13.抗う
すみません、久しぶりの更新です。
「それさ、どうにかできないのか」
「え?」
膝の上のリオが顔を上げる。
カミサマ……いや、もう悪魔と呼ぶべきだろうか。
そんなのに弄ばれて、誰も抗おうとしないのか?
「無理だよ、この世界作ったの、カミサマなんだよ? 逆らえるわけない」
「でも、リオは俺を助けてくれようとしたんだろ?」
ぴくりとリオの体がゆれる。
「だって……」
「ん?」
「……遊人は戻りたいんだろ?」
ああ、そうだ。手術台に乗ったところでいきなりこっちの世界に来たし、どうなったのか気になって仕方がない。
だから戻りたい。間違ってはない。
でも、なんだろう。
リオに突き付けられた事実が、ひどく俺を動揺させる。
俺は帰りたい。
帰りたいと思っているのに、帰ることに消極的なんだ。
……帰りたくない。そう思ってしまうほどに、この、腕の中の銀色の少女に惹かれている。
「ああ。……そうだな」
そう答えることすら胸に痛みが走る。
「だから、遊人はリオが守る。……遊人は何も心配しなくていい」
「いや、ちげーだろ」
思わず声が出た。
びっくりしたのかリオが顔を上げる。まん丸い目で俺を見上げてくる。
なんだこのかわいい生き物は。
思わずもう一度肩口に顔をうずめて抱きしめた。
「確かに俺は帰りたいと思ってる。思ってるけど……リオやナオトを犠牲にして平気な顔できねえよ。俺のためにリオが泣いてくれたのも頑張ってくれてるのもうれしい。でもな」
ぎゅっと抱きしめて、目を閉じる。
「女の子に守られてばっかりはやなんだよ。お前が泣くの、見たくねえ」
好きな子、と言えなかったヘタレな俺を許してくれ。
だってよ、現実でもこんなに思った子、いなかったんだぜ?
「遊人」
「なあ、リオ。……俺にできることはないのか?」
俺はここでは単なるモブだ。
特に力もねえ、武術にも秀でてねえ、ただのサラリーマンで、そろそろ腹がでてきそうな年頃だ。
でも、そのカミサマとやらに抗うことができるなら、精一杯やったろーじゃねえの。
よく、神話の中の神様は気まぐれだっていうけどよ、リアルに存在するカミサマは気まぐれじゃダメだろ。そこに生きてる人間にとっては死活問題だっての。
おもちゃ扱いすんじゃねーよ。
壊れるまでとか、絶望を吸い上げるとか、どこからどーみたって神様じゃねえ。
立派な悪魔だ。
悪魔に飼われてるってことになるんだぞ、俺たち。
悪魔が気まぐれに人を食らうとかおもちゃにするとか、どこのアニメだよ。
ありえねえ。
そんな世界、真っ向から否定してやる。
「ある……かもしれない。でも、そうしたら遊人、追われることになる」
「今だって追われてるのと一緒だろ? ここから出たら、また何かに追われるんじゃねえの?」
リオは押し黙った。ということはその通りなんだろう。
ナオトの店に飛び込む前のひと悶着。
今ならわかる。
リオが俺を逃がそうとしてくれたこと、ナオトがかくまってくれたこと。
俺を怖がらせないようにしてること。
「でも」
「だから、俺にできることを教えてくれ」
リオの顔を上に向かせる。
「俺はリオじゃないし、ナオトでもない。特に何の力もねぇし、ただお前たちに守られてるだけの存在かもしれない。でも、何かやれることはねぇか? リオが俺を起こしてくれたみたいに、俺がリオやナオトにできることはねぇか? なんでもいい。カミサマに一矢報いれるなら、何でもやってやる」
「その言葉、嘘じゃないわね?」
ふいにナオトの声が聞こえてきた。
おい、出かけるとか留守にするとか言ってなかったか?
てか、俺の部屋だってのにナオトは出入り自由かよ。
そう思って声のほうに顔を向けたがナオトの姿はない。
「ああ、声だけ飛ばしてんの。アタシ自身はもうそこにはいないわよ」
「って、俺の思考筒抜けかよ。トンでもねえな」
苦笑して腕の力を弱めると、リオが体を起こした。
「ナオトはこの空間の支配者だから。遊人の部屋は遊人の支配下にあるから、ナオトが絶対覗けないようにすることもできる」
「へぇ。でも俺の思考読めるのは部屋関係ねぇんじゃね?」
「うん、たぶん」
じゃあシールドしても意味ねえよな。たぶん。
「アンタがリオになんか悪さしようとしたらすぐわかるわよ」
「するかよっ」
いくらリオがかわいくて食っちまいたいくらいかわいいからって、無理強いしたりしねーよっ。
「で、何でもやるって言葉には二言はないわね?」
「ああ」
それにしてもこの声、どっから響いてんだ。
部屋のどっかにスピーカー仕込んであるのか?
「じゃあ、アンタ。死になさい」
冷たい声とともに何かが体にめり込んできた。何かがぶつかったとかって衝撃はなかった。
ただ、リオを抱っこしたまま、俺はピクリとも動けなくなった。
指も動かない、口も動かせない。それどころか呼吸すらできない。
膝の上に座ったままのリオがきょとんとした顔をしていたが、すぐに泣きそうな顔になって虚空へ視線を滑らせた。
「ナオト! 約束が違う! 遊人には何もしないって言った!」
「言ったし誓ったわね」
くすくすと笑うような気配。
息ができないせいでどんどん顔に血が上ってくるような錯覚に陥る。
視界がどんどんゆがむ。
「何でも、と言ったのはアンタよ、遊人。……それで帰れなくなったとしても、恨まないでよね?」
何だと?
「ナオト! 遊人っ!」
視界が暗くなる。ナオトの笑い声とリオの俺を呼ぶ声だけが最後まで聞こえていた。




