ドッグファイト12
わたしはアドレーを城下まで送ると、寄り道せずに山小屋に帰った。
やっぱり、我が家は落ち着く……ここはわたしの家だ。
街の人に、神殿の騎士に疎まれようが、わたしには帰る場所が有る。
それだけでも、気持ちが軽くなる。
ドアを開けると、ソファーに寝っ転がったフッフールが、気だるそうにわたしを見る。
「お腹、空いた」
わたしは彼女にほほ笑み掛ける。
「先生は? まだ帰ってこないの?」
「一度戻ってから、東の神殿に行った」
東の神殿か、昨日造ったジャムを届けに行ったのかな?
とりあえず、フッフールに何か作ってあげようと冷蔵具を開けると……脱気して無いジャムの瓶が、一本減っている。
フッフールめ……おやつは止めだ。
夕飯の準備をしよう。
下ごしらえを済ませ、調理に入った頃に先生とマシィが一緒に帰って来た。
多分、神殿で一緒になったのだろう。
話を聞いて見た所、先生が神殿にジャムを届けた帰りがけに、質問攻めにあって困っていたマシィを連れ出したらしい。
大変だったんだね。
マシィはムッとした顔でリビングのソファーにドカっと座ると、腕を組んで先生を据わった目で見る。
「昨日は遅かったですね? まさか、また中央神殿で聖域に忍び込んで、聖女に言い寄ってた訳では無いですよね?」
先生は苦い顔をした。
「リーブさんとスフィアさんに、ペアジャムをお裾分けに行ったんだが……スフィアさんに捕まってさ。リーブさんも混ざって一晩中、酒に付き合わされてたんだよ。おれ、飲めないのに……」
スフィアさん? 初めて聞く名前だな。
マシィが唇を尖らす。
「スフィアさんとは……どなたですか?」
マシィも知らないの? と、先生が頬杖を付いた。
「君も良く知っている人の筈だよ、あの爺さんときたら……」
マシィは天井を見上げ少し考え込むと、表情が凍り付き、真っ青になる。
「まさか……最高神祇官! あのお方にジャムを送ったのですか? ちゃんと獣人のフォルが作ったって、お伝えしたのですか?」
サイコー……何? 誰にジャムを?
先生は目を細めた。
「もちろん言ったさ、ジャムパイも美味いってバクバク食ってたよ」
わたしはコーヒーを運ぶと、引きつっているマシィを見る。
「その、サイコーナントカって誰なの?」
「シービアス最高神祇官……スフィア・シービアス様は、神殿聖職者の最高位のお方だ」
? 要はエライ人って事でいいの?
先生が手の平を天井に向けて、溜め息を付いた。
「最高位、つまり神殿で一番エライ人だ。つまり、中原の女神信仰国の王様達よりエライ」
神殿で一番エライ?
「ええぇーーーーーー‼」
なんだろう、変な汗が出て来た!
「神殿で……世界で一番エライ人に、わたしの作ったジャムとパイをあげたんですか?」
先生はむすっとした。
「おれはスフィアさんより偉いの。前に言っただろ」
わたしはマシィを見る……と、顔を伏せた。
「先生は……大賢者様は嘘は言わぬ。大賢者とは統御の女神の使者とされ、最高神祇官よりも上位の存在なのだ」
目眩がしてくる、わたしはたまらず尻餅を付いた。
「先生……様? え、いや、なんて呼べばいいんですか?」
先生が、途端に苦い顔をする。
「今更だろ! もう、そこそこ長い付き合いなんだから、今まで通りでいいだろ!」
いいのか? いいのかな……。
マシィが両手で顔を覆っている。
「それにしても……リーブ師匠も一緒に酒を飲まれたのですか? その事実にも驚愕です」
「あの二人は、それぞれが平々の時からの仲だよ。昔はスフィアさんが真面目なリーブさんを無理やり街に連れ出して、遊び歩いて挙句、良く叱られてたよ」
マシィが顔を伏せたまま、震えている。
「他には……誰に渡したのですか?」
先生は指を折る。
「お詫びを兼ねてトリティーさんと、後はトーディさんとスロームさんと、ニジアさんだ」
えっと……誰? わたしは両手で顔を覆っているマシィの肩を揺さぶる。
「トーディ―様っていつもの折り紙でいろいろ教えてくれる人だよね、他の人達は誰なの?」
「トリティー・バリテスザール・ニーケン様は中央神殿の聖女長、聖女筆頭で王族でも有らせられる」
へ?
