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欲しいものを言ってみろ



――ヤタガラス新装備導入会議


「では、新年度の装備更新について意見を募ります」


一乗寺アカネがそう言った瞬間。


会議室の空気が変わった。


普段の作戦会議では見られない、妙な熱気が満ちる。


大型モニターの前には、PMCヤタガラス代表・九条ホオズキ。


その右側には副代表兼統合作戦本部長、榊原宗一郎。


左側には情報システム部の久世冬馬。


そして机の端には、ノートPCを開き、予算資料を並べた一乗寺アカネ。


この三人。


ヤタガラスでは密かにこう呼ばれている。


――『調達三大関門』。


作戦上、本当に必要なのか。


技術的に意味があるのか。


そして。


金を出す価値があるのか。


この三つを突破しなければ、新装備は導入されない。


にもかかわらず。


現場要員たちは今日、妙に浮かれていた。


ホオズキが言う。


「今年は収益も安定している。必要な装備については、積極的な更新を検討したいと思う」


その瞬間。


神代蓮司が勢いよく手を挙げた。


「代表」


「どうぞ」


「俺、欲しいものあります」


榊原が嫌な予感のする顔をした。


久世は眼鏡を押し上げた。


アカネは電卓を手元に寄せた。


三人とも、完全に臨戦態勢だった。


---


一件目


神代蓮司――最新型暗視装置


「最新世代の四眼暗視装置が欲しいです」


蓮司がモニターに画像を出した。


四つのレンズを持つ、いかにも特殊部隊らしい外観。


蓮司は目を輝かせている。


「視野が広い。索敵能力が上がる。夜間戦闘では圧倒的優位を――」


「却下」


榊原だった。


早い。


まだ説明開始から十二秒だった。


「ちょっと待ってくださいよ!」


「現在使用している双眼式で任務上の不足はあるか」


「ありませんけど」


「なら不要だ」


「でも四眼ですよ!?」


「だからどうした」


「格好いいじゃないですか!」


「却下」


榊原、二度目。


蓮司が食い下がる。


「いや、視野角ですよ視野角! 左右が見えるんですよ!」


久世が淡々と言った。


「重量増えます」


「……」


「首疲れます」


「……」


「交換部品増えます」


「……」


「専用バッテリー管理も必要になります」


「……」


最後にアカネ。


「一式、予備部品、保守契約、教育費を含めると――」


キーボードを叩く。


「現在装備の約四倍です」


「四倍」


「四倍です」


蓮司は腕を組んだ。


しばらく考える。


そして言った。


「男のロマンって、値段じゃないと思うんですよ」


アカネは微笑んだ。


「会社の経費は値段です」


「はい」


終了。


---


二件目


篠宮レイナ――小型偵察ドローン大量配備


「はいはい、次あたし」


篠宮レイナが立ち上がった。


「偵察ドローンを増やしたい」


これはまともそうだった。


榊原も頷く。


「具体的には」


「小型機を二十機」


「多いな」


「使い捨て前提」


榊原の眉が動いた。


「使い捨て?」


「そう。建物の窓から突っ込ませたり、狭い通路に飛ばしたり。壊れても気にせず使える安いやつ」


久世が口を開く。


「通信方式は」


「市販規格」


「却下」


今度は久世が速かった。


レイナが振り返る。


「なんでよ」


「電波傍受」


「暗号化する」


「妨害」


「周波数変える」


「乗っ取り」


「ファーム改造」


「脆弱性」


「……」


「ログ漏洩」


「……」


久世は無表情のまま続ける。


「安い民生機を作戦区域に二十機持ち込んで、全部セキュアに管理するなら、最初から業務用機買ったほうが楽です」


レイナは唇を尖らせた。


「じゃあ業務用を二十機」


アカネが顔を上げる。


「却下」


「まだ値段言ってないじゃん!」


「知ってます」


「なんで!?」


「去年、あなた三機壊しましたよね」


沈黙。


「……事故よ」


「一機は木」


「風が強かった」


「一機は川」


「GPSが」


「一機はビルの屋上から落下」


「あれは蓮司が――」


蓮司が叫ぶ。


「俺関係ねえだろ!」


アカネは資料をめくった。


「ちなみに去年のドローン修理費、全社員中一位です」


