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俺、死んだの?  作者: と〜や
現実編

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63.見舞い

 それから毎日、ナオトは来た。同じフロアの個室にいるのだと看護師から聞いた。

 リハビリで歩く訓練をするようになってからはナオトの部屋まで往復した。

 マスコミで騒がれたのは本当らしく、部屋の入り口には警備員が立っていた。親族でもない俺が通してもらえるはずもなく、部屋にナオトがいるのかさえ教えてもらえなかった。どんだけ人気者になってるんだよ。

 まあ、あのスーツ姿を見たからわかるけどな。うちの会社の女たちもキャーキャー言いそうだし。

 一度だけ、付き添いらしい男性がいて、目が合うと会釈をして部屋に入って行った。彼が聖ちゃんと呼ばれていた人なんだろうとは思った。


 リハビリついでに院内の散歩に出かけようとしたら、なぜか看護師に止められた。階段にもエレベーターにも警備員がいる。

 どうやらこのフロア自体がいわゆるVIP用らしくて、出入りを制限しているのだとか。もちろん、中の人間は、マスコミの目から逃れるためにここにいるわけで、治療は全てこのフロアで行われる。

 勝手に下のコンビニなんかに出かけて見つかるなんてことのないようにしてあるのだとか。

 だから、俺のスマートフォンも病院が預かっていると言う。変な話だ。それじゃあ親にも同僚にも連絡できない。そう伝えたが、必要な連絡は全て病院が行なっているから大丈夫だの一点張りだ。

 何が大丈夫なんだよ。俺が目覚めたことも連絡してねえんじゃねえかと不安になる。

 そもそも俺がここにいるのが間違いだと思うんだが、ナオトと同じ『眠り病』から目覚めた稀有な例、なんて言われると黙り込むしかない。

 稀有な例。

 それまで……ナオトの前に神々の戯れのオーナーをやってた人や、その前の人はどうなったのか。

 目覚めなかったのか、この病院にいないだけなのか。聞こうとしたけど、聞けなかった。……教えてくれなかった。

 ナオトも何も言わない。リオのことも何もかも。

 そして、見舞いは誰も来なかった。


◇◇◇◇


「何腐ってんのよ」


 今日もナオトが来た。手にはパイナップルが載っている。

 毎回見舞いの品を持ってくるのはなぜだろう、ナオト自身も入院中だというのに、と聞いたら自分がもらったものだとか。相変わらず人気者だな。こっちは親さえも来てねえってのに。


「別に」


 そう答えながら、窓の外を見る。部屋の中にはどっかの庭先にでもありそうな白い丸テーブルと椅子が置いてある。これもナオトが運び込ませたものだ。

 目覚めてからすでに半月は経っていた。

 リハビリといっても歩行や日常生活に支障ない程度には回復している。あとはスポーツジムにでも通って、鍛え直せばいい。元々が運動不足気味だったんだから、いい機会だ。

 それより情報に飢えている。もちろん、テレビがあるからテレビからは得られるけど、本当に欲しい情報には届かない。個室なんだからせめてブラウザ搭載の最新型ぐらい置けよ、と思う。

 俺の枕元にあるのは四人部屋の時と同じ、床頭台とか言うやつについてる液晶テレビ。それだけだ。


「どうせアンタのことだから、誰も見舞いに来ないとか思い悩んでるんじゃないかと思って、散歩に誘いに来たのよ」


 何も返さずにジロリとナオトを見る。だがナオトは気にすることなく備え付けのクローゼットを開けた。


「おい、勝手に開けんなよ」

「散歩に行くのに寝巻きは無粋でしょ? ……あら、ろくなものないわねえ」


 ぽいぽいと放り出してベッドに並べられたのは、入院の時に着ていたスーツ。

 そういやあの時って職場で倒れたんだっけ。病院内のクリーニングサービスから帰ってきた時のまま、ビニールに包まれている。


「さ、さっさと着替えてちょうだい。靴も履き替えてね」


 ナオトはそれだけ言うとさっと部屋を出て行く。

 相変わらず有無を言わさない。これは向こうにいる時からそうだったなと思い出して仕方なくベッドから起き上がった。

 クローゼットから取り出しただけだと思っていたが、靴下はなぜか新品がパッケージのまま置いてあった。当然俺が買ったものじゃない。……まあ、今着てる寝間着も下着も、ここの地下にあるコンビニで看護師が見繕ってきてくれたものだ。これもそうなのだろう。


 久しぶりに袖を通したスーツはダボダボだった。こんなにも肉が落ちたのかと唖然とする。これでも目を覚ました頃に比べれば体重も増えて、看護師からも褒められたのだけれど。

 着替え終わって扉を開くと、ナオトがいた。いつもナオトの後ろをついて回っていた黒服は今日はいない。


「……ま、寝間着よりはいいわよね」


 眉間に深いシワを寄せたナオトは嘆くように首を振る。仕方ねえだろ。誰も着替えを持ってきやしないんだから。


「行くわよ」


 散歩、と言いながら、ナオトはフロアの一番奥に足を運んだ。そこはVIP専用のお忍び用エレベーターがある。前に教えてもらったが、いつも警備員が立ってて近寄れなかった。

