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第十五話「一曲踊らないか?」

 コスモ達の踊りが終わると、来賓客達が思い思いに踊りだした。それに対してコスモ達は来賓客からの挨拶を次々に受けることになった。


 コスモはミーティアとの勉強のおかげで、名前を聞けばだいたいの位や職を思い出すことができて、滞りなく挨拶をすることができた。しかし、先程のラッサムにした問の答えが聞けていない。それが気になって、挨拶に集中することはできなかった。


「コスモ」


 グリーゼがコスモのところへやってきた。たくさんの人で賑わうパーティ会場であってもグリーゼの存在感は際立っている。


「一曲踊らないか?」


 差し出された手を見てコスモはラッサムを見ると、こくりと頷いてくれたので、グリーゼの申し出を受けて会の中心に歩いて行った。二人は向き合って踊り始める。グリーゼとコスモの踊りは美しく、踊っていた来賓客も足を止めて魅入ってしまうほどだった。


「ふふふ」


 周りの様子をチラッと見てグリーゼは笑いを漏らした。


「満足そうですね、兄様」


「僕とコスモが踊っているんだから当たり前なんだけどね。やはり気分がいいものだよ」


 グリーゼは昔から目立つことが大好きだ。ケンリウムという小国の王子でありながらラッサムとアッサムを凌ぐような存在感はグリーゼが生まれ持ったオーラと影ながらの努力があってのものだとコスモは知っている。かく言うコスモも兄ほどではないものの目立つことは嫌いではないので、こうして自分を引っ張り上げてくれる兄を尊敬してもいるのだった。


「それにしても、まさかコスモに先を越されることになるとはねぇ」


 優雅に踊りながらグリーゼがコスモをしげしげと見つめた。


「兄様も早く身を固められてはいかがですか?今日だってコブルスルツ国の貴族の女性とたくさん話していらっしゃいましたけど」


「見られていたのか」


 グリーゼは綺麗な赤い瞳を細めた。


「コスモも母上と同じようなことを言うようになったか。僕も肩身が狭いものだよ」


「何故早く身を固められないのです?誰か想い人でも?」


「いないから固めないのだよ」


 曲はだんだんと終わりが近づき盛り上がってゆく。それに合わせて二人の踊りも一段階ギアが上がったようにその優雅さを増した。


「僕だってケンリウムを継ぐものとして早く相手を見つけなければと思っているよ。でも、それに見合う相手がいないんだ」


「兄様はいつもあんなにたくさんの女性に声をかけているのに、ですか?」


 少し息を荒げながらコスモは尋ねた。


「魅力的な女性はたくさんいるよ。でもね、違うんだよ。僕が一生を捧げたいと思う女性にはどうしても出会えないんだ」


「兄様は理想が高すぎるのでは?」


「何を言っているんだよ、この先、長い人生を一緒に歩んでいく人になるんだよ?慎重に探さなくちゃ」


「慎重に……」


 普段遊んでばかりのグリーゼの真面目な部分を垣間見てコスモは瞳を揺らした。


「まぁ僕もわがまま放題をするつもりはないさ。父上と母上を心配させることも本望ではない。30歳になるまでには身を固めることにするよ」


「30歳って……あと7年もあるではありませんか!」


 曲は最高潮の盛り上がり。勢いに任せてコスモは思い切り突っ込んだ。


「ははははは」


 グリーゼがおかしそうに笑い声を上げた時、曲は終わった。周囲からは熱い視線と温かい拍手が送られたのだった。


***


「お疲れ様」


 コスモがラッサムの元へ戻ると水の入ったグラスを手渡してくれた。貴族からの挨拶の応酬も先程のコスモとグリーゼの踊りのおかげで止んだようだった。


「ありがとう」


 コスモはそれを飲むと、ふぅ、と息を整えた。


「まったく、兄様は自由なんだから」


「二人ともすごく目立ってた。さすがだったよ」


「素敵でした!」


 アッサムとミーティアが口々に褒めてくれた。


「みんなも踊ってきたらどう?」


「そうだねぇ」


 アッサムは顎に手をやり何か考えた後、顔を明るくして三人を見渡した。


「それじゃあミーティアは兄さんと踊ると良い。僕はコスモと踊ろう」


「えぇ!?」


 コスモはパッと顔を赤くして大きめの声を出した。


「いいじゃないか、たまには。ねぇ、兄さん?」


「あ、あぁ……」


 コスモの心臓は今までになかった早いリズムで鼓動を刻んでいた。コスモだってもちろんアッサムと踊りたい。しかし、ミーティアがいるのに、いいのだろうか。コスモがミーティアの様子を見ると、ラッサムの前に進み出たところだった。


「よろしくお願いします」


「……あぁ」


 ラッサムはぎこちなくミーティアの手を取った。


「僕らも行こう」


 アッサムがコスモに手を差し出してきた。コスモはおずおずとその手を取った。手袋越しでも触れた手が熱い。


 会場の中心に行くと、再び来賓客の視線を感じた。先程よりもスローテンポな曲で四人は踊り始めた。アッサムはラッサムよりも華やかな踊りでコスモをリードしていく。


「コスモと踊るのなんて久しぶりだね」


 アッサムは目を細めた。


「そう……ね。覚えていたのね」


 コスモは心臓を大きく鳴らしながらアッサムの踊りについていく。ラッサムやグリーゼの時とは違う、少し余裕のない表情だった。


「もちろんだよ。ここの外で中の音を聴きながら兄さんと三人で踊ったよね」


「忘れたかと思ってた」


 約束のことは忘れていたのだから。


「それが今はこうして会場の中心で踊れるんだからね。大人になったよ」


「そうね」


 コスモは踊り始めた時よりも柔らかい動作でリズムに乗った。


「兄さんとは上手くやっていけそう?」


「え?」


 突然ラッサムの話題が出たので、コスモは先程のことを思い出して少し頬を赤らめた。


「どう…かしらね」


「兄さんは素直じゃないからなぁ」


 アッサムは苦笑いを浮かべた。


「何か困ったことがあったら僕に言ってよね。手助けしてあげられると思うよ」


「うん……ありがとう」


 コスモは複雑な表情を浮かべた。さっきの答え、聞きたいようで聞きたくない。それに、タイミングを逃してしまった。もう一度聞くのは勇気がいるし、どうしたらいいのだろうか。


 コスモが踊りも忘れて思い悩んでいるのを見て、アッサムはくすりと優しい笑顔を見せていた。コスモはそのことにも気がついていなかったし、もちろんその近くで複雑な表情でコスモを見るラッサムにはさらに気がつくことはなかったのだった。


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