14.巨人
俺、死んだのか。
あの時、ナオトは「じゃあ死になさい」と言った。
そのあと、体が動かなくなった。呼吸もできなくなって、ブラックアウトして――。
死んじまったかあ。
深く息を吐く。
あ、周りは案の定真っ白で、どこが床でどこが壁かわからない状態だが座るところだけはあったらしくて。
気が付けばそこに俺は座っていた。
死んだってことは、元の世界に戻ることはできない……んだよな。
ナオトもそう言っていた。
入院しただけでも迷惑かけたのに、そのまま蒸発かぁ。
頭をがしがしかいて、やっぱりため息をつく。
なんだかまるで最初に戻ったみたいだ。
手術台のベッドの上で目を閉じて、次に目を覚ましたらあの街角に立ってた。
それと、なんだか似ている。
死んだ、と思ったらこの部屋にいて。
俺は何をすればいいのか、悩んでいる。
まるで進歩がない。
ああ、でも前よりは情報がある。
こっちに来た時には本当に何がなんだかわからなかった。
今回は、そうじゃない。
多少なりともこっちの世界の知識は入ってる。
リオやナオトのことも覚えてる。
カミサマのことも。
死んじまったら何もできないだろうに、なぜナオトは俺に死ねと言ったのか。
膝の上で握り込んだ拳に目を落として、頭の中を整理する。
俺はカミサマに目をつけられていた。
どこにいても逃げられない。――ナオトの作ってくれた空間の中でさえ。
なら、どうすれば逃げられる?
どうすれば――どうなれば、カミサマは俺で遊ぶことをあきらめる?
それは――俺が壊れた時か?
絶望も歓喜も絞りつくして、何の感情の揺れも起こせなくなった時、俺は捨てられるのだろう。
そしてもう一つは、俺が死んだとき。
「死んだことにすればカミサマから見えなくなるから、か」
「はい、正解」
不意に声が聞こえてきた。
ぺらりと白い壁の一部が剥がれ落ちる。
そこから……二十メートル級のナオトが覗き込んでいた。
「うあっ」
何が怖いって、目がでかい、にやっと笑った口が怖い。
俺なんか一口でぺろりじゃねえか。
さすがにビビって腰を浮かす。
「あら、やだぁ。ビビったアンタもかわいいわねえ」
いやだから、色気振りまいてにやりとかしないでほしい。てか、巨人な状態では妖艶もなにもねえ。ただ怖いだけだ。
「ナオト、遊人が怖がってる」
「ま、失礼しちゃうわ」
リオの声も聞こえる。
がさがさと音がして、同じく十五メートル級のリオが顔を見せる。
「遊人、大丈夫か?」
ああ、癒される……。
ほっと胸をなでおろしながら、元の場所に腰を下ろした。
「ああ、大丈夫。ちょっとビビったけど」
「ほんと失礼しちゃうわ。……っと、どこか苦しかったりしない?」
ナオトの声が聞こえてくる。
「え?」
「ナオト、それじゃ説明足りないだろ?」
うん、まったくだ。俺がなんか縮んでるのも、理由が知りてぇし。
「んもう、面倒ねえ。……アンタ、自分の脈、取ってみなさい」
脈?
左手首に手を当てて脈が取れる場所を探す。――が、なかなか探れない。首に手を当ててもわからない。
「次に口と鼻を自分の手で塞いでみなさい」
そんなことしたら死ぬっての。
「いいから早く」
壁の隙間からリオが心配そうに俺を見てるのがわかる。
しぶしぶ口と鼻をふさいで、呼吸を止める。昔は二分とか楽勝で息止められたもんだが、最近は三十秒でも苦しい。
そろそろ苦しい頃か、と顔を上げてみたが、苦しくない。
ナオトになんかされて意識が途切れた時、息ができなくてあれほど苦しい思いをしたのに。
そのまま三分が過ぎた。
「……もうわかったわね?」
「……どういうことだよこれ」
息をしなくても苦しくならない。死なない。脈が取れないってことは。
「そう、アンタは死んでるの。心臓が止まってるのがその証拠」
「……まじかよ」
はぁ、と深く深くため息を吐く。
いやまあ、死んだってことはわかってたけど、死んだことにする、だけだと思ってた。
マジで死んでるのか、俺。
「ナオト、全然足りてねえって。遊人、心配しなくていい。今の遊人は仮死状態なんだ」
「仮死状態……」
自分の両手を見る。
体温は高いほうではないが、それほど寒くは感じない。仮死状態って体温下がるんだと思ってたけど。
「仮死状態っていうのも微妙よね。アンタの時を止めてるのよ」
「時を?」
「そ。だから何も食べなくても死なないし、殴られても刺されても死なない。あ、でも時が進み始めたとたんに止まってた間に受けた負担が戻るから、死なないからって無茶なことするとほんとに死ぬわよ」
一瞬無敵かと喜んだものの、ナオトの続く説明にぞくっと身を震わせる。
「で、ここはいったいどこなんだ? リオやナオトがでかくなったわけじゃないよな? 俺が小さくなったのか?」
「そう。サイズが小さいほうがカミサマの目から逃れやすいからね。そのサイズならリオのポケットに入れるし」
「ええっ」
死んだと思ったら次は一寸法師かよ。
こんなんじゃ何もできない。てぇか、結局リオやナオトに守ってもらうだけじゃねえか。
「戻せよ」
「え?」
「これじゃお前らを守れねえだろうがっ! 戻せ!」
立ち上がって姿の見えないナオトに向けて叫ぶ。
「あらま、アタシまで守ってくれる気なんだ。……ほんっと、アンタってばいい男よねえ」
「気持ちわりぃセリフはいいからっ」
「だめ」
以外にも俺のセリフをさえぎったのはリオの声だった。
「リオっ……」
「カミサマが遊人を見失うまではだめ」
「見失うって……どうしたらそれがわかるんだよ」
嫌な予感がする。
俺がおもちゃでなくなったカミサマが何をするか。……別のおもちゃを探す。絶対そうだ。
「ほかの奴がおもちゃになるんじゃねえのか。それが……リオじゃないと言い切れるのか?」
壁の向こうで息をのむのがわかる。
俺を狙ったカミサマの邪魔をしたリオはカミサマの恨みを買ったに違いない。
リオはカミサマの気まぐれで今の姿になったと言っていた。
一度狙われて、壊れなかったおもちゃが二度狙われないというルールはないんだろう?
なら。
「なら飲めねえ。そんなのは絶対だめだ」