レイナは静かに座った。


---


三件目


御影紗夜――防弾車両


御影紗夜が控えめに手を挙げる。


「私から一つ」


榊原が頷いた。


「言ってみろ」


「要人警護用の防弾車両を一台」


空気が変わった。


これは真面目な提案だ。


榊原も即座には切らない。


「理由は」


「国内外のVIP警護案件が増えています。現在の車両でも対応できますが、銃撃リスクを伴う案件の場合、車そのものが弱点になります」


ホオズキも頷く。


「合理的ね」


蓮司が小声で言う。


「お、これは通るんじゃねえか」


レイナも頷く。


「珍しくまとも」


紗夜が続ける。


「それと」


嫌な予感。


「できればV8」


榊原の眉が動く。


「なぜだ」


「重くなるので」


「ディーゼルでもいい」


「V8のほうが音がいいです」


沈黙。


紗夜は基本的に無表情である。


だからこそ、本気なのか冗談なのかわからない。


久世が聞く。


「必要馬力を計算しました?」


「してません」


「却下」


「……」


アカネが聞く。


「車種候補は?」


紗夜が紙を出した。


アカネが見る。


三秒。


「却下」


紗夜が珍しく食い下がった。


「まだ説明していません」


「高いです」


「安全性は高いです」


「高いです」


「耐弾性能も」


「高いです」


「防爆仕様も」


「ものすごく高いです」


紗夜は黙った。


ホオズキが少し笑う。


「もう少し現実的な候補を探しましょう」


「……はい」


---


四件目


真壁仁――高級セダン


「俺も車だ」


壁際から真壁仁が言った。


そもそも正式な社員ではない。


外部協力員である。


アカネが目を細める。


「真壁さんに発言権ありましたっけ」


「細けぇこと言うな」


「経費なので細かいことを言います」


仁は構わず続けた。


「黒い高級セダン一台」


榊原。


「用途」


「裏社会との交渉」


「現在の車で行け」


「舐められる」


「お前なら軽自動車で行っても舐められん」


「そういう話じゃねぇ」


レイナが吹き出した。


確かに。


真壁仁が降りてくれば、車種など関係なく怖い。


仁が説明する。


「こういう世界じゃな、見栄ってのも武器なんだよ」


榊原は少し考えた。


意外にも、完全否定はしなかった。


「一理ある」


仁が勝ち誇った顔をする。


「だろ?」


そこでアカネ。


「では、現在所有されている真壁さんの車を業務利用してください。走行距離に応じて経費精算します」


「え」


「以上です」


「待て」


「次の方」


「待てって!」


「次の方」


撃沈。


---


五件目


九条ホオズキ――新型拳銃


ここで。


ホオズキ自身が手を挙げた。


「私も一ついい?」


全員が静かになる。


代表案件。


さすがに扱いが違う。


「現在使用している拳銃を更新したいと思っているの」


榊原が聞く。


「理由は」


「老朽化」


「使用年数」


ホオズキが答える。


榊原はしばらく考えて。


「更新自体は妥当だ」


おお。


初の可決候補。


蓮司が小声で言う。


「代表権限つええ」


レイナが囁く。


「出来レースじゃない?」


ホオズキが候補機種の資料を表示する。


久世が眺める。


榊原も見る。


アカネが価格を見る。


そして。


「却下です」


アカネだった。


ホオズキが固まった。


「……え?」


「高いです」


「でもこれ、耐久性が」


「同等性能でもっと安い候補があります」


「握りやすいのよ」


「グリップ交換してください」


「重量バランスが」


「慣れてください」


「……格好いいし」


「代表」


アカネがにっこり笑った。


「会社のお金です」


「……はい」


蓮司が小声で言う。


「代表でも死ぬんだ」


レイナ。


「平等ね」


---


六件目


蓮司、再び


「じゃあ!」


蓮司が再び手を挙げた。


「まだあるのか」


榊原が露骨に嫌そうな顔をした。


「新型プレートキャリア」


「却下」


「まだ何も言ってない!」


「去年買った」


「新型は軽い!」


「何グラム」


「……三百くらい」


「却下」


「レーザー測距儀!」


