捨て犬5
自分の前に料理が置かれる。
ダイニングにて、いつもより遅い夕食となった。
「手抜きで悪いな」
大賢者様が用意したのは、ベーコンと葉物野菜のクリームパスタだ。
フッフールさんがジッと大賢者様を睨む。
「玉子雑炊は?」
大賢者様はその催促に対してため息をつく。
「また今度な……」
玉子雑炊と聞いて、さっきの光景を思い出してしまった。
獣人、痩せこけた子共がそれを貪る汚らしい姿。
普段ならクリームの甘い香りが食欲を誘う所だが、とても食べる気が起きない。
「どうするつもり?」
フッフールさんが短い言葉でそう尋ねる。
この半年で分かった事だが、この人は口数が少ない。
ここに来た当初は、歓迎されていないのかと思ったが、意外と世話を焼いてくれるので、すぐに誤解だと気づいた。
あの獣人を今後、どう扱うかを問うているのだと察する。
これまでの流れから、大賢者様は回復するまで面倒を見るつもりなのだろう。
自分も関心がある、是非とも聞きたい。
「どうしよっか?」
その回答に落胆した。
このお方は、何も考えておられなかった?
「マシィさあ、そんな顔すんなよ。フォルは……ああ、あの子の名前な、君が出て行ったあとで聞いたんだ」
大賢者様は腕を組んで天井を仰ぐ。
「一二歳だって言ってたから普通ならまあ、奉公先を世話してやるってのが定番だけど、獣人は引き取り手がなあ……」
確かに……グランディル城下は発展してるとは言っても、東の神殿のお膝元だ。
女神信仰が根付ていて旧弊な考えの……保守的な層が多い。
獣人は信仰の上で敵視されている、受け入れ先は無いだろう。
それでも自分は声を少し荒げて大賢者様に質問する。
「孤児院はどうなのですか? 成人していないのだから入る資格はあるのでしょう?」
新成人までまだ三年ある、孤児院なら受け入れてくれるはずだ。
他国では孤児院は大抵、神殿が運営しているが、グランディルでは官行所、いわゆる役所が管轄しているが自立経営だ。
「却下だ」
大賢者様は自分の提案をあっさりと切り捨て、顎に手を置いて言葉を続ける。
「確かにあそこのガキ共は気のいい連中ばかりだ、おれも仕事を頼むし、知らない仲じゃ無い」
そこで一度言葉を切り、嘲るような顔をして自分の方を見る。
「子供同士ってのは、自分たちと違うものには残酷なもんだぜ……」
何も言い返せない、確かに子供は思考が狭量だ。
異質と判断した物を、当然といわんばかりに排除しようとする。
「……しかし」
自分が言葉を絞り出すと、大賢者様はまだ何かあるのか? という顔をする。
「ここは境界線にほど近い……危険な魔物も出るんですよ」
保護をしないのでは無い、出来ないという前提で説き進める。
「境界線を越えて魔獣がこの付近にだって出没するじゃないですか!」
自分は思わず立ち上がるが、大賢者様は頬杖を突き、せせら笑う。
「そんなもん、おれたちが守ればいいだろ、なあフッフール」
フッフールさんは小さく頷いて返す。
「そうこなくっちゃな、フッフール、愛してるぜ!」
大賢者様の言葉を聞き流し、フッフールさんはパスタを口にする。
こんな時でも軽口か、と呆れる自分を、大賢者様はしたり顔ででこちらを見ている。
満面の笑顔を浮かべて、とて満足げだ。
……やられた。
自分が獣人をここに置くことに反対している事を見透かされたうえで、その考えを潰された。
大賢者様は軽くため息をつく。
「そんな顔するなよ」
きっと苦々しい顔をしていたのだろう。
貴族たるもの感情は表情に出すなと教育されてきたが、自分は元々そういうのが苦手な性質だ。
大賢者様には調子を狂わされる事も多いので、ますます拍車がかかってしまっている。
そんな葛藤を見かねたのか、大賢者様は自分に微笑みかける。
「何も考えて無かったのは事実だが、まだその段階じゃ無いだろ?」
いったん言葉を切る大賢者様。
「もちろん回復してからだが、おれは彼女の意思を尊重したい」
大賢者様の表情はこれまでの態度とは違い、まじめな表情だ。
大賢者様のこの考えは異質だ。
相手はまだ子供だ、分別が付かない年齢の者に決定権を与えるのか?
