42.金髪の男
幸せな二度寝のあと、リオを抱きしめたまま目が覚めた。
ああ、二度寝も幸せなら目が覚めたら腕の中に好きな子が寝てるなんて最高の幸せだ。
そっと抱きしめると身じろぎした。起こしたかな、と観察してると、もぞもぞ動いたあと顔を上げた。目がまだとろんとしてる。
「おはよ、リオ」
「……おはよ」
なんか起きたばかりの猫みたいだ。額にちゅっとキスをすると、何度か目を瞬いたあと、ぱっちりと目を開けてがばりと起き上がった。
なんで真っ赤な顔してるんだよ、リオ。腕で顔隠すとか、めちゃくちゃかわいい。
「なんで照れてんの」
「そ、そりゃ照れるだろっ」
今までも唇以外はちょくちょくキスしてたけど、いきなり意識しだしたのか? いや、俺としてはうれしいけどさ。
「かわいいな、リオ」
「な、なんだよっ突然っ」
起き上がってもまだおなかの上に座ったままのリオを下から見上げるのってイイなあ。ぼーっと見上げてたら、どんどんリオの顔が真っ赤になっていく。
「ゆ、遊人っ、起きろよっ。オレ、おなかすいた」
照れながらも俺を揺さぶってくる。たしかに腹、減ったな。昨夜って結局ろくに食べてないような気がする。アルコールばっかり腹に入れて。
「よし、起きるか」
よっ、と掛け声をかけてリオを抱き寄せてから上半身を起こす。これも慣れたなあ。ぎゅうぎゅうに抱きしめてたらリオが暴れた。手を緩めると、真っ赤に茹で上がったリオの顔が至近距離にある。
「遊人っ、遊んでんじゃっ……」
だめだ、俺まだ理性吹っ飛んでる。こんな至近距離にさんくらんぼな唇があるのに何もしないなんてもったいない。かわいい唇を自分のそれでついばむと、抗議の声が消えた。
「リオ。……かわいい」
さらりと流れる銀の髪に顔をうずめる。ああ、いい匂い。リオの匂い。食っちゃいたい。
このままもう一度寝よう。そうしよう。
「ゆゆゆ遊人っ、おおおおなかすいたってばっ」
「いつまでも乳繰り合ってんじゃないわよっ!」
いきなり扉がばこんと開いて飛び込んできたのはナオトだった。……俺の権限下にあったはずなんだけど。
じろりとにらみつけると、ナオトはつかつかと寄ってきたと思ったら俺の腕を引きはがしてリオを取り上げた。
「な、ナオトっ」
「リオは外に出てなさい。このバカしつけてから行くから」
「なんだよ、邪魔すんな」
手で追い払う仕草をするナオトはにこやかに微笑んだまま俺を冷たい目で見下ろしている。
俺がナオトをにらんでる間に、リオはじりじり後ずさりながら部屋を出て行った。でも顔は真っ赤なままで、目が潤んでる。えっと……俺、そんなに怖かったか?
……あー、まあちょっと理性のタガが外れてたけど。リオがかわいいんだから仕方がないだろ? それは俺のせいじゃねえし。
「アンタ、リオを怖がらせるんじゃないわよ」
「怖がってはないだろ? かわいいって言ってるだけだ」
まあ、それ以外にもいろいろやらかしてる気はするけど。思いは通じてるし、そばにリオを感じていたいし、ちょっとゆるくはなってるかもしれない。……でもこれ、昨夜の酒のせい、じゃねえ?
「そういやナオト、昨夜の飲み比べ、ズルしただろ」
「え? 別にズルなんかしてないわよぉ? ただ単に酔わないだけ」
「あれだけ飲んで酔わないとかありえねぇ」
「あのねえ、あの程度で酔ってたらバーテンダーなんてやってらんないの。そうでなくともアタシは人気者だったんだから。奢られるたびにいちいち酔ってたら大変でしょ?」
そんなもんなのか。そういった店にはあまり行かなかったからよくわからない。今度行ってみるか。
なんてことを考えてたら。
リオの悲鳴が聞こえてきた。
「リオっ!」
ベッドから飛び起きて部屋を飛び出す。ナオトが「あ、忘れてた」とか言ってたのが聞こえた気がするけど、その時には何のことか、わからなかった。
部屋を飛び出したところでリオが立ち尽くしていた。とっさに抱き寄せると反射的にリオがしがみついてきた。
リオの手が震えてるのがわかる。落ち着かせようと頭を撫で、ぎゅうと抱きしめたところでリオの視線を追った。
リオの見ていた先には――見覚えのある、金髪の大人の顔がある。
ここには俺とリオ、ナオトとハルしかいない。大人の男なんていない。
ということは……また落ちてきたのか?
「誰だ」
そう問うと、金髪の男は眉を寄せて悲しそうな顔をした。
「それ、ハルよ」
俺の後ろから声が飛んできた。のっそりと現れたナオトを振り返ると、やれやれ、と肩をすくめている。
「ハル……?」
金髪の男に向き直る。確かに面影があると言われればある気がする。どこかで会ったことのあるような顔。どこでだったか、と頭をめぐらせたものの、ピンとくるような人物は俺の記憶の中にはない。
ハルは、とみれば目を丸くしたまま、じっと目の前の男を見つめている。
「リオはわかる?」
ナオトの声に、リオは頷いた。面影はある気はするけど、気のせいのような気もして。
「夢の中で見たことある気がする……」
リオの声にはっと思い出した。記憶の奥底に埋め込んだリオの記憶。夢で見せられたリオの記憶の中に、似た顔はなかっただろうか。
リオの実の父親の遺影を思い出す。あの写真は人懐こそうに微笑んでいて、髪の毛もこれほど長くはなかったけれど、言われてみれば似ている気がした。
「ハル……なんで急に大きくなった?」
「わからない。……今日一日はこのままみたいだ」
ハルはようやく愁眉を開いたが、ちらりとナオトを見てまた眉を寄せる。ナオトが何か知っているのか? と振り向けば、俺の視線に気が付いたナオトは「な・い・しょ」などとウィンクを飛ばしてきた。
腕の中に抱き込んでいたリオは、長い間じっと成長したハルを見つめていたが、落ち着いたのか俺の腕を叩いて見上げてきた。
解放しろってことか。
腕を外すと、リオはハルに歩み寄った。ハルはソファに座っていたから視線はほぼ一致するらしい。
「手、見せて」
リオが要求し、ハルが答える。ハルは要求通りに手や足、髪の毛などを触らせている。
何がしたいのかわからないが、邪魔をするのもはばかられる。ナオトはとみれば、さっさとキッチンに戻っていた。俺たちの食事を作ってるのだろう、香ばしい肉のにおいがしてくる。
存分に観察し終わったのか、リオはハルから離れ、俺のところに戻ってきた。あー、おなかがくっつきそうなくらい減ってる。肉のにおいを嗅いだせいだろうな。
そんなことを考えていたせいだろう。
リオがぽつりと言った「いいな」という言葉が、食事に向けてのものだったのか、成長したハルに向けてのものだったのか、その時の俺は気が付いていなかった。




