43.ケーキなお茶会
お待たせして申し訳ありません。二週間ぶりに更新です。
食事をさっさと終わらせて、今日もハルの部屋の片づけに費やす。ハルが大人になったおかげで男二人での作業は比較的スムーズに進んだ。
相変わらずナオトは我関せずだ。リオはといえば、大きな荷物を移動させる俺たちの周りをちょこまかと走り回っていたかと思えば、なんでか知らないがぶすくれて小物を引きずりながら運んでいる。
「リオ」
何かの模様が刻まれた椅子を引きずっているリオを呼び止めると、唇を尖らせたリオが振り向いた。
その目は恨めしそうに俺をにらみつけ、今にも決壊しそうなほど涙をためている。
リオの手から椅子をもぎ取ると、俺はリオを抱き上げた。薄着のシャツを通じて伝わってくるリオの体温から、くたびれて眠いのだと伝えてくる。
「リオ、ちょっと休もうか」
考えてみれば、少し遅い朝食の後、ずっと働きづめだ。
優しく頭をなでてやると、小さくうなずくのがわかった。
「ハル、休憩しよう」
「わかった」
リオをお子様抱っこしたまま、リビングに向かう。ナオトはと見ればどうやらキッチンにいるらしい。鼻歌が聞こえてくる。
長椅子に腰を掛けてリオを横に下ろそうとしたが、リオは首に巻き付けた腕を頑としてほどこうとしない。
「リオ?」
「……離れるのやだ」
「どうした?」
銀の滝を手で梳ってこめかみにキスを落とす。いい匂いがする。でも、その中に塩辛い匂いが混じっている。……涙の匂いだ。
「俺はここにいる。どこにも行かない」
「……それでもやだ」
急に甘えん坊になったリオの理由が分からない。朝起きてから今までのリオと俺の言動を脳内でリピートしてみる。
といっても、部屋の片づけをしていただけで、リオとはそれほど会話をしていない。むしろ、ハルと協力して動いていた方が多くて――。
そこまで考えて、気が付いた。
そうか。
昨日までは、大きなものを動かすなら俺と、子供サイズのハルとリオ三人で動かしていた。バランスが悪くて何度も落としたりひっくり返したりしながらも、楽しんでいた。――そう、楽しかった。リオもハルも、俺もげらげら笑っていた。
でも、今日は大人のハルがいる。重たいものなら二人で運んでしまう。リオがそこに加わる場面は一度もなく、昨日ほど楽しくはなかった。
だからか。
「……ごめん、リオ。仲間はずれにしたつもりはなかったんだ」
「……うん」
「休憩終わったら、一緒に荷物、運んでくれるか?」
ぎゅう、と首に回る腕に力がこもる。……うん、ちょっと息苦しいよ、リオ。
「リオ、遊人死ぬわよ」
「やだっ」
ナオトの声が飛んできて、ようやく腕が緩む。きゅうきゅうに絞められた喉に空気を取り込もうとして咳き込んだ。
「ご、ごめんなさい、遊人」
目の前でおろおろしてるリオのまん丸の目から涙がこぼれる。ああ、かわいいなあ、こんな瞬間までもとか思ってる俺はきっとおかしいんだろう。
「お茶しましょ。ケーキ焼いたから」
「うん。……ハル呼んでくる」
リオは俺のほっぺにチュッとキスを落とすと嬉しそうに微笑んで俺の上から降りた。ぱたぱたと走り去る足音を追いかけてると、後ろからすぱんと後頭部をはたかれる。
「いてっ」
「デレデレしてんじゃないわよ。ほら、運んで」
ナオトがカウンターに置いたお盆をテーブルに移動させる。ケーキスタンドとでもいうのだろうか、三段になったそれには色とりどりのケーキがずらりと並べられていて、いったい何種類のケーキを作ったんだ、と目を見張る。
「うふふ、すごいでしょ。それ、全部ホールで作ってあるからお代わりはいくらでも行けるわよ」
「全部? すごいな」
素直に賛美を送ると嬉しそうにナオトは微笑んだ。俺たちが部屋の片づけをしていた間に、十種類はありそうなケーキを作り上げるとは、やっぱりナオトはすごい。
「もっと褒めてもいいのよ?」
これさえなきゃなあ。まあ、でもすごいのは間違いない。
しばらくして戻ってきたリオとハルも、ケーキを見て嬉しそうにはしゃいだ。体は大人になったとはいえ、ハルもまだ子供なのかもしれない。
「はいはい、手を洗ったら座って」
席に着いたところでナオトが飲み物を配る。俺の前にはコーヒー、リオの前にはココア。ハルの前に置かれたのはココアだろう。甘いにおいがする。
「お茶会って言えば紅茶なのに」
「オレ、紅茶嫌い。苦い」
「お子様ねえ。ミルクと砂糖入れてもいいって言ってんのに」
「俺も紅茶は苦手だ」
「アンタも? ……やあねえ、お子様」
「悪かったな。コーヒーはブラックで飲めるんだからいいだろっ」
「……ココアはだめなの?」
おずおずと背中を丸めたハルが見上げている。ナオトは顔を赤くしたあと、ぷいと横を向いた。
「別にだめじゃないわよっ。好きなの飲みなさいっ」
俺はちらりとリオを見た。リオもきょとんとナオトを見た後、ハルを見て、俺を見て、首を傾げる。
「気にしなくていいってことだ。オレンジジュース、好きなんだろ?」
「うん、好き」
にかっと笑うリオの頭を撫でると、リオは嬉しそうに目を細めた。
「さあさ、とっとと選びなさい」
咳払いをしてナオトがいうと、さっそくリオが立ち上がった。全部のケーキを見たいのだろう。椅子の上に立ち上がってじっと眺めてる。
「ナオト、どれがおすすめ?」
「そうねえ、遊人ならチョコケーキかしら。ビターチョコ使ってるからそんなに甘ったるくはないわね。コーヒーにも合うし」
「じゃあオレ、チョコケーキもらうっ」
ちょっと待て、俺がおすすめされたのに、なんでリオがそれ取るんだよっ。
「り、リオっ?」
「はやいもんがちーっ」
俺が立ち上がるよりも早く、チョコケーキは攫われていった。いいんだもんね、ナオトからホールで準備してあるって聞いたし、お代わり出してもらえば。
そう思ってナオトを見ると、俺の考えを見透かしたのか「お代わりはここにあるケーキが全部なくなってからね?」と言い出した。
「おいっ」
「だってぇ、ケーキスタンドはこれしかないのよ? アンタのケーキだけお代わりするのにスタンドごと持ってっちゃったら食べられないじゃないの」
ナオトの言い分も確かに理がある。でもそれ、今考えた屁理屈だろ。ホールケーキからお代わり分だけカットして持ってきてくれればいいのに。
「だから、頑張って平らげてねぇ?」
にやにや笑うナオトの背中にはきっと、悪魔の羽としっぽが隠されてるに違いない。
結局、おすすめのチョコケーキにたどり着くまでに何個ケーキを食ったのか、覚えてない。幸いだったのは、準備されていたケーキが甘すぎず、途中で胸焼けせずに済んだことぐらいか。
でも、当分――本当に当分の間、ケーキというケーキは見たくもない。




