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俺、死んだの?  作者: と〜や
現実編

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73/73

73.エピローグ

「あ、動いた!」


 その声に意識が引き戻されて顔を上げると、長い銀の髪を三つ編みに垂らした妻が嬉しそうにこっちを見てた。

 自分の手が妻の腹部に置かれていることも認識する。柔らかなネグリジェ越しに感じる体温も、生きてることを実感させる。


「ね、気がついた?」

「あ、ああ。元気な奴だな」


 話している間も間断なく俺の手を内側から蹴って来る、小さな存在。


「もうどっちか分かってるらしいんだけど、先生にはまだ聞いてないの」

「男だ」

「え、わかるの?」


 きょとんとする妻に頬を緩ませ、体を起こして頬にキスを落とす。

 三人の母親のおかげで口調もずいぶん女性らしくなってきた。俺としてあのままでよかったんだけど。

 妊娠がわかってから、母親たちは積極的になった。遠慮がなくなったと言うかなんというか、三人とも本当に娘として可愛がり始めた。それまでは一応夫である俺を立てていたらしい。……そんな記憶はどこにもないけど。俺の母親でさえ、俺はどうでもいいらしい。

 孫のためと言っては入り浸っていく。……まあ、俺も仕事で家を空けることがあるから、そう言う時にはありがたいけどさ。


 風間の後継者の妻として横に立たなければならないようなことは今はない。

 というか、そういう場面では直斗が今までと変わらず代理を務めている。俺が出ること自体、ない。

 俺のため、というよりは理央のためだよな、あれ。

 俺、一応風間の後継者とか言われてはいるけど、実のところ俺は単なる婿養子で、むしろ理央の方に人が群がる。

 人、というか男だ。

 俺は自分でも凡庸だとわかってる。だからこそ、俺より優れていると自認する男たちは理央を口説き落とそうとするんだよなあ。

 俺の後釜に座れば風間が手に入る。そう思っているのだろう。

 理央が俺を選んでくれているとわかっていてもいたたまれない。

 だってよ、理央と並んだら実にお似合いな男たちなんだぜ?

 どいつもこいつも他の女たちから秋波送られるような相手だ。

 それが理央べったりで、女たちから理央がやっかまれるわ、男たちからはわきまえろだのなんだの上から目線で言われるわ、理央には泣かれるわ怒られるわで散々だった。

 以来、出席は免除されている。

 というかよ、俺が後継者とか、ないから。

 俺はただのエンジニアだ。

 それでいい。それがいい。


「遊人?」


 ついつい物思いにふけってしまうのは、俺が年をとったせいなのか。

 それとも、久しぶりに見た夢のせい、かもしれない。


「昨夜、夢で教えてもらった」

「夢で……?」

「ああ。『もうすぐ会える』ってさ」


 それがなにを意味してるのか、理央ならわかるだろう。

 じっと見つめていると、あっという間に下がった目尻に光る雫がこぼれ落ちた。


「理央?」

「なんでボクのところにこないんだよっ!」


 前言撤回。興奮するとボクっ子になるのは変わらない。しかも頰をパンパンに膨らませて涙目で文句を言う。

 ……はっきり言って、可愛い。俺の嫁さんはいくつになっても可愛い。

 惚気?

