第十八話「頼りにしている」
翌朝、朝食の席でラッサムとコスモが挨拶を交わすのを見て、ミーティアは安堵したように小さく微笑んだ。それに気がつくこともなく、コスモは朝食を食べ終えると公務で城下町へ出るために身支度を整えた。今日は動きやすい短めのスカート丈のドレスに、ドレスについているものと同じ茶色いリボンを着けた。コスモは少し子供っぽくなっってしまっただろうかと懸念したが、美しい顔立ちのコスモの違った姿を見ることができてロロは満足そうだった。
相変わらずコスモの身なりにはラッサムは何もコメントしないまま、二人は一緒の馬車に乗り込んだ。今日は城下町のイベントホールで改訂されたコブルスルツ古代史の一般発売イベントがある。このイベントの前にコスモは既にこの本を読んでいたが、コブルスルツ国を知るにはわかりやすい文献だと思った。それに、誰が読んでも読みやすい文体になっている。
コスモは馬車の中で今日のイベントの流れを確認した。
「まずラッサムが開会の挨拶をして、その後出版社の人の挨拶、著者からの本作の説明、最後に私達も立って一般の本を買われた方に本を手渡していけばいいのよね?」
「あぁ、そうだ。ちゃんと警備もつくからそこは心配しなくても良い」
「それはどうでもいいのだけれど、なんだか私達、オマケみたいな感じであまり何もすることがないわね」
「それでも王族が来ることに意味があるのだろう」
「ふーん、ラッサムは普段こんな仕事ばかりで大変なのね。私は結構好きだけれど」
コスモは足をゆらゆらとさせながらそう言った。
「ケンリウムではそういった公務はしてこなかったのか?」
「ほとんどないわよ、田舎だもの。あっても兄様がやってくださるし。私は成人していなかったこともあって、ほとんど何もしてこなかった」
コスモは馬車についた小さな窓のカーテンを少しだけ開けて外を見た。
「だから、こんな小さな仕事でも嬉しいのよ。利用されてるってわかっても、私を見ることで元気になってくれる人がいるなら、それが私の存在意義だと思うから」
「コスモ……」
ラッサムは少し驚いた表情でコスモを見た。
「女はどうしても仕事が少ないけれど、もっと働けたら嬉しいわ。ラッサムはこういう人前に出ることが苦手そうだから余計にね」
どんどん街中に入ってきたので、コスモは外を見ることをやめて背筋を伸ばして前を向いた。
「俺も女性は城にいてなるべく公務には参加したくないものだと思っていた。でも、そうだな。コスモは昔から様々なことに興味を持っていたし、人前に出たいようなタイプだよな」
ラッサムが優しい笑みを浮かべたので、コスモは思わずドキッとしてその顔に見惚れてしまった。ラッサムは笑うとアッサムとはまた違った色気のようなものがある。ラッサムももっとこうして笑えばいいのに、とコスモは思った。
「それならあと3日後にコブルスルツ城から一番近い街に俺とアッサムで視察に行くのだが、コスモも一緒に来るか?」
「え、いいの?」
「あぁ、元々コスモとミーティアも誘われていたのだが、式も近いし遠慮しておこうかと思っていたんだ。だが、式に支障がないのであれば……」
「大丈夫、行くわ!」
コスモは食い気味にそう返事をした。
「コブルスルツ城から一番近い街って言うとアウスルツ街?」
「あぁ、そうだ。よく知っているな」
「この本で読んだもの!」
コスモは手にしていたコブルスルツ古代史を胸の前で抱いた。
「確か昔から建築の専門家がいて古い建物がたくさんあるのよね?別の本には地方から作物が集まってくる豊かな街だと書いてあったわ!」
コスモは瞳を輝かせていた。
「そうだ。しかし、それ故、コブルスルツ内でも力を持った街だとも言える。俺とアッサムが定期的に訪問してコミュニケーションを図っておく必要があるんだ。父さんはなかなか城から出られないからね。俺が即位した後はアッサムが上手くやってくれるとは思うが」
「なるほどね……」
コスモは顎に手を当てて何かを考えているようだった。
「それじゃあ、私も頻繁に顔を出しておいた方がいいわね。ラッサムが即位した後は私一人だけで行くこともあるかもしれないもの」
「コスモが?」
「えぇ、私は王妃よ?アッサム程ではないかもしれないけど、影響力はあるはず。それに、女にしかできないこともあると思うし」
コスモのその言葉を聞いてラッサムは再び笑顔を見せた。
「コスモは何にでも興味を持つ人だと思っていたが、政治にも興味があるとはな」
「これからは女性も政治に顔を出していく時代だわ。女性の方が向いている仕事もあるのだから、ラッサムは私を上手く使っていいわ」
「あぁ、頼りにしている」
ラッサムが嬉しそうに笑うので、コスモも嬉しくなって少し笑った。
ラッサムはコスモの問に答えられないと言った。このまま男女の関係で何の進展がなくとも、自分の心の中にアッサムへの想いが燻っていたとしても、こうして一緒に国を背負って行くことができるのではないか、とコスモは感じた。




