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大賢者は何もしない ~面倒事は弟子と助手に任せる~  作者: エビテン


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捨て犬2

自分の困惑をよそに、師匠と大賢者様はどんどん話を進めていった。

大賢者様は翌日迎えに来ると仰り、神殿を後にされた……ここにご宿泊をなさらない?

急に決定した転出に呆気に取られはしたが、荷物はそれほど多くない。

着替えや筆記具などをカバンに詰め、その脇に魔術用の杖を脇に置く。

師匠は、大賢者様をよろしく頼むと仰った……何かあったらすぐに報告をするようにと。

監視をしろという事なのか?

不快感を感じたが、その後に目にすることになる大賢者様の動向を考えれば、師匠はその身を案じていたのだと理解できる。

とはいえ、行き先は国外……グランディル公国とは。

ここから北東にある公国城下まで、馬車と水路を利用しても二週間は掛かる距離だ。

自分はライルラック侯爵領と王都しか知らない……初めての長旅に憂鬱になった。

翌日、大賢者様に連れられた先は門の前の馬車……では無く、普段は施錠されている神殿内の一室……。

大賢者様がドアを開けると、何も記されていない記念碑の様な物がひっそりと建っている。

大賢者様がソレに触れるた途端、耳がツンとなり急に空気が冷たくなった。

先ほどまで窮屈な部屋にいたのに……目の前はうっそうとした森林が広がっている!

大賢者様から鼻を詰まんで息を吐くように都言われ、気圧が急激に変化したのだと悟った。

大賢者様はグランディル公国東部、カイル山脈、標高一七三八(メートル)に転移したと説明された。

グランディル城下から東に約三〇(キロ)、人里離れた山奥との事だが……。

何が起きたのか理解できなかった。

一瞬で、千(キロ)以上の距離を移動したのだ。

信じられる訳が無かった……そんな魔術、戦争のやり方が変わってしまう! 物流にも革命が起きる……。

だが、重量と体積に制限があり、人を二、三人運ぶ程度しか転移出来ないと言われた。

その原理は、精霊が住まう精神世界を通過する? という常識の外にある魔術である。

しかもこの場所は僅か一〇(キロ)程の距離に魔界を隔てる境界線があると言うではないか。

なのに案内された建物は……面積は三〇坪ほどの、二階建ての小さなレンガ造りの小屋だった。

築年数もかなり古いようで、ひどく薄汚れていて貧相……こんなの魔物の襲撃にあったらひとたまりも無い。

大賢者様ともあろうお方が、こんな小屋に住んでおられるのか?

中に通されると、奥から現れたエルフ族の女性が現れた。

端正な顔立ちに線が細くですらりとした体躯、身の丈は上の兄と同じ位で一七〇(サンチ)と少々……で女性としては高い部類だがエルフでは一般的な体型だと聞いている。

耳の先がとがっているのは妖精種の特徴の一つだが、鳶色の瞳とウェーブが掛ったブルネットの髪がエルフ族の特徴なのかは、初めて彼女等を目にしたので分からない。

都ではほとんど外出をしなかったし、神殿にもエルフはいなかったからだ。

妖精種は閉鎖的で、そのほとんどは郷土を離れる事は無いらしい。

綿製の生地のゆったりした服を着ているが、スタイルの良さが見て取れる。

あくびをしながら肩ほどの長さの髪をかき分けている。

どうやら寝起きのようだが、なのに端麗さがを保っていることに驚きだ。

奥様かと思い挨拶をしたら「こいつの保護者よ」と言われ、大賢者様は「ただの居候だ」と返された。

大賢者様はエルフの女性、フッフールさんに粗雑な紹介し、夕飯を作ると仰って厨房に向かわれた……大賢者様が食事を作る?

フッフールさんは大賢者様の料理は絶品だと言う、確かにその日の夕食のポトフは庶民の料理ながら丁寧で良質な味付けで大変美味だった。

フッフールさんは大賢者様の作られる料理と本が目的でこの小屋に住み着いたらしい……。

その代わり、洗濯や掃除などの家事全般を担当している。

フッフールさんには敬称も敬語も不要と言われたが、エルフの平均寿命は三〇〇年ほど、確実に年上であろう。

それと、ヒト族は妖精種には敬意を示すのが慣例だ、ソレに習って接すると伝えた。

フッフールさんに部屋を割り当てられ……中央神殿の自室より更に狭い……小屋の中を案内された。

人里離れた山奥との事だが水道が有り蛇、口を捻れば水が出るしトイレは水洗だ。

狭いながらも風呂も完備しており、湯は薪で沸かしているようだが、厨房のコンロやオーブンは魔道具が使われていた。

熱を発生させる魔導具は魔石の消費が激しい、それを日常的に使っているのか。

それらの生活水準の高さに驚愕したが、何より驚かされたのは地下にある書庫だった。

フッフールさんに案内され階段を下りた先にあるドアを開けると、そこには地上階と同様の広さの書庫があり、二(メートル)程の高さの本棚が所狭しと並べられていた。

蔵書量は中央神殿には及ばないが数万は有るだろう。

だが、そちらでは閲覧出来ない通俗的な本も多い。

その内容に興味が惹かれ、棚に目が釘付けになる。

書庫は仕切りで区切られていて、奥には貴重な古書が保管されていた。

後に東の神殿の図書館にも足を運んだのだが、そちらの蔵書量も中々で、中央から離れても勉学には全く支障が無かった。

ただフッフールさんからの注意事項には辟易した、曰く。

・地下階は魔道具で空調管理をしているからドアは必ず占める

・焼け防止のため退室時は灯を必ず消す

・出した本は必ず棚の元の位置に戻す

・本は丁寧に扱う

・汚れた手で触らない

・飲食しながら読書をしない

・必要以上に持ち出さない

・日光に晒さない

・ページを折らない

・……

どれも当たり前の事だったが、フッフールさんの本に対する深い思い入れに、恐怖すら覚えた……。


***


リーブ師匠は、大賢者様は山に引き籠っているとおっしゃっていた。

いい加減な生活をしてると思いきや、意外にも毎日が規則正しかった。

大賢者様は早朝に起床し、朝食の支度と昼食の仕込みをする。

その後、「山歩き」と称して、境界線を散策。

昼前に戻られたときは昼食作り、昼過ぎなら作り置きを用意。

その後は書斎で翻訳作業。

夕方には作業に区切りをつけて、厨房で夕食を準備。

食後に必要であれば建物の設備のメンテナンスや修理、その後に入浴。

就寝まではリビングにて自由時間。

これらを規則正しく繰り返しておられる。

だが、ごく稀に遠出で外泊をする日や、執筆中に急に外出なさる事がある。

あの日もそうだった……。

自分がこの小屋に来てから半年ほど経った頃。

大賢者様は翻訳作業中に「なんか出たな」と呟かれると、雨具を身に纏い、空を飛ぶ謎の魔導具で雨天の中に飛び出していかれた。

しばらくして、外から魔道具の甲高い音が大賢者様が戻られた事を知らせた。

ガチャン! と激しい音がした、何かあったのか?

様子を見に玄関に向かうと、ずぶぬれの大賢者様と……。

その腕には”彼女”が抱きかかえられていた。

今回は長さの単位が多数、登場します。

単位を作ると分かりにくいし、カタカナや記号表記だと異世界観がわかないので

思い付きですが、漢字表記にルビを振ってみました。

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