 今日はなぜか誰もいない。

 ナオトは手慣れた風にパネルを操作するとやってきた箱に乗り込んだ。


「アンタも乗りなさい」


 どこへ行くとも聞いてない。が、このエレベーターに乗ると言うことは、地下駐車場から車に乗ってどこかへ行くのだろう。

 渋々足を踏み入れる。扉が閉じると、なぜかエレベーターは上へと向かう。

 もしかしたら屋上に行くのかもしれない。そういう散歩もありだろう。看護師からも屋上からの眺めの良さは聞かされた。

 だが、予想を裏切り、エレベーターは一つ階を上がっただけで止まった。

 開いた先は、やはり消毒液の匂いがする。病棟だ。


「こっち」


 扉のない廊下をどれほど歩いただろう。ナオトが足を止めたのは白い扉の前だった。


「はいこれ」


 振り向いたナオトから手渡されたのは……花束。


「は?」

「アンタは色男でもなんでもないんだから、これくらい持ってないとね」


 わけがわからない。どこから取り出したんだ。なんでこんな花束……ピンクと黄色とオレンジの、暖かそうな花たち。

 白い小さな花はかすみ草と言うんだったか。

 そんなことを思っていたら、白い扉が横にスライドした。


「さあ、行きましょ」


 ぐいと押されて入った部屋は、やはり白かった。そして。

 部屋の中央にはベッドか一つ。紫の花柄に覆われてーー彼女はいた。


 枕元にはバイタルモニターに点滴、酸素マスク。

 立ち尽くす俺を尻目に、ナオトはさっさとベッドサイドに歩み寄った。


「理央、今日もきたわよ。今日はね、珍しい客がいるの。……アンタは知らないかもしれないけど」


 伸ばした手がマスクの向こうに隠れる。

 心臓が痛い。花束を握る手がじっとり湿ってくる。


「何やってんのよ、そこに突っ立ってたら見舞いにならないでしょ?」


 ナオトの言葉にはっと顔を上げる。これはお見舞いなのか。

 そろそろと近づく。彼女の顔を覆うマスクが見えたところで立ち止まる。


「そんな離れたところからじゃ見えないでしょ。枕元に来なさいよ」


 気軽にそんなことを言うナオトを思い切り睨みつけて、ベッドの上の人に目を移す。そろりと近づけば、銀の絹糸が見えた。顔は酸素マスクで隠れててよくは見えないが、見覚えがあった。

 ふっくらと柔らかだった頬は、余裕なく張り詰めている。透けるように白い肌も流れるような銀髪も、記憶の通りなのに。


「なにしてんのよ」


 焦れたナオトに腕を引っ張られた。入れ替わるように枕元に押し込まれる間も、彼女から目が離せない。


 目をあけてほしい。

 その白いまぶたに隠された紫水晶アメジストを確認したい。……たとえ、俺を見る目が他人に向けられるものだとしても。

 扉が閉まる音に顔をあげれば、ナオトはいなかった。

 色々聞きたいことはあった。どうしてここにリオがいることを知っていたのか、どうしてここに入れたのか。


 でも、それよりも。


 目の前の人に視線を戻す。

 様々な管に繋がれて、彼女は生きていた。きっと俺も一緒だったのだろう。定期的に鳴る音だけがこの部屋に充満してる。


「リオ」


 そっと声に出す。こっちに戻ってからずっと、看護師と医者、ナオトとしか喋ってない。掠れた声で呼べばもう、想いは止められなかった。

 向こうと同じように抱きしめたくなる。でも彼女は重篤患者だ。それに、俺を知らない。……きっと。

 ひとしきり無駄に両手をぶん回してから、そばにあった椅子に崩折れた。

 頭を抱えて歯をくいしばる。

 リオとの記憶が鮮明に蘇る。手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、なんて遠い。

 手を触れたい。髪を撫でたい。抱きしめて今すぐ愛を囁きたい。

 ……愛を囁きたい、だなんて、俺もおかしくなってる。

 せめて手だけでも、と顔をあげる。眠ったままのリオの左腕は点滴のために布団の上にあった。

 そっと手を伸ばして手の甲をさわりと撫でる。

 ちらりと様子を伺ったが、起きる様子はない。……眠り病なのだから仕方ない。

 ベッドサイドに目をやれば、名前のところにスリーピングビューティ、と書いてあった。

 どれくらい長く眠っていたのだろうか。俺よりは間違いなく長い。ナオトよりも。

 反応がないのを確かめてから、リオの手を自分の手に載せる。


「リオ」


 思ったよりも冷たい手。思わず両手で包むようにして温める。

 こんな冷たいところ、お前には似合わない。いつもの満点の笑顔を見せて欲しい。あれが記憶喪失のなせる技なのだとしたら――記憶なんて戻らなくていい。屈託無く笑うリオを、幸せそうに笑うリオを、どうしてここまで壊した!

 怒りが優って強く握りしめてしまった。慌てて手を離そうとしたが、離せなかった。冷たいリオの手。


「ごめん、リオ」


 痛かったに違いない。目が覚めていれば、きっと頬を膨らませてぶんむくれる。

 握った手に額をくっつける。ひんやりと冷たい。

 理央にとってみれば、見も知らぬ男に手を握られているのだ。目覚めていればきっとドン引きする。……するだろうな。

 それでも、やめられなかった。

 俺がここにいるのは、リオと出会うためだから。


「リオ……愛してる」


 手の甲に、手のひらに唇を寄せる。

 目覚めたリオが俺を知らないと言うのなら、知り合うところから始めればいい。

 俺はいつまでだって待つ。……もう、リオのいない毎日は考えられなかった。

 ぽたりと雫が落ちる。リオの手を握ったまま、声を殺して泣いた。

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