第十九話「ちょ、ちょっと痛いわラッサム」
コスモは公務を終えて夜には約束通りラッサムとお茶を共にした。久しぶりに共にする夜の時間。それは、コスモの心を温かくさせた。
公務も含めて長い時間ラッサムと共にいて、コスモは自分の心が落ち着いていることに気がついた。つい前日までは毎日腹が立って仕方がなかったのに不思議なことだ。それに、コスモはあまり喋ることのないラッサムとの時間を疎ましく思っていたことすらあったのだ。それがこの短時間でここまで変わってしまったことに、コスモは言い表せない心のざわめきを感じていた。
朝食の時にラッサムがアウスルツ街にコスモを連れて行く話をすると、アッサムも「ぜひミーティアも」と申し出た。セントラ国王もそれを了承し、街の長に話をつけておくと言ってくれた。
コスモは日中、アウスルツ街についての文献を読んで過ごした。少し目が疲れたと窓を少し開けると花の甘い香りが吹き込んできた。中庭を見下ろすとそこに背の高い男性の姿が見えたので、コスモはすぐに窓を閉めて中庭に降りていった。
「デーラ」
「あら、コスモ姫。ごきげんよう」
デーラは手を止めてコスモにうやうやしく挨拶をした。コスモはデーラが花の手入れをするのをあれこれと質問しながら見て回った。この時間もコスモにとっては楽しい時間だ。しかし、ラッサムと一緒にいる時の気持ちはそれとは違う、どこか温かい時間だと思った。
デーラの作業が一段落すると、二人は中庭のベンチに並んで腰掛けた。どんどん温かくなってきていることもあってか、コスモがコブルスルツ城へ来た当初よりも花がよく咲いているようだった。風が吹くと花の甘い香りが鼻をくすぐる。
「そういえばラッサム王子はプルクリアのこと、ご存知でしたか?」
コスモは複雑な表情を浮かべた。
「知っていたわ。でも、花言葉やプルクリアを贈ることに対する意味を知っていたかどうかはわからなかった」
「お聞きにならなかったのですか?」
「聞いたわ。でも、答えたくないそうよ」
コスモの瞳は焦点を定めないまま移ろった。
「仲直りはしたけれど、結局何もわからないままね……」
「ふうん……」
デーラは溜息に近い吐息を漏らした。そして、何かを考え込むかのように怪訝な顔をした。
「そういえば私、明後日アウスルツ街へ行くの」
気分を変えるようにコスモは明るい声でそう言った。
「アウスルツ街ですか。あそこは都会ですから、コスモ姫が喜ぶようなお花はないかもしれませんね。地方から持ってきた切り花ならあるかもしれませんが、すぐに枯れてしまう儚いものですからね」
「そうなのね……」
コスモは表情を少し暗くした。
「あ、でも、あの花なら」
デーラが手を打った。
「街中で見かける小さな花なのですが、このお城に植えていない花がありますよ」
「それはどんな花なの?」
コスモは顔を輝かせてデーラを見た。
「ブラックムーンというお花です」
「ブラックムーン」
コスモはその言葉を繰り返した。
「プルクリアと同じ白いお花なんですが、中心が黒に近い紫色なんです。そこから名前がついたお花なんですよ。見ればすぐにわかると思います」
「探してみるわ」
「それに、ブラックムーンは今のコスモ姫にぴったりなお花かもしれませんね」
「何故?」
デーラは穏やかな笑みをコスモに向けた。
「花言葉は『揺れる気持ち』。今のコスモ姫の心のようです」
「揺れる気持ち……」
コスモは自分の胸を抑えた。
「ラッサム王子と上手くお話できたらいいですね」
***
日が傾き始めたのでコスモはデーラと共に中庭を出口に向けて歩いた。コスモのざわついていた気持ちも少し収まり、オレンジ色に輝く中庭をゆったりと見ていた。
「コスモ」
ハッと顔を声の方に向けると無愛想で歩いてくるラッサムの姿が見えた。
「ラッサム王子、こんにちは」
「あぁ」
ラッサムはデーラに一瞬だけ目線を向けただけで、じっとコスモを見ていた。
「ど、どうしたの?」
普段と同じ無愛想なはずなのに、コスモには不思議と今のラッサムの顔が怒っているように見えた。
「ミーティアが探していたぞ。あまり外に長くいると身体も冷えるだろう」
「あらあら」
デーラはラッサムの様子を楽しそうに見ていた。
「ごめんなさい。でも、もうだいぶ暖かくなってきたし、冷えるなんてことは……」
「戻るぞ」
ラッサムはコスモの言葉を最後まで聞くことなく、コスモの手を取った。
「えっ?」
コスモの記憶する限り、ラッサムに手を引かれたのは初めてのことだった。既にデーラに背を向けてぐいぐいと引っ張っていくラッサムに困惑しつつ、コスモは、
「それじゃあデーラ。また」
と、必死に振り返って挨拶をした。
「えぇ、ラッサム王子、コスモ姫。ごきげんよう」
デーラはくすくすと笑いながら手を振ってくれた。
「ちょ、ちょっと痛いわラッサム」
王宮に入っても手を引かれたままぐんぐんと歩いていくラッサムにコスモは堪らず声をかけた。
「あ、あぁ。すまん」
ラッサムはようやく気がついたようで、慌ててコスモの手を離した。
「何かあったの?」
コスモは掴まれていた手首を押さえつつラッサムに尋ねた。
「いや……何でもない」
ラッサムはバツの悪そうな顔をしてコスモに背を向けた。
「ミーティアのところへ行ってやれ」
「え、えぇ」
ラッサムはそれだけ言うと、スタスタと廊下を歩いて消えていってしまった。コスモは呆然とその後ろ姿を見ていた。手首には掴まれていた感覚がまだ残っている。どんどんと熱を失っていく手首を切なげにコスモは見つめたのだった。




