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第二十話「5年前です」

 アウスルツへ視察に行く日がやってきた。ラッサムとアッサムは朝早くからコブルスルツ城を出て先にアウスルツに向かっている。着いたらすぐに町長と会談をすることになっている。


 コスモとミーティアはゆっくり支度をして昼に間に合うようにコブルスルツ城を出た。会談を終えた町長、そしてラッサムとアッサムと合流して昼食を共にすることになっている。昼食を終えたあとはアウスルツの視察をし、一泊するという日程だ。


 コスモと同じ馬車に乗り込んだミーティアは不自然な程に姿勢を正して固い表情で前を向いていた。


「そんなに緊張しなくても大丈夫よ、ミーティア」


 見かねてコスモが声をかけると、ミーティアは申し訳なさそうにうなだれた。


「すみません、いつもいつもコスモ様には励ましていただいてばかりで」


「それはいいのよ。公務だって初めてなんでしょう?緊張して当然だわ」


「はい……」


 物心ついた時から姫として生きてきたコスモと貴族の娘に生まれたミーティアでは慣れがまったく違う。それにしても、華奢な身体をより一層小さくするミーティアをコスモはただ見ていることはできなかった。


「私がラッサムにアウスルツへ行きたい、なんて言ったせいでミーティアまで……ごめんなさい。嫌なら断ってもよかったのに」


「いえ、コスモ様が行かれるのに私が行かないなんて、そんなことできません!それに、どちらにしてもいつかは通る道なのですから」


 少し冷静を取り戻した様子のミーティアを見てコスモは頷いた。


「大丈夫。前回の婚約パーティだってミーティアはとても上手くやっていたし、今回は私だってフォローできる。アッサムもいるわ。だから、安心して」


「コスモ様……」


 ミーティアは青い瞳を煌めかせて、しっかりと頷いた。


「不思議です。いつもコスモ様に励ましていただけると元気が出るんです。本当にコスモ様がいてくださってよかった」


 屈託のない笑顔を見せるミーティアを見て、コスモもつられて笑顔になった。


 本来なら恋敵のはずのミーティア。しかし、どうしても嫌いになれない魅力がミーティアにはある。嫌いになるどころか、コスモはすっかりミーティアに好意を抱いてしまっているのだった。


「ねぇ、ミーティア。ずっと言おうと思っていたのだけど、その『コスモ様』ってやめない?気を使ってくれているのだろうけど何だか壁を感じるし、それに、その、私達は家族になるのだから」


 最後の言葉は照れながら口にした。それを聞いたミーティアも瞳をうるうると潤ませた。


「ありがとうございます。こんな素敵なお義姉様ができて、私……」


 声を詰まらせたミーティアの白く透き通った手をコスモは思わず握りしめた。コスモの胸にも熱いものがこみ上げてきていた。


「それでは、なんとお呼びしたらいいでしょう」


「コスモ、と呼び捨てにしてくれても構わないのよ?」


「そんな恐れ多い!」


「ふふ、そうよね。ミーティアならそう言うと思ったわ」


 二人はくすくすと笑い合った。


「それでは、コスモさん、でどうでしょうか」


「そうね……まぁ今はそれでいいわ。いずれ勇気が出たら呼び捨てにしてね。歳だって一つしか変わらないんだし、もっとミーティアと仲良くなりたいから」


「はい、私もです、コスモさん」


 先程までの緊張はどこかへ行って、ミーティアは自然な笑顔を見せた。


「コスモさんとお話していたら気持ちが落ち着いてきたようです」


「そうね、顔色もだいぶいいわ」


「それに、よく考えたら公務であるとはいえコスモさんやアッサムと出かけられるんですもの、楽しまないといけませんね」


 そう言って頬を赤く染めるミーティアの顔から不思議な色気を感じた。


「ミーティアはアッサムと仲がいいわね。羨ましいわ」


 コスモはぽつり、と言葉を零した。


「コスモさんとラッサム様も仲が良さそうに見えます。仲直りもしたんですよね?」


「仲直り……か」


 確かにラッサムに避けられることはなくなったが、婚約パーティの時に尋ねた「好き?」という言葉は答えをもらえないまま宙に浮かんでいる。そして、その答えをもらうこともできなさそうだ。


