ドッグラン16
先生達の山歩きに、自分も同行の許可を頂けた。
フォルの戦闘をこの目で確認しておく為、とはいえ危険な境界線に向かうのだ、恐怖心は有る。
先生からは、荷物は水筒と杖だけで良いと言われた、お見通しのようである……。
境界線には山道なんて物は存在しない、厳しい道程となるのは容易に想像出来る、自分は先生の指示に甘える事にした。
実際、赴いてみると道程は予想通りの険しさだった、身体強化を使っていても二人について行くのがやっとだ。
冒険者達と行動を共にするようになって、先生達はエキスパート・ランク並みの身体能力を有していると身を持って知る。
フッフールさんとの小屋から麓までの道中とは比べ物ににならない。
フォルが先頭を歩く、時々立ち止まって辺りを見回す為、先生の助けを借りつつ、何とか付いていけている状態だった。
山歩き……多数の跋扈する魔物を懲らしながら、道なき道を突き進む……これだけでもかなりの鍛錬になる。
険しい道無き道を進むことに加え、いつ現れるとも知れぬ魔物に対する緊張感が疲労を倍増させる。
またフォルが立ち止まり耳を立てる、彼女は手を横にかざし、止まれの指示を出した。
「四時、二百、中型三、歩行速度で接近」
フォルが単的に状況を説明する。
右斜め後ろ、二百米から丙種の魔物が三体、こちらに近付いて来ているという事か。
先生は言葉を発さず、自分を脇の岩場に誘導した。
本日、二度目の魔物との遭遇か……先生は自分を防守する為に前に立っている。
魔物の姿は斜面の反対側でまだ視認出来ない、フォルは足を忍ばせながらも、素早い身のこなしで、その方向に向かう。
「離れていても数を正確に把握……獣人なら、誰でも出来る事なのですか?」
自分は、声を潜めて先生の耳元に呟く。
「個人差はあるが、フォルはかなり鋭いな、感覚に加えて、音や匂いからも状況を分析するのに長けている」
先生は、顔の向きをフォルに向けたまま囁いた。
その時、大ネズミが茂みから勢い良く飛び出して来た。
フォルは身を翻すと、その首を腕で囲い込み、勢いを利用して後ろ向きに飛ぶ。
地面に落下して叩き付け、その首の骨をへし折った。
立て続けに、次の大ネズミが牙を剥いて、うつ伏せ状態のフォルに向かって飛び掛かって来る。
フォルは仰向けになると、大ネズミ首を足を挟み込み、両手で頭を掴んで捻り上げて止めを刺した。
残す一体の大ネズミが、立ち上がったフォルを威嚇する。
フォルは飛び掛かると背後から裸締めにして、両足を胴体に絡めて締め上げた。
ナイフも打撃技も一切使わない、投げと間接技限定で戦っているようだ。
実践を訓練の場にしているのか……。
冒険者はチームで戦う、一騎当千の必要は無い。
先生はフォルを冒険者に育て上げようとしている訳では無いのだろうとは思うが……。
「フォルをマスター・ランクに育て上げる気なのですか?」
先生は岩場に寄り掛かると、水筒に口を付けた。
「マスター・ランクってのは単数特化、特種指定の魔物討伐に特化した冒険者だ、フォルをそんな風に育てるつもりは無いよ」
「どう違うのですか? 強さの行き付く先とは、そういう物でしょ」
先生は大ネズミを絞め落としたフォルを、じっと見つめている。
「あいつは、どうなりたいんだろうな……言っておくがおれはナイフと打撃禁止なんて指示は出してない」
なっ……ではフォルが自分自身に縛りを課していたのか。
自分がフォルに目を移すと、黙々と手際良く魔石を回収していた。
「マシィ、明日一日……ちょっと付き合ってくれないか?」
先生が神妙な面持ちで頼み事をして来られた。
その真剣な眼差しを前にして、自分は受け入れざる負えなかった……。
***
そして翌日……自分は朝食を済ませると、師匠から課せられた課題を片付け、先生が指定した場所に赴く。
ほどなくして河原に到着する、フッフールさんが良く釣りをしている場所だ。
渓谷の反り立った壁の上に生い茂る草木が眼前に広がり、その景観に圧倒される。
淵は流れが緩やかで、清涼感のある光景だ、故郷のライルラック領では見られない景色である。
魔物さえ出なければ、見事な眺望場所なのだが……
辺りを見渡しながら、先に来ているはずの先生とフォルを探すが、そこで自分は衝撃的な場面を目にした。
……先生はフォルに、何をさせているのだ!
岩場で足を川面に浸けて休憩をしているが、フォルの服装は薄い生地一枚で肌をひどく露出させていた。
肩から腕、足が全く隠れておらず、その細くしなやかな四肢を惜しげも無く晒している。
しかも生地は肌にしっかりと密着ており、フォルの細身ながらも女性的な体の線がはっきりと確認出来る。
そして先生はと言えば、やはり下着一枚ではないか……。
「何て格好をしているのですか! こんな……破廉恥な!」
先生は首を傾げると、目を細め、惚けたような顔をした。
「水泳を教えてるんだ、やましい事はしてないって」
「先生もなんですか、その身なりは、恥を知りなさい!」
これはさすがに看過出来ない、先生に詰め寄り抗議をするとと呆れたような顔を歪めた。
「これは水着だ、泳ぐ為の服なの。西方沿岸州では普通だよ、女性向けの物にはもっと際どいのも有るぞ、下着みたいな」
「ここは中原です、ほとんど裸ではないですか!」
「ほとんど……なら裸じゃ無いだろ?」
とんでもない屁理屈だ、先生は憮然とした表情で非を認める様子も無い。
「マシィは、何で怒ってるんですか?」
フォルが心配そうに眉をひそめて近付いて来ると、先生は何故か畏まった顔をした。
「気にすんな、いつもの事だ」
フォルは首を傾げつつ、自分に……距離が近い!
「マシィは泳げる?」
「いや、自分は……」
とても直視出来ない、フォルから目を逸らす、これは心臓に悪い。
「じゃ一緒に練習しよ、水が冷たくて気持ちいいよ」
フォルとのやり取りを、口元を緩ませながら傍観していた先生が、テントを指を差す。
「マシィの分の水着も用意してあるぞ、さっさと着替えて来い!」
結局自分も、まるで下着のような水着を身に付け、水泳を習う事になってしまった。
だが、水の中ならフォルの姿を