何を言ってるんだよ。ミーティアには兄も姉もできるだろう?」


「ラッサム様とコスモ様……。仲良くできるかしら」


「まったく、ミーティアは自分のことになると途端に自信がなくなるんだから」


「それは……」


 ミーティアは恥ずかしそうに俯いた。


「大丈夫。兄さんもコスモも、二人ともいい兄と姉になってくれるよ」


 アッサムはミーティアの頭を優しく撫で、ミーティアはアッサムの胸に自分の頭を寄せた。


「そうだといいな……。明日、少し楽しみになってきた」


「その意気だよ、ミーティア」


「お義姉様、か……」


 ミーティアはまだ見ぬ義姉に思いを膨らませた。仲のいい姉妹になれたらいいな、そう思いながら。

第六話のアッサムとミーティアでした!

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