11 ーもっと 美味しい食事ー
更新の安定しない拙作に お立ち寄りいただきまして、誠にありがとうございますですm(__)m
なんとか続いております。
居並ぶお兄さん(お父さん)方を越えた先。幾つもの大鍋を前に お玉を握るは、威風 辺りを払う食堂のヌシ…ではなく、職業柄か 体の隅々に栄養の行き届いた感のある給仕係のマダムが待ち構えていた。
知らず 息を詰めるシャリテと、表情には出さないまでも 緊張する師匠を迎える彼女の第一声は……
「あれま、ずいぶん可愛らしいお客様たちだね。はい。たんとお食べよ」
戦場モードとはオクターブ単位で違う 猫なで声だった。シャリテは あれ? と微かに首を傾げた。
先ほど 迫力満点に「ほら、さっさと選んで持ってきな! 後がつかえちまうよ!!」と やや野太い声で騎士達をどやしながら、目にも止まらぬ手際で器に料理を盛り付けていたのは別の人だっただろうか? と頭に疑問符が飛び交う。
「あれま、これまた綺麗なお兄さんだね。はいよ、足りなかったらおかわりしても構わないからね♪ ……うるさい! あんたらがおかわりしたら あっという間に倉庫の備蓄が無くなっちまうよ!! 黙ってお食べ!!」
同じ人だったらしい。師匠のトレイにお肉が ゴロゴロ入った汁物の器を乗せながら言った言葉に、つい 不平を洩らしてしまった騎士達へ怒鳴る様は先ほどと全く同じだった。
「あらあら……お嬢ちゃんが恐がっちまうじゃないかい、さっさとお行き! ……こほん。お嬢ちゃんは好きなだけ食べたって良いんだからねぇ~」
目の前で怒鳴られて、ぷるぷるしているシャリテの方へ向く時には 再び猫なで声となったマダムは、シャリテのトレイに……流石に騎士達よりは少ないが……たっぷりと盛られた器を次々と乗せてくれた。成人男性枠として 騎士基準の並盛を乗せられていた師匠の「こんなに食べきれるかな?」という呟きは、誰にも聞こえなかった。
最も賑わっていたのに、いつの間にか空席となっていた一番近くのテーブルに シャリテが料理の乗ったトレイを置いた瞬間、何故か あちこちから「ほっ」という吐息が大量に発生した気がしたけれど……手元に集中していた彼女が気づかなかったのは 幸せなことだろう。厳つい大人達のガン見は 本人達に悪気は無くとも威圧感があるのだから。
シャリテが違和感を感じて周囲をを見渡しても、鋭い反射神経で巧みに視線を躱してしまうところは やはり 日々の訓練の賜物だろうか? 使いどころによっては嫌な技術である。
「キョロキョロして どうしたんだい? さ、此処にお座り」
「うん」
吐息1つの発生源である師匠は 特に弟子の視線を躱す必要も無いので、ささやかな騎士達の善意(?)に くすりと笑いながら 腰の時空袋から取り出した硬めのクッションを椅子に重ね、高さを調節していた。そして、シャリテの視線が戻って来る頃合いに声を掛け、着席を促す。
「では、いただこうか。シュクラン」
「しゅくらん」
若干舌足らずな食前の言葉に きゅ~ん と撃ち抜かれて沈む一部の強面達が、更なる強面によって「平常心を保つ訓練が足りん!」と 連行されてゆく姿などには気づくこと無く、シャリテと師匠は目の前で ほんのり湯気を昇らせる料理に取り掛かる。
シャリテは先ず 茶色の汁物をスプーンで掬った。火から下ろされた大鍋で、中身は給仕の間に 子供の舌にも優しい程よい温度になっている。せっかちな腹ぺこ騎士も安心である。
それでも 湯気=熱い を実体験から学んでいたシャリテは、なんとなく ふーふーしてから一口。
「ん?!」
スプーンを咥えたまま目を円くする。
シャリテのいた国で食べた どの食べ物よりも、濃厚で複雑な味付けだったのだ。シャリテには何が入っているのか よく分からないけれど、色々な味が混ざりあって とても……。
「おいしい!!」
それから、いい香りのするお肉や ホクホクのおイモ、ちょっと大きめで歯ごたえのあるパンなどを ぱくぱくと口に運んでゆく。つい先ほどまで 戦場の如くだった食堂内に、なんとも ほんわりとした空気が漂っているのは、気のせいではないだろう。
その様子を何かに喩えるならば……猛獣達が食事をする横で、子リスが木の実を必死に もぐもぐしている感じだろうか。そのすぐ傍では、毛並みの良い飼い猫が慣れない野生の食事に悪戦苦闘しているが、やはり スルーされていた。いや、彼らにとって 丸かじりするだけの皮付き塩ゆでイモに戸惑う大の男など見なかった事にしてあげているだけだ。武士の情けなのである。
「もう たべられない」
「……も、もう無理だ……暫く肉類は遠慮したい……」
シャリテは嬉しげに、師匠は苦しげに。言っている事の意味合いは2人とも“満腹”なのだが、ニュアンスは大違いである。
師匠は周りに目をやり、大盛・特盛を平然と平らげる騎士を見ては「信じられない……」と 溢していた。師匠の呟きに、シャリテも 確かにあれは無理そうだと頷く。
「ししょう……また 落ちちゃった」
頷いた拍子に ヒラヒラのスカートに染み込んだスープやソースを発見したシャリテは、一気に萎れたような風情で師匠へと報告する。実は、これは初めての事ではなく。
「うぷ……毎回そんなに落ち込まなくて大丈夫だよ。【プロープル】……ほら、もう綺麗になった。何処かに落ち着いたら、食べ方は少しずつ練習して行こうか」
「うん!」
師匠の一言であっという間に精霊式洗浄が済むのだが、綺麗な服を汚してしまうことに どうしても罪悪感を感じてしまうシャリテだった。
師匠としては、まだガリガリな今は 兎にも角にも栄養をしっかりと摂らせる事を優先しているのだが、本人が気にするのならば と少し本格的なテーブルマナーを教える事にしたようだ。マナーに縛られて気取って食べるより、たとたどしくも 美味しそうに 一生懸命に 食事をする姿を、少しだけ惜しんでいるのは 弟子には秘密である。
「(おい。あれ、魔術だよな? 魔法じゃないよな?? でも 一言で発動してたよな???)」
「(魔法並みに気軽に使ってたけど、魔法じゃ服の汚れだけを落とすなんてできねえよ!!)」
「(俺なら一瞬で水浸しにできる!!!)」
「「(お前の脳筋魔法なんかお呼びじゃねーよっ!!)」」
そして。師匠の魔術に 食堂内が微妙にどよめき、そこかしこで 何やら小声の激論が交わされていたのは、それぞれの理由で ヨロヨロとトレイを返却に向かう満腹師弟の預かり知らぬ事であった。
国境を守る 見た目は恐いけど、気の良い お兄さん(お父さん)騎士達。突然現れた 高貴な御方と幼い女の子に興味津々だけど、失礼のないように 気を遣ってます( ̄▽ ̄;) これでも。
色々と残念だけど、なにげに 魔術だけは凄い師匠でしたw