ドッグラン18
野営訓練から数日後、自分は再び先生とフォルとの山歩きに同行する機会を得た。
何度かフォルの戦いを目の当たりにしたが、実に安定感のあって危うさが微塵も無い。
背後から飛び掛かる悪鬼に対し、フォルは視線を向けないまま、その頭部にナイフを突き立てた。
「まるで、頭の後ろに目が付いているかのようですね」
フォルは魔物と申し合わせたかのような、、段取りかと思える動きを見せる。
舞台における剣劇の殺陣、それ見ているかのような錯覚を覚える程だ。
斜面を的確に飛び回って魔物を仕留めて行く、死角からの攻撃にも的確に対応する。
「フォルは目標の位置や移動距離をリアルタイムで感じ取っているんだ、地形も瞬時に把握している」
先生は事も無げに言い放つが、そんな事が可能なのだろうか?
「先生は可能ですか?」
「無理だ、おれの強みは知識と経験則だからな」
「では、フォルがそれらを積んだら?」
自分のその問いに、先生は上機嫌な顔で朗らかな笑みを浮かべる。
「ソイツは怖いな」
さっきのヤツが最後の一体、フォルは魔石を回収にかかる。
魔物は絶命すると、疑似的に構成された肉体は脆くなる。
手際よくその頭をナイフで開いて、魔石を回収する、血液も結晶化するのは正直、助かる……あれには嫌悪感がある。
父の狩猟に同行した事があるが、一度切りで懲りた理由はそれだ。
フォルも随分と手馴れて来た、冒険者にならずとも猟師としても暮らしていけるだろう。
だがフォルがそれを望んでいない、そして恐らくは先生も、だろう。
先生はフォルに対して、かなり厳しいように思える。
何故、そこまでするのか?
生活の手段としてなら、もう十分な筈だ。
先生には、何か別の目的があるように思える。
「森林限界だ、ここから先は見通しがいいから要注意だ」
先生の言葉と共に、目の前が開けた。
高い木の成長を許さない環境、境界線のソレと相まって殊更に異質さを禁じ得えない。
生命の息吹を感じさせないこの地は、生き物モドキの魔物にお似合いだ。
魔物は人の魔力を追跡するが、それは精密なものでは無い。
近距離では物を言うのは目視であるところは人と変わらない。
視界が良いだけで危険度は跳ね上がる。
しかも斜面が続き平らな場所も無く、土壌も不安定と来ている。
自分は当然の事、何人たりとも訪れる事は有り得ない、そんな場所だ。
フォルが足を止め、耳を立てて辺りを見渡し始めた。
「マシィ、そっちの岩場に移動だ」
自分は先生の指示に従い、岩場に身を隠す。
早速お出ましのようだ、こんな平たい場所の無い丘陵地帯、土壌も風雨に晒されて劣化しており足場も悪い、見通しも良いとなれば魔物に有利。
戦闘はかなり危険だ、フォルと先生がどんな戦いを見せるのか……。
その時、フォルが雄叫びを上げた。
何事か? と思ったのもつかの間、頭上から影が落ちて辺りが薄暗くなった。
と、同時に低いうなり声、視線を移すと案の定、魔物のご来場だ。
全長は四、五米と言った所か。
その姿は水鳥のソレとよく似ているが、外見の特徴は爬虫類に近い。
羽毛は無く、全身が鱗に覆われており、トカゲに嘴をつけたような頭部と長い尻尾を持っている。
足は猛禽類の物と酷似しており、その太さと鋭い鈎爪が危険性を内包している。
獰猛さを体現した見た目の上、こいつは毒まで有している。
バジリスクか。
乙種に分類される大型の魔物だ、野生動物に似たものが存在しない『異形種』に分類される。
山歩きでのこのクラスの魔物との遭遇は、予想の範疇だ。
先生達は乙種から採取される二号クラスの魔石を、幾度と無く持ち帰って来ていたのだから。
だが飛行能力を持つ魔物は、接近戦特化のフォルには不利だ。
先生に目を移すと、肩から下げていた筒から棒状の物を取り出している。
なるほど、先生の魔術で対応するのか。
先生の魔術は特殊だ、呪文を必要としないし、道具を使う事も多い。
自分は身を護る準備をする、魔術とは呪文を唱えて精霊に声を届け、術を発動させる。
そう……孫生徒は違う、通常の手順での魔術の発動だ。
「清浄せしむる畏き翠」
まず、魔術の発動の為に精霊に呼び掛ける。
属性によって色が割り当てられている、風の精霊は『翠』である。
「儚し我を、あしより護り、掴し退けよ」
魔術の効果を呪文に乗せて、魔力と共に精霊に届ける、これは思いを込める必要がある為、早口で唱えれば効果が薄くなり、また高度な術程文言が長くなる。
「纏え」
最後は発動の合図を唱える、これで術は完了だ。
風防壁……辺りに風が渦巻き防壁が形成される、これが魔術という物なのだ。
さて先生はと言えば……。
杖に何か補助具のよう物を取り付け、そこに筒から取り出した棒を差し込んだ。
黒光りする棒……鋼鉄か?