 それがどうした。嫁を可愛がるのは夫の権利だっての。


「りーお。……ハルだって俺のところに来たかったわけじゃないんだ。許してやれよ」


 膨れたほっぺを両手で包むと、唇がとんがった。それをついばんで目を覗き込む。


「だって……ボクも会いたかったのに」

「ああ、ハルも言ってた」


 ハル。あの世界を去ってからもう三年が経った。とっくのとうに解放されているもんだと思ってたのに。

 白い部屋の中で、相変わらず小さな姿のままで彼は座っていた。


 ◇◇◇◇


『なんで君なんだよ、まったく』


 大きすぎる玉座に座って、肘掛に肘をつき、片足を座面に上げて抱え込んだハルは、怒っていた。


『開口一番それかよ。もっとこう、いいかたはねえのかよ。久しぶり、とか元気か、とか』


 流石の俺もカチンと来て眉を寄せると、『知ってる』とつまらなそうにそっぽを向く。


『知ってるって』

『忘れたの? 僕はリオの目を通じて全部見てる。リオが眠った後、遊人がなにをしてるのか。……おかげで三年も待たされちゃった』

『あれは、そのっ』


 言い訳が思いつかない。理央にはバレないだろうと思っていた。寝付きのいい理央は今も一度眠ったら朝まで起きない。だから、大丈夫だと思っていたのに。


『言い訳無用。……まさかさあ、夜中一人で無駄撃』

『悪かった!ほんとーに悪かった!』


 慌ててハルの口を塞ぎながら頭を下げる。


『そりゃさ、リオは経験ないから色々は無理だよ。でも』

『それ以上言うな!』


 わかってる。抜かずの三発だの朝までコースだの、ありえねえってことくらい。

 でも、なにもせずに好きな女の横で寝られるほど聖人君子じゃねえんだよっ。


『わかってるよ。……でもまあ、よかったよ。この調子じゃあと五年ぐらい出番ないかもって覚悟してたから』


 それはないな。そうでなくとも母親たちが焦れてたんだ。

 盆暮れ正月、顔を合わせるたびに早く孫を抱きたいオーラで攻めやがって。理央にバレてなかったからいいものの、理央にまで言ってたら出入り禁止にしてやるところだった。

 さりげなく手配されてた温泉旅行とか、どこぞの孤島のバンガローとか、なんだよホントに。

 ネットも繋がらない、テレビもないようなところで何しろってんだ。ネットジャンキーに死ねっていうのか、と思ったりもした。

 ……まあ、それが原因なのかもしれないが。


『今度会ったらいつになったら呼んでくれるんだってずーっと言ってやろうと思ってたんだ』

『……悪かったよ』


 子供が欲しくなかったわけじゃない。理央も望んでたし、俺も望んでた。

 だから授かったと聞いた時は嬉しかった。

 まあ、ホントに出来てみれば、自分の覚悟が紙のようにペラペラだったことを自覚させられたけどな。


『いいよ。……許してやる』


 ハルは重たそうな王冠を両手で玩びながら言った。


『理央を大事にしてるのはわかったから。それに僕も早く理央に会いたい。……遊人』

『なんだ』

『……ありがとう』


 嬉しそうに、そして少しはにかんだハルは、理央に似ていた。


 ◇◇◇◇


「そうなんだ……じゃあこの子はハルだね」


 理央がそう呟いた途端、内側からボコボコと蹴ってくるのがわかった。


「あは、ハルも喜んでるみたい」

「らしいな」

「……生まれたらいっぱい遊んであげるんだ。それから寝るときにはお話しして本を読んで、添い寝して。いっぱい抱きしめるの」

「うん」

「でも一人じゃ寂しいから、弟も妹もいっぱいつくって」

「ああ」

「みんなでピクニック行くんだ。大きな樹の下でお昼寝して、かけっこして、魚釣りもしたいな」

「そうだな」


 ちょっと顔をしかめたのは許してほしい。俺は基本的にインドア派なんだ。できれば大人しく本読んでたいんだけど。

 理央がそう願うなら、努力はしてみる。……つもりだ。


「バーベキューしたり、川で泳いだり」

「いいな、それ」

「……もう、鼻の下伸びてる。ボクは泳がないからね」

「ハルが抗議してるよ」


 泳がない、と言った途端にボコボコが激しくなる。

 ハル、今も中から見ているんだろうか。

 生まれても向こうでのことを覚えているんだろうか。

 覚えていなくても、この子はハルだ。理央と俺が覚えてる。


「無事に生まれてこいよ」


 そっと呟くと、中からぽこんと返事があった。

長かった……ここまで付き合ってくださった皆様、ありがとうございました。

難産でしたが現実編、完結を迎えることができました。

この物語はこれで完結です。

小話になりそうな小さなエピソードはありますが、のちの話とかは書く予定はありません。


お読み頂いた全ての方々に感謝を捧げます。






ちなみに、生まれてくる子は双子だったりします。

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