久世。


「今ある」


「最新モデル!」


「今ある」


「サプレッサー!」


榊原。


「必要数ある」


「最新の通信ヘッドセット!」


久世。


「去年更新した」


「タクティカルウォッチ!」


アカネ。


「自分で買ってください」


「マルチツール!」


「自分で買ってください」


「タクティカルペン!」


「文房具費でボールペン買います」


「夢がねえ!」


蓮司が机を叩いた。


「この会社には夢がねえ!」


榊原が静かに言った。


「会社に必要なのは利益だ」


アカネが頷く。


「その通りです」


久世。


「あと運用性」


蓮司は天井を仰いだ。


「敵が三人いる……」


---


七件目


レイナ――まさかの私物


レイナが手を挙げた。


「あたし、ノートPC」


久世が聞く。


「業務用?」


「そう」


「現在支給品あるよね」


「重い」


「何キロ」


「一・七」


「普通」


「もっと軽いやつ」


「必要性能は」


「ネット見れて、資料作れて、画像見れて――」


久世が眼鏡を押し上げる。


「今ので全部できます」


「でも新しいの格好いい」


「却下」


「薄いよ?」


「却下」


「画面きれい」


「却下」


「色かわいい」


「業務用PCに色を求めないで」


レイナがアカネを見る。


アカネは首を横に振る。


「私を見てもダメ」


「ケチ」


「褒め言葉として受け取ります」


---


八件目


猫の少佐――自動給餌器


そのとき。


「ニャー」


全員が振り向いた。


会議室のドアの隙間から、猫の少佐が入ってきた。


堂々と歩き。


ホオズキの隣に座る。


「少佐も何か欲しいの?」


ホオズキが笑った。


「ニャ」


蓮司が言う。


「自動給餌器じゃないですか?」


レイナ。


「あと自動トイレ」


紗夜。


「給水器も」


ホオズキ。


「いいわね」


アカネが電卓を叩く。


久世が製品を検索する。


榊原が腕を組む。


三十秒後。


アカネが言った。


「全部買いましょう」


全員。


「は?」


蓮司が立ち上がった。


「待ってくれ!」


レイナも。


「なんで猫は通るの!?」


アカネ。


「安いから」


久世。


「運用効率が上がる」


榊原。


「人員が世話に取られる時間が減る」


三人が完璧に意見一致していた。


蓮司が震える指で少佐を指す。


「俺の四眼暗視装置より猫のトイレが優先!?」


「当然だ」


榊原。


「費用対効果が違います」


アカネ。


「セキュリティリスクもありません」


久世。


三方向から撃たれた。


少佐は。


「ニャア」


と鳴いた。


勝者の顔だった。


---


九件目


久世冬馬――サーバー更新


ひと通り現場組が全滅したところで。


久世が手を挙げた。


「じゃあ、僕から」


蓮司が言った。


「お前も欲しいものあるのかよ」


「サーバー更新」


モニターに資料が表示される。


ラックサーバー。


ストレージ。


バックアップ装置。


ネットワーク機器。


専門用語が猛烈な勢いで並ぶ。


久世が淡々と説明する。


「現在の仮想基盤はあと二年程度運用可能ですが、最近ログ容量が増えていて――」


蓮司がアカネを見る。


「これ高そうだけど?」


アカネは資料を見る。


「高いですね」


「なら却下だろ?」


「必要性を確認します」


「扱いが違う!」


久世が続ける。


「侵入検知ログ、映像解析データ、作戦映像、バックアップ量が去年比で約――」


榊原が質問する。


「更新しなかった場合の問題は」


「障害発生時の復旧時間が伸びます」


「作戦への影響は」


「あります」


榊原。


「導入」


アカネ。


「予算確保します」


ホオズキ。


「承認」


蓮司。


「早ええよ!!」


---


十件目


榊原宗一郎――通信機更新


続いて榊原。


「私からも一件ある」


「お前もか!」


もはや蓮司はツッコミ役になっていた。


榊原は無線機の資料を出した。


「予備を含め、部隊用通信機を順次更新する」


久世が仕様を確認する。


「暗号方式も新しいですね」


「ああ」


「既存システムとの連接可能」


「確認済みだ」


アカネ。