獣人族は人間社会の中では平民扱い、なのにその意思を尊重するなど。
自分は貴族で、自領の役人か、あるいは国の役職に就くか、与えられた役割は生まれた時からおおよそ決定されている。
平民の子供も然りだ、市民は家業を、庶民は親の職を選ぶ。
大賢者様は風変わりな発想をしている。
と、窓に何かが当たる音がする。
そちらを見ると、鳥型の折り紙が羽をはばたかせ窓を叩いている。
手紙の返事が来たようだ
フッフールさんが席を立ち、窓を開けて折り紙を手に取ると大賢者様にそれを渡すと、ついでとばかりに食べ終えた皆の食器を片付ける。
大賢者様が折り紙を広げ手紙の内容に目を通す。
送り元はグランディル冒険者ギルドか神殿騎士団かは分からないが、さすが境界線防衛の最前線だ、動きが早い。
手紙を送る魔術「折り紙」は、やはり鳥型だろうなどと考えていると、大賢者様が口を開く。
「中間報告だ、現場を調査中、犠牲者はいずれも武装、冒険者タグ非所持、商隊馬車は登録確認を要請、関所に通過確認の予定……積み荷の、食料品に偽装した亜麻袋から美術品、魔石を確認……あーやってんな、コレ」
フッフールさんが紅茶を入れながら大賢者様に視線を向ける。
「盗品?」
フッフールさんが入れた紅茶に、大賢者様は口を付ける。
「こりゃ、役所の調査部持ちになるな、負傷者はこちらに任せるってさ、あの子の治療に専念できそうだ」
大賢者様は手紙をひらひらさせる。
「ちょっと待ってください! 何がどうなっているのですか?」
自分はたまらず声を荒げてしまう、わけがわからない……。
大賢者様は薄笑いを浮かべこちらを見る。
「育ちのいいお坊ちゃんにはわからないか……いいかい、食料品に偽装してたって事は非合法の品だ、それを馬車七輌も用意できる組織力があって、にも拘わらず足元の悪い雨の中で輸送を強行したわけだ」
まだ、何を仰りたいのか分からない。
「何か、おかしいのですか?」
「商隊の連中は武装してた、タグが無いから冒険者では無い、恐らく盗賊ギルドだろうな、ギルドと言っても自治体に登録されていない、いわゆる闇組織ってやつだ、そういう連中は独自の売買ルートを持っているものさ」
なんとなく状況が見えてきた、自分考えが当たっているのか大賢者様に確認をする。
「それが使えない理由があったって事ですね、急いでたって事は何らかの理由で使えなくなったと……何が起きたのでしょう?」
大賢者様が肩をすぼめる。
「知るかよ、碌でもない事だろ……おそらく売ったら足が付くような、持ってるだけでもヤバイもん抱えてられねえってんで慌てて持ちだしたんだろ」
だとしたら結構な大ごとだ、だがここで一つ疑問が浮かんだ。
「盗賊ギルドなんて、グランディル城下にあったんですか?」
大賢者様は一度目を細め、そして満面の笑みを浮かべる。
「いい所に気付いたね、その通り、城下に盗賊ギルドなんて無いよ……愚連隊の連中はいるけどな」
愚連隊? また聞きなれない単語が出てきた、だがいちいち聞いていたら話が進まなそうなので聞き流す事にする。
大賢者様は話を続ける。
「役所の見廻り方は愚連隊の動きは押さえてる、だから何かあったら各方面に報告が上がってるはずだ、つまりグランディル城下以外で”なにか”が起こった可能性が高い」
「……ブロス渓谷入口標識から七時、約三七〇〇の街道沿い」
フッフールさんがつぶやく、商隊が魔獣に襲撃された場所だ。
スッと大賢者様は真面目な顔になる。
「人目を避けるために山道を選んだ可能性もあるかと思ったんだが、サンデコリーを目指すなら最短距離なんだよな」
「北にある港町ですよね」
大賢者様に確認する。
だが、あの港町なら城下からなら直接、北に向かった方が最短だ。
という事は……。
「隣接しているモナーク辺境伯領から来たという事ですか?」
モナーク辺境伯領はヴァーサターム王国の東側の境界線に接している土地だ。
ここ、グランディル公国の南側に位置する。
大賢者様は自分の言葉に大きく頷いた。
「手紙に登録確認を要請、関所に通過確認の予定ってあっただろ、冒険者ギルドも同じ結論に至ったんだろ、盗品を食料品に偽装したのは、関所を通過する為だ、港なら盗品をさばけるし、独自ルートを持ってたかもしれない……で、ほとぼりが冷めるまで潜伏するつもりだったのかも、人の出入りも多いから、よそ者がいても不自然じゃ無いしな」
大賢者様は紅茶を飲み干し、カップを置く。
それを見つめながら呟くように語り出す。
「武装してたんだから道中で魔物とやり合う事も想定してたんだろうな……荒事には慣れていただろうし、普通の魔獣なら対処できただろう……けど千匹オオカミは甲種指定だ、相手が悪かった」
「フォルにとっては……」
フッフールさんが目を細めて切り出す。
大賢者様は目を伏せ、言いにくそうに答える。
「揉め事に巻き込まれたのかなあ、殺されなかったのは獣人、子供だから売れると思ったのか……」
そこで一息ついて言葉を続ける。
「まあ厄介ごとは捜査部に任せるさ、疲れたから寝る」
そう言って席を立つ。
自分もこれから勉学という気分にはなれず、部屋に戻ることにした。
そこで気付く。
隣の部屋には獣人がいる。
果たして眠れるだろうか?




