44.見落とし
長らくお待たせしてすみません。
完結までの道筋が見えましたので、頑張って更新していきます~
お茶のあとは昨日と同じように三人で部屋の片づけを進めた。
さすがにはちきれんばかりに食べたばかりではろくに動けなくて、とりあえず小物を拾っては外に運ぶ。
ハルは微妙な顔をしていたけれど、午前中と打って変わってリオが楽し気な顔をしてるのに気が付いてからは穏やかな顔に戻っていた。
「それにしてもいいわねえ……若いって」
声をかけてきたのはナオトだ。部屋からわざわざパラソルとビーチチェア運んで優雅に茶をしている。しかもわざわざ派手な刺しゅう入りのスリットの深いチャイナドレスに着替えて。
さっきまで茶をたらふく飲んでたはずなのによく入るよな。
「そこで眺めてんなら手伝えよ」
「やぁよ、せっかく成長したハルを愛でてるんだから邪魔しないで」
そういいながらほっぺたを膨らませるナオトに、思わず一歩退いた。リオに見せるのを躊躇する顔だぞ、おい。
「……ナオト、いまどんな顔してるか分かってるか? さすがに引くぞ」
途端にきつい視線が飛んでくる。こういう時の凄みのある目つきは一体どこで覚えたんだよ、カタギじゃないのか? もしかして。
「ちょっとぉ、ひどいんじゃないの? 恋する乙女に向かって」
「だれが乙女だっ。ていうか乙女の顔じゃねえ」
「いいじゃないの、ほっといてよねっ。それに明日になったら元に戻っちゃうかもしれないんでしょ? ならたっぷり愛でておかなきゃもったいないじゃないのっ」
「そりゃわかるけどよ……現金なやつだな。あれだけ毛嫌いしてたくせに」
「そりゃそうよ。……捕まってる間の苦痛を味合わせてやりたいと思うほどには憎いわよ?」
ナオトは不意に暗い光を目に宿してうつむいた。現在進行形ってことは、それ自体は忘れてないし恨みに思ってるってことだよな。
「でもねぇ……それとこれとは別なのよねえ」
再び顔を上げたナオトは、やっぱりさっきと同じ、リオに見せられない顔になっている。これを恋する乙女と言っていいのか?
……まあ、実害がないならいいか。俺もたぶん、リオの前では人のこと言えない状態だろうしな。藪蛇はつつかないに限る。
「それに今日はアンタとハルがいるんだし、手は足りてるでしょ? アタシはハルを愛でるので忙しいんだから」
これ以上は何言っても無駄だ。目がハートマークになってやがる。
「そうかよ。……そういやナオト」
「なぁに?」
「もうカミサマを恐れる必要はないんだよな?」
途端にナオトは眉根を寄せて俺をにらみ上げてきた。
「……何が言いたいの?」
「いや。……特に問題ないんなら、ここを宮殿とくっつけちまえばと思っただけなんだ」
「くっつける? どうして? 必要ならいつでも扉開けるけど」
「でも、それはナオトが許可した時にしか通れないんだろ?」
「そりゃそうだけど。……なぁに? いつでも行けるような扉を作れって言いたいわけ?」
「ああ。……ハルはいずれ宮殿に戻るんだろ? あいつを一人にしたくない」
「いやよ」
ナオトはビーチチェアから体を起こした。
いやって、どういう意味だよ。店を宮殿にくっつけるのがそんなにいやなのか?
それに、リオを現実に戻すためにも宮殿の全権が必要だと言っていた。なら戻るしかないだろ?
「でも……」
「宮殿に返したら、元のサイズに戻っちゃうじゃないのっ」
「……へ?」
ナオトは駄々っ子みたいに首をぶんぶんと横に振る。
「ハルが言ったのよ、宮殿に戻って元のサイズに戻してくるって」
「……だからって拉致監禁じみたこと、するなよな」
「してないわよっ。今だって外に出るの、制限したりしてないでしょ?」
俺はぐるりと外を見回した。確かに、ハルの部屋の中のものを焼却処分するために、持ち出して燃やせる場所とつながっている。だが、ここからは宮殿や街らしきものは一切見えない。
ここから離れたとしても、歩いては宮殿へは戻れないってことだ。……いや、ハルはこの世界の全権を持っているんだよな? この世界の創造主として。なら、どこへでも行けるんじゃないのか?
「なによ、いきなり黙り込んで」
「いや……ちょっと驚いて」
何に、とは言わない。たぶんこれは、ハルも意図的に忘れていること、なんだよな? なら、藪蛇をつつく真似はしない方がいいに違いない。
「なぁに? アタシそんな変なこと言った?」
「いや。……でもよ、自由に外に出れたところで、宮殿まで戻るの大変じゃねえか。やっぱり扉作ってやれよ」
「やーよ。少なくともアタシが満足するまでは作らない」
つんとナオトは顔を背ける。これはてこでも動きそうにないな。
「遊人ーっ」
向こうでリオがぶんぶんと手を振っている。午前中の辛そうな顔と打って変わって、満面の笑みに俺は手を振り返した。
ハルの部屋の片づけはあらかた終わった。残っているのは魔法陣の書かれた絨毯ぐらいか。ベッドを動かすのが大変だが、まあハルもいるしな。
「部屋の片づけ、あとどれぐらい?」
「そうだな、明日には終わるだろう」
「……そんなに急がなくていいんじゃない?」
いや、そういうわけにもいかない。早く部屋の片づけを終わらせねえと、また俺のベッドにもぐりこんでくるだろ? リオのぶんむくれた顔もかわいいが、傷ついた顔をさせたくねえしな。
「アンタたちがいやならハルはアタシの部屋で寝かせるから」
「……ハルに手を出すなよ」
「あらやだ、そんなことするわけないでしょ? これでも一応心の操は聖ちゃんに捧げてるんですからねっ」
うふ、とか笑うんじゃねえ。向こうでハルが微妙に青い顔してるじゃねえか。
「ハルが嫌がるようなら俺の部屋で寝かせるから」
「やあよ。アタシのために成長してくれたのに、どうしてアンタたちと一緒に寝させなきゃなんないのよっ。それともアンタ、成長したハルと一緒に寝たいわけ?」
「誤解を生むような表現はよせっ。あんたの毒牙にかかるのを防ごうとしてるだけだ」
「毒牙だなんて、抱き枕になってもらうだけじゃないの」
いや、その顔を見た今では信用できねえわ。肉食獣の顔してハル見てんじゃねえよったく。
「ハルがあんたと寝たいって言ったらな」
「遊人まだー?」
「おう、行く行く」
とりあえず、ハルにはソファーベッドを使ってもらおう。あのソファなら寝心地も最高だしな。毛布と枕があればいいだろう。リオが嫌がるようならベッドを天蓋つきにして目隠しにカーテンつけとこう。
ナオトは不満そうに唇をとがらせていたが、俺はそれをまるっと無視することにした。




