第27話 デザート
「んんっ……! なにこれ……甘い! 甘くて、とろっとして……すごく美味しい……っ!」
スプーンの端につけた深紅のムースを舐めたリゼが、感嘆の声を漏らして目を見開いた。
「けど……シェフ。なんだろう、すっごく濃厚で美味しいのに、一口食べたらちょっと口の中が重たく感じるかも……」
「そうだろ。それが『食感の欠如だ」
レオンはリゼの素直な批評に頷いた。
果糖の濃縮とペクチンの粘性によって、なめらかな甘みと酸味は生み出せた。だが、液体に近いとろみだけでは、重厚な魔獣のローストを食べ終えた後の胃袋に「くどさ」の印象を残してしまう。
「サクサクとした心地よい歯触りと、香ばしい香りの広がり……。このふたつでムースを包み込んで初めて、胃が重たさから解放される」
「でもシェフ、小麦粉と水だけで焼いた生地じゃパサパサの固い煎餅になっちゃいますよ? サクサクして甘いクッキーにするには、貴族様が使う高価な『蜂蜜』か『甘い木の蜜』でも練り込まないと……」
「高級な蜜に頼らなくても、油脂とナッツの香ばしさで小麦の甘みを引き立てることはできる」
レオンは仕込み台の下から、ルカやバルトが「皮が固くて脂くさい」と捨てかけていた野生のナッツ(木の実の種子)を取り出した。
まずは【微風】の魔法を吹きかけ、種子に含まれる余分な水分と不快な油臭さを徹底的に吹き飛ばす。引き締まった種子を平鍋に入れ、【微火】でじっくりとローストを開始した。
加熱によって種子の内部から芳醇なナッツ香が弾け、厨房いっぱいに広がっていく。
「これを粉砕し、小麦粉と……あらかじめ精製しておいた『澄ましバター、そしてほんのわずかな塩を合わせる」
レオンは手早く生地を練り上げると、薄く伸ばして平鍋で直火焼きにした。
蜜の類を一切使わず、純粋な乳脂肪分とナッツの香ばしさだけで焼き上げる『極上サブレ(タルト生地)』だ。
狐色に焼き上がった生地を、レオンは手でザクザクと荒く砕き、先ほどの深紅の果実ムースの上へと散らした。さらに仕上げとして、裏庭で摘んだ清涼感のある野生ハーブの葉をひらりと添える。
* * *
「さあ、試食だ。……『野生果実のクーリと澄ましバターの香ばしいサブレ 〜清涼ハーブを添えて〜』」
完成した一皿が、バルト、ルカ、マルニ、そしてリゼの前に並べられた。
「な、なんだか見た目からして大通りの高級店で見るお菓子よりずっと綺麗ね……」
マルニがおそるおそるスプーンを入れ、サブレとムース、そしてハーブを一緒にすくって口へ運ぶ。
直後、静かだった厨房に「サクッ」と心地よい音が響いた。
「――っ!? なにこれ……っ! 口に入れた瞬間、生地がサクサク弾けて香ばしいナッツの風味が広がるのに、すぐに甘酸っぱいムースがとろりと溶けて……っ! 最後にハーブの香りが鼻から抜けて、口の中がすごくさっぱりする……っ!」
「う、うそだろおい……甘い蜜なんか一滴も入ってねえんだぞ!? なんでこんなに甘くて香ばしいんだよ……!」
バルトもスプーンを止めることができず、夢中で皿を削るようにすくい上げている。
「直接的な甘さに頼らず、果糖の濃縮と澄ましバターのコク、そして焼き上がった生地の香ばしさを重ね合わせることで、舌に『甘み』を錯覚させているんだ。……これで、コースの最後を飾るパーツがすべて揃った」
レオンは羊皮紙のノートを開き、最後の白紙だった『デセール』の欄に炭ペンで力強く文字を書き込んだ。
「食前酒、アミューズ、コンソメ、ポワレ、ハーブショット、魔獣ロースト、そしてデセール……。全7品、完璧な一本の線だ」
「シェフ……! これなら、どんな身分の高い客が来ても、絶対に腰を抜かしますよ……っ!」
リゼが興奮で頬を赤く染めながら叫ぶ。
「ああ。うちは席数が少ない石造りの小さな店だ。大人数は裁けない。だから営業スタイルは『1日1組限定・最大6名までの完全予約制でいく」
「1日1組だと!? たったそれだけで店が回るのか!?」
バルトが目を見開くが、レオンは不敵に口角を上げた。
「1組から破格の対価をもらえばいい。ガルムたち『銀狼の牙』が、その記念すべき最初の客だ」
スラムの小さな薬種店跡地で、異世界の食の歴史を覆す「奇跡のフルコース」が、いよいよその産声を上げようとしていた。