見た目は矢に似ている、先端は鋭く、後端には羽根のような物が付いている。
長さは五、六十珊程で太さは一珊程か……。
鋼鉄だとしたら二瓩近くになる筈……弓矢のソレは二、三〇瓦位だ。
通常の矢とは比較にならない重さだ、そんな物が本当に飛ぶのか?
よしんば飛んだ所で相手は飛行する魔物だ、避けられそうだが。
先生が準備をしている間、フォルは雄叫びを上げつつ魔鳥を牽制している。
あの雄叫び、確か魔力を放出して魔物の気を引いているのだとか……。
魔力の放出というのが今だに理解出来ないが、確かにバジリスクは自分や先生には見向きもせずにフォルを追っている。
フォルはナイフを抜かずに、魔鳥の周りを駆け回りながら打撃を与えている。
ダメージは入っていないのが見て取れる事から、気を引くのが目的なのが分かる。
それにしても素早いな、相手はバジリスク、一撃でも攻撃を受けたら猛毒で絶命することも有る。
近付くだけども恐ろしいというのに……フォルは臆せずに攻撃を加え、牽制を続けている。
さて先生は……鋼鉄の矢を取り付けた杖をバジリスクに向け、精神を集中している。
先生の魔術の異質な特徴……それは道具を多用する所だ。
魔術とは無から有を発するのが基本だ、道具を使うなどありえない。
そう先生に問うたら「『折り紙』だって紙を使うだろ」と一蹴されてしまった。
あれは『鳥は飛ぶ物』という前提があるから成立するのだ、だから紙を鳥型に折る必要がある。
石や鉄の棒を飛ばすのとは、意味合いが違う。
自分が冒険者ギルドの登録の日に使った『旋風』、あれは石に風を纏わせる術だが、習得に苦労した。
そもそも石は飛ばないし、属性的には土だからだ。
先生によれば、この前に小屋に訪れた騎士団長が使った『溶解』。
土を泥に変える魔術だが、『その泥に含まれるのは水分だろ、属性は水じゃないか。旋風も同じだろ』と一蹴されてしまった。
屁理屈にも程がある……泥はどう考えても土属性だ。
だが自分は、苦労しながらも旋風を習得出来てしまった。
先生の魔術は理屈の外にある、厳密には魔術とは言えないのだ。
フォルが先生の前に立ち塞がった、バジリスクが追撃をする。
バジリスクが接近するが、フォルは腰を落としてヤツを睨み付けたまま、動く気配が無い。
迫りくる巨大な魔鳥に対し、フォルは一切、臆していない……。
これがフォルの本質なのか……。
「リーヴィット!」
突然、先生が叫んだ、と同時にフォルが飛び退く。
あの言葉は呪文では無く、フォルに対しての合図か。
パン! と乾いた音が響き、鋼鉄の矢が高速で発射された。
矢は正面にいたバジリスクの頭部を粉々に粉砕し、そのまま彼方に消え去っていった。
何という威力、なんという速度か……鋼鉄の矢など避けられてしまうのではと危惧したが、重量のある鉄の棒が、あんな速度で飛ぶというのか……。
あの破裂音……アレは鋼鉄の矢が音よりも速く飛翔した証だ。
なんとも、先生の魔術は相も変わらず非常識だ。
自分は風防壁を解くと、先生の元に向かった。
近くでバジリスクの残骸を目の当たりにして、その威力の凄まじさが伝わってくる。
強力な魔術でも大剣の鋭い刃でも貫けないであろう、頑強な頭骨と強靭な鱗に覆われていた頭部が粉々に粉砕されている。
「どうよ、『低伸穿かっこ仮り』の威力は!」
先生が得意満面に大見栄を切る。
たしかに恐るべき破壊力だが……かっこ仮りとは、未完成なのだろうか?
フォルが残骸の前に膝を付いて様子を確認すると、落胆して肩を落とした。
「先生~、また魔石ごと粉々です、威力が強すぎですよー」
「う~ん、対・甲種仕様の術だからなあ」
先生が腕を組んで唸りだす、何故悩むのだ? 威力を小さくすれば済むのでは無いのか。
「矢を小さくすれば良いのでは?」
「それだと弾道が安定しなくて真っ直ぐ飛ばないんだ、最初から術を構築し直さなきゃならなくなるんよ」
これほどの魔術に……こんな閉まらない欠点が付いて来るとは。
まあ、先生らしいとはいえるか。
それにしても、先生とフォルとの連携……フォルの牽制により魔物を足止めをして、その間に先生が時間が掛かる強力な魔術を発動させて仕留める。
これは魔物討伐というより狩猟だ、先生とフォルの特殊性がそろって初めて成立する狩り……か。
先生は以前、『イヌ種のトイ族が獣人最強』と仰っていたが……。
その理由を垣間見た気がした。