「見積もりは」


「三社取った」


蓮司が愕然とする。


「準備完璧じゃねえか」


榊原は平然としている。


アカネが資料を見る。


「五年運用なら維持費も現行より下がりますね」


久世。


「賛成」


アカネ。


「賛成」


ホオズキ。


「承認」


蓮司が叫んだ。


「出来レースだろこれ!」


榊原が睨む。


「必要なものを、必要な根拠と見積もりを付けて持ってきただけだ」


「正論で殴るな!」


---


十一件目


一乗寺アカネ――会計システム


最後に。


アカネが手を挙げた。


「私もあります」


嫌な空気になった。


レイナが言う。


「絶対通るじゃん」


「まだ説明してません」


「だって予算握ってる人じゃん」


アカネは会計システムの更新案を表示した。


「現在、経費精算と資産管理が一部別システムになっています。それを統合します」


久世が見る。


「API連携可能?」


「仕様はこちらです」


「問題なさそう」


榊原。


「現場負担は」


「スマートフォンから領収書撮影で申請できます」


その瞬間。


現場組の目が輝いた。


蓮司。


「それ欲しい!」


レイナ。


「欲しい!」


紗夜。


「導入希望です」


仁。


「俺もそれなら使う」


アカネが微笑んだ。


「さらに、装備品の管理も連動させます」


全員。


「……」


嫌な予感。


「誰が」


アカネが蓮司を見る。


「何を」


レイナを見る。


「いつ」


仁を見る。


「どこへ持ち出して」


紗夜を見る。


「いつ返却したか」


そして。


全員を見る。


「全部記録されます」


沈黙。


蓮司。


「……やっぱ反対」


レイナ。


「あたしも」


仁。


「監視社会じゃねぇか」


久世が言った。


「普通の資産管理です」


榊原。


「導入」


ホオズキ。


「承認」


現場組。


「横暴だ!!」


---


そして会議は終わった


三時間後。


ホワイトボードには結果が残っていた。


採用。


通信機更新。


サーバー更新。


会計・資産管理システム。


防弾車両の再検討。


猫用自動給餌器。


猫用自動給水器。


猫用自動トイレ。


却下。


四眼暗視装置。


大量の小型ドローン。


高級セダン。


最新ノートPC。


最新拳銃。


タクティカルウォッチ。


タクティカルペン。


その他、神代蓮司が途中から思いつきで言い始めた装備、十七件。


会議終了後。


蓮司が椅子にもたれながら呟いた。


「俺たち、命張ってるのに……」


レイナが机に突っ伏す。


「猫より予算通らない……」


紗夜が少佐を見る。


「少佐は三件通った」


仁が煙草を取り出そうとして、会議室禁煙の札を見て戻す。


「大した奴だな、猫」


少佐は新品導入予定の給餌器カタログの上に座っていた。


ホオズキがその頭を撫でる。


「でも、いい会議だったんじゃない?」


蓮司が顔を上げる。


「どこがですか」


「本当に必要なものは通ったでしょう?」


「俺の四眼も必要です」


榊原。


「必要ない」


久世。


「必要ないですね」


アカネ。


「必要ありません」


「三人とも即答すんな!」


ホオズキが笑った。


そして資料をまとめながら言った。


「じゃあ次回までに、本当に必要だと思うものは――」


蓮司が勢いよく身を乗り出す。


「はい!」


「導入理由、既存装備との差、任務上の必要性、維持費、教育費、代替案をまとめて提出して」


蓮司の動きが止まった。


「……そこまで?」


アカネが微笑む。


「もちろんです」


久世。


「互換性も」


榊原。


「運用構想も書け」


「もういいです」


早かった。


レイナが笑う。


「諦めるの早っ」


蓮司は立ち上がった。


「自分で買います」


アカネ。


「私物装備の任務使用は事前申請してください」


「うわあああああ!!」


会議室に絶叫が響いた。


その足元。


少佐だけが。


新装備三件の正式採用を勝ち取った者として。


悠々と毛繕いをしていた。


――ヤタガラス新装備導入会議。


最大の勝者。


猫。


以上。

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