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潔癖症の俺は、どうしても彼女に触れたい  作者: 四条 葵 


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第8話 図書室での勉強会


 翌日の放課後。


 その時が来るとやはり億劫なものは億劫だった。

 椿姫はいい子そうだし、涼の嫌がることをしてくるとは到底思えないが、潔癖症のことを話したら面倒な顔をするだろう。そう思うと、断ればよかったと後悔の念が押し寄せてくる。


(さて、行くか……)


 鞄に勉強道具を突っ込んだ涼は、席を立ってあれ? と首を傾げる。


(勉強会、場所は決まってたか……?)


 昨日の晩の椿姫とのトーク画面を一通り読み返してみても、やはり場所についてはどこにも記載がなかった。


(困ったな……)


 涼は重い身体を引きずって仕方なく椿姫の席へと向かった。


「北白河さん」

「はいっ!」


 スクール鞄に丁寧に教科書ノートを詰めていた椿姫は、涼の呼びかけに弾かれたように顔を上げた。


「ごめん、今日場所どこ?」

「あ、と、図書室で……!」

「わかった、先に行ってる」


 手短に会話を終わらせて、涼は教室を出る。


 椿姫の隣に座っていた皐月の口が「がんばれ」と動いたような気がして、涼はそれに小さく頷いた。澪の心配そうな視線にも、涼はこくんと頷いてみせる。


(澪も皐月も、すごく心配してくれてるんだよな……)


 そう改めて感じた。澪も皐月も涼以外の友人がたくさんいるというのに、二人はいつも涼を気に掛けてくれている。そう思うと、やはり自分が二人の負担になっているような気がして、申し訳ない気持ちになる。


(気は重いが、少し頑張ってみるか……)


 涼は自分を奮い立たせながら、図書室へと向かった。




 図書室は涼たちのクラス二年D組から一階下り、渡り廊下を渡った先にあった。図書室の目の前は三年生の教室なので辺りに上級生が多くいたが、図書室に入ってしまうとその喧騒はあっという間に静かになる。


 ふう、と一息ついて、涼はドアから一番離れた窓際の席へとやってくる。

 図書室内にはちらほらと本を読む生徒がいたが、比較的がらがらだった。たくさんの部活動がある学校だ。みな放課後は部活に行くのだろう。


 涼は自分の座る椅子と、自分が使うであろう範囲の机を除菌ウェットティッシュで拭いて、そこに腰を落ち着けた。

 そうして手指の除菌をしていると、図書室のドアががらりと重い音を立てて開く。椿姫がきょろきょろしながら入ってきたところだった。


 こんなにも人がいないのだから、すぐに気が付くだろうとは思いつつも、涼は椿姫に向かって軽く手を挙げた。


 椿姫はそれにすぐに気が付き、嬉しそうにこちらにやってくる。ただこちらに歩いてくるだけだというのに、その所作はやけに綺麗だった。


「藤沢くん、お待たせしました」

「いや全然」


 椿姫は涼の前に座るものと思っていたのだが、涼の左隣の席に腰を下ろした。涼はそのあまりの近さに少し驚いて、肩をびくりと動かしてしまう。

 しまった、と思ったが、時すでに遅しである。椿姫はそれに気が付いたようで、慌てたように少し距離を取った。


「驚かせてしまってすみません!」

「ああ、いや……」


 涼が苦笑いを浮かべていると、椿姫は自身の鞄の中をごそごそとしだし、なにかを取り出してみせた。


「藤沢くん、これ、もしよかったら」

「え……?」


 そう言って椿姫が出したのは、ポンプ式の小さな除菌液だった。よく見慣れたそれに、涼は目を丸くする。

 椿姫はまた慌てたように説明をはじめる。


「あの、藤沢くんは綺麗好きですよね? こういうのがあった方が落ち着くのかな、って思って買ってみたんです。ほら、通学路に新しく大きなドラッグストアができたじゃないですか。ちょうど店先に広げてあったんです」


 にこにこと品の良い笑顔を浮かべながら、椿姫はそのボトルを机の上に置いた。


「どうして……」

「あ、えっと、……少し辻堂くんに訊いて」

「皐月に?」

「昨日も除菌ジェルを使ってましたよね? それで藤沢くんは綺麗好きな方なのですか? って辻堂くんに訊いてみたんです。そうしたら、涼は超綺麗好きで人に触れるのが苦手なんだよ、って教えてくれました。藤沢くんはよく辻堂くんの席に遊びに来ていたので、仲が良いのを知っていたので……。すみません、こそこそとお訊きして……」


 申し訳なさそうに眉を下げる椿姫に、涼は首を左右に振る。


「いや、ありがとう。わざわざ気を遣ってくれて」

「とんでもないです! 勉強を教えてもらうのですから、これくらいは! それに無理はしてほしくないですから」


 椿姫はそう言って微笑む。そんな椿姫の優しさに、涼は驚くばかりだった。


(俺からは潔癖症のことなんて何一つ言っていないのに。わざわざここまでしてくれるか?)


 椿姫は「ご自由にお使いくださいね」と言って、勉強道具の準備を始める。時折自身の手指をシュッと除菌しながら。


(この子ならもしかして……)


 涼はそんな期待を抱いてしまう。


(この子なら、俺の潔癖症を理解してくれるんじゃないか? 俺が潔癖症になった理由も、人に触れられなくなった理由も、理解してくれるんじゃないか……?)


 椿姫を見ていると、そんな期待がどんどんと膨らんできてしまう。

 しかし涼はそんな甘い考えを頭を振って打ち消した。


(なにを考えてるんだ俺は。昨日今日話したばかりのクラスメイトになにを期待しているんだ。俺と仲良くなりたくて声を掛けてきたわけじゃない。彼女は純粋に、勉強を教えてもらいたいだけにすぎない。勝手に人に期待するなんて失礼だ)


 しかしそれでも、涼にとって嬉しいことに違いなかった。


「ありがとう……」


 小さく零れた涼の言葉に、椿姫はにこりと微笑んだ。





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