前編
「マイエス、貴様のような無能は我が侯爵家の恥だ。聖女の座も、私の隣もすべて姉のリリティシャに譲るがいい」
元婚約者である侯爵子息ファネスの声が、王宮の広間に響き渡る。
隣では実の姉であるリリティシャが「かわいそうなマイエス……聖女の力に目覚めなかったあなたが悪いのよ?」と、勝ち誇った笑みを浮かべていて、なんなのだろうかと首を傾げた。
現代から転生したマイエス、内心でガッツポーズをしたいくらいなのに。
(よしよしやった!これでようやく、味気ない聖女の食事って言われてたオートミールと白湯から解放される!あんなの人が食べるもんじゃないし)
マイエスが持っていた真の聖女の力は万物を浄化し、最高の素材に変えること。もっぱら自分の食事を美味しくするためだけに隠して使っていたから無能と思われ、発現させられてないと思われているだけ。決してなにも得られてないわけじゃない。
というわけで、相手の言うように好きにさせ、追放されてあげた。追放先は魔物が徘徊する北の果ての古い離宮。供は一人もおらず、残されたのはわずかな米と庭に生えた萎びた野菜だけ。殺しに来てる。
「誰の目もないし、腕を振るう時がきた」
マイエスは指先から聖女の魔力を滴らせ、干からびた干し椎茸と昆布のような海草に注ぎ込む。
黄金色に輝く出汁が鍋の中で静かに波打ち。浄化したふっくらとした米を躍らせ、土鍋でじっくりと炊き上げていく。
「ほい」
仕上げに魔力で毒を抜き、旨味だけを凝縮させた魔獣の鶏の笹身を細かく裂いて散らせて熱々の朝粥を木匙で掬い、ふーふーと息を吹きかける。
口に運べば、出汁の芳醇な香りが鼻を抜け、米の一粒一粒が舌の上で甘く解けていく。鶏の繊維から溢れる肉汁が塩だけで整えられたシンプルかつ奥深い味わいに華を添えた。これこれ、これを食べたいんだ。
「はぁ……幸せ。やっぱり人生は食べてなんぼ」
一方の王都ではマイエスを追い出し、リリティシャを偽の聖女に据えた侯爵家と王宮は、地獄を見ていた。
マイエスという浄化のフィルターがいなくなったことで、王宮の食材はすべて魔力の淀みに当てられ、腐敗臭を放ち始めたのだ。自業自得なり。
どんなに高級な肉も、リリティシャが手をかざすと聖女の力もどきで炭化し、ファネスの口に入るのは泥のような味の食事ばかり。
「ど、どういうことだ!?リリティシャの力でこの不味い料理をどうにかしろ!」
「無理よ!もともとマイエスがいた頃はこんなことにならなかったのに!」
飢えとストレスで痩せこけ、肌もボロボロになった二人。
ついには、マイエスが離宮で毎日、輝くような美食を食べているという噂を耳にして数ヶ月後、ファネスとリリティシャはなりふり構わず離宮へ乗り込んだ。アポ無しはいかんよアポ無しは。
そこで見たのは以前より艶やかな肌と輝く瞳を持ち、脂の乗った魔魚の塩焼きをご飯と一緒に頬張るマイエスの姿。
「マイエス戻ってこい!お、お前の力で食事を浄化するんだ!」
「ええそう、そうよ、妹のくせに生意気。美味しそうな魚をよこしなさい!」
マイエスはパリッと焼けた魚の皮を咀嚼しながら、冷ややかな視線を向けた。
「お断りします。これは私のために作った私の食事です……お帰りはあちらです。ついでに魔化して腐った切り株でも食べて帰ればいかがです?自業自得って、言葉ご存知で?」
マイエスがパチンと指を鳴らすと、結界が二人を弾き飛ばしてから極上の出汁の香りに包まれながら、最後の一口を愛おしそうに口に運ぶ。
結界に弾き飛ばされたファネスとリリティシャは、王都への帰路をトボトボと歩いており、空腹は限界を超えている。
「くそっ、あの女!覚えてろ!」
「ファネス様お腹が空きましたわ……あそこに木の実が」
リリティシャが道端の赤い木の実を口に入れた瞬間「ぶべっ!」と吹き出す。
マイエスがこっそり浄化していたため甘かった実は本来、渋柿と生ゴミを混ぜたような強烈なえぐみを持っていた。食べられるものではない。
一方、その頃のマイエスは幸せに満ちていた。
「しょっぱいものの後は甘いものに限る」
マイエスは離宮のテラスでデザートの仕上げに入っていて、メニューは魔境の桃。クリスタルピーチのパフェ。
浄化されて宝石のように透き通ったピンク色の桃を、贅沢にカットしてグラスに積み上げた下には濃厚なミルクで作ったソフトクリームと、サクサクに焼き上げたグラノーラ。
スプーンですくって口に入れれば、桃の果汁がジュワッと溢れ出し、冷たいミルクのコクと混ざり合う。
「ん〜っ!桃のジューシーさがグラノーラの香ばしさと踊ってる……!」
幸福な吐息とは対照的に元婚約者たちは泥水を啜りながら王都へ戻る。戻った二人を待っていたのは国王主催の緊急晩餐会。
「聖女リリティシャよ。近頃城の食事が腐った味しかしないというら苦情が殺到している。今宵の晩餐会で力を見せてもらおう」
大広間に並ぶのは最高級のローストビーフや、新鮮な魚介のスープ……のはず。しかし、皿から漂うのはドブ川のような臭気。加護が完全に消えた王都の食材は魔素に侵されきっていたのだ。
「は、はい!私にお任せください!」
リリティシャは震える手で食材に手をかざす。
「聖女の祈りよ、清めたまえ!」
放たれたのは清浄な光ではなく、淀んだ茶色の光。ボシュゥッ!!という嫌な音と共に、メインディッシュのローストビーフが赤黒いヘドロの塊へと変貌。会場の貴族たちから悲鳴が上がる。
「ぎゃあああ!臭い!目が痛い!」
「これが聖女だと!?毒使いの間違いではないか!?」
ファネスは目の前のヘドロの元高級肉を見て、絶望のあまり膝から崩れ落ちる。