「スローム・ヴイトール東邦騎士団総団長……この間、君が神殿で戦ったお方だ、知ってるだろ?……それとニジア・グランディル様はこの国の長だ。君は厄災防衛戦でお会いしている」
ええと……神殿で一番エライ人と、賢者で一番エライ人と、聖女で一番エライ人でしかも王族と、東の神殿の騎士団の一番エライ人と、この国で一番エライ人……。
「先生! なんて人達にわたしのジャムを配ってるんですか⁉」
「それ以前に友達だからさ。ジャムパイは皆に好評だったぞ、特に甘党のスロームさんは大喜びだったぜ」
騎士団総団長がわたしのお菓子を? わたしの事、嫌ってたみたいだったけど……。
先生が、目を細めてわたしを見た。
「おれは、その中で一番エライ」
なんかもう、わけ分かんないよ……わたしの周りはエライ人だらけだった!
先生が、なんか手に持っている。
「お前の写影を見せたら、大好評だったぞ」
その手にはわたしの写影を摘まんでいる。
そんなの撮ったっけ?
撮った……一四歳になった記念にって。
「特にトリティーさんは、凄い食い付きだったぞ。カワイイー! って」
ええと……王女様で聖女筆頭さんだっけ、中央神殿は王国にあって、そこの聖女様だもんね。
まあ接点も無いし、この先……会う事も無い人だろう。
無いよね? 無いと思いたい。
先生は足を組んで少し呆れた調子になった。
「割と、リーブ賢者長とニジア公爵には、お前の作ったモノは良く持って行ってるぞ。二人とも、あれで食いしん坊だからな」
マシィのお師匠様で賢者で一番エライ人と、グランディル公国で一番エライ人か。
なんか心臓に悪い、この事はあまり考えないようにしよう。
先生は、コーヒーを口にすると天井を見上げた。
「それにしても、未発見の、埋もれたダンジョンか……騎士団に任せておけばいいのに、君も無茶するねぇ」
「成り行きも在りまして。ただ転送装置も消えて、再び訪れる術を失いました」
マシィは、残念そうな顔をする。
「かまわんだろ、400年前の大厄災の時に、この周辺も含めて、飲まれた地域のダンジョンの情報も失われたからな」
と、先生。
「ダンジョンは瘴気の動きと直結しています。失われたダンジョンを調べれば大厄災発生の原因が分かるかもしれません」
と、マシィ。
「ヴァーサターム王国領内でも、境界線に近い所にあったダンジョンは、埋もれたり崩壊してたしな。そもそも、ダンジョンに関しては分かってない事が多すぎるんだ」
先生は、肩を竦めた。
「先生はあの、東の森のダンジョンの事、何かご存じ有りませんか?」
「……無い。恐らく未発見の埋もれたダンジョンだろう、この大陸にはそんなダンジョンがまだ数多くあるのさ」
***
翌日、エイブ様が訪ねて来た。
ホントに良く来るなあ、暇なのかな? と思ってたら、なんでも命令違反の独断先行? って奴で謹慎と減俸処分になったという事だ。
難しい言葉が飛び交ったので、マシィが説明してくれた……大笑いしながら。
どうやら暇らしいから、わたしの鍛錬に付き合ってもらう。
彼は主に、片手剣と盾による剣術を使うが、今回は両手剣を使って貰った。
総団長との仕合いが引っ掛かっていたからだ。
わたしは冒険者になるつもりだ。
冒険者の仕事は魔物討伐や採集任務などで、賊討伐や国境防衛などは騎士団の仕事だ。
今後、わたしが対人戦をする事は、ほぼ無いはずだ。
だけど……対人戦闘が必要となる時が来るかもしれない。
わたしが、獣人が……ヒト族と、騎士団と敵対する事になる事も有り得る。
先生も木剣を持って鍛錬に付き合ってくれる。
先生なら、わたしを騎士団から庇ってくれるだろう。
だけど、先生に迷惑をかけたくない。
先生は神殿寄りの人だ、わたしの為に対立してほしくは無い。
マシィも鍛錬に協力的だ。
エイブ様と先生が剣に、マシィに魔術を加えて一対三で鍛錬をする。
マシィは、わたしの味方をしてくれると以前に行ってくれた。
わたしとしては、マシィが神殿と対立するのも避けたい。
マシィには、立派な賢者になってほしい。
先生とマシィの事を考えれば、その時が来たら、わたしは二人の元から去る。
その為に、一人で戦える力を付けたい。
わたしは模造ナイフを両手に順手に持つと構えを取る。
切り掛かって来た先生のみぞうちに、肘を撃ち込む。
エイブ様が剣を振り被っている所にナイフを鞘に納めて、その腕を取ると投げを決めた。
マシィが放ってきた風の礫をこぶしで弾き飛ばし、ナイフを抜いて喉元に付き付けた。
わたしは息を一つ付くと、辺りをぐるりと見渡した。
ここに来て3年か……。
わたしが居なくなったら、先生は、マシィは、フッフールは、悲しむかな。
わたしは山小屋を見る、古くあちこちが痛んでいる。
ここが我が家では無くなる時……。
イライラする……。
わたしは、何の為に強くなるのだろう?
「ドッグファイト」の章はこれにて終了です。次回より新章スタートです。
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来週は一回お休みを挟んで、再来週から再スタートします。