「違うんですか?」


 ぼーっと考え込むコスモをミーティアは不思議そうな顔で覗いた。


「夜に避けられることはなくなったわ。でも……ラッサムのことは正直よくわからない。わかりそうになったところで避けられて、本当の心の中は絶対に見せてくれないの」


「ラッサム様はわかりにくい方でいらっしゃいますものね……」


 ミーティアは自分のことのように悲しい表情を浮かべた。


「本当にアッサムとは大違い。双子とは思えないくらいよ」


「私も、失礼ながらそう思います。あ、もちろんラッサム様だってアッサムにないいいところもたくさんお持ちでいらっしゃいますよ?」


「本人はここにいないのだから気を使わなくていいのよ」


 ラッサムにフォローを入れるミーティアを見てコスモは少し表情を和らげた。


「ねぇ、アッサムとミーティアはどういう経緯で結婚することになったの?知り合ったのは子供の頃だと聞いたけれど」


 気分を変えるようにコスモがそう尋ねると、ミーティアの頬に赤みが戻った。ミーティアは照れた様子を見せながらも嬉しそうに口を開いた。


「私がアッサムに出会ったのは10歳の時、アッサムは13歳でした。父と付き合いのある貴族のパーティに行った時、父とはぐれて困り果てている私をアッサムが見つけてくれました。その時、私はアッサムのことを王子だとは知らず、歳の近い男の子がいたと気軽に話しかけてしまいました。アッサムは嫌な顔せずに私と話してくれて、父が来るまで一緒にいてくれました。次に会ったのはそれから半年後、我がマクラード家主催のパーティでのことです。そこに、ラッサム様とアッサムもついてきていたのです。セントラ国王にアッサムを紹介された時は私は驚いて息もできませんでした。そして、私は王子様に対してなんと失礼な口を利いてしまったのだろう、と」


「ふふふ、可愛らしいわね」


 コスモが思わず笑うとミーティアも恥ずかしそうに目を細めた。


「私はもちろん必死に謝りました。しかし、アッサムは怒ってなんかいなくて、その上『前のように気兼ねない口を利いてほしい』と言ったのです。私は断りましたがアッサムは『そうしてくれないなら許してあげないよ』と言ったので、仕方なくそうすることにしたんです」


「アッサムらしい」


「はい。それからも私達はパーティで会う度に言葉を交わしていきました。そのうちにアッサムは時折王宮を抜け出して私に会いにきてくれるようにもなったんです」


「随分大胆ね」


 そんなことをしたら王宮は大混乱だろう。サーシャの苦労が偲ばれるようだった。


「それも見つかって怒られたのでしょう、長くは続かずに、ある日アッサムから『今日で最後になる』と言われました。私はその時にはアッサムのことを好きになってしまっていたので、悲しくて泣いてしまいました」


 コスモの胸がチクリと痛んだ。コスモがアッサムと中庭で結婚の約束をした時も、コスモはアッサムと結ばれないことが悲しくて泣いた。ミーティアも同じような想いをしていたことになる。


「その時にアッサムは言ってくれたんです。『僕が大人になったらミーティアを迎えに行く。その時は僕の妃として一緒に王宮に来てほしい』と」


 頬を一層赤く染めるミーティアと対象的にコスモの顔は青ざめた。そして、声が震えないように気をつけながらコスモは尋ねた。


「それは何年前のことなの?」


「5年前です」


 頭を殴られたような衝撃が走った。5年前。コスモと約束を交わしたのは4年前のことなのだ。


 アッサムはミーティアとの約束はきっちりと守ったのに、それより後に交わしたコスモとの約束は忘れてしまった。いや、問題はそこではない。アッサムはミーティアと約束をしたにも関わらずコスモと約束をしたことになる。てっきりアッサムはコスモとの約束を忘れてミーティアに結婚を申込んだのだと思っていた。しかし、それは違った。


 腸が煮えくり返る程の怒りを感じた。これが本当ならばコスモだけじゃない。ミーティアも裏切っていることになる。


「コスモさん?」


 ミーティアが不安げな顔をしてコスモの顔を見ていた。コスモは必死に笑顔を作ろうとしたが上手くいかなかった。


「少し馬車に酔ってしまったのかもしれないわ。大したことはないから、目を閉じさせてもらうわね」


 コスモはそう言って目を閉じた。アッサム、許せない。コスモとの約束のことはもう口に出すのはやめようと思っていたけれど、そうもいかなくなった。コスモは怒りに震えながら馬車の揺れに身を任せた。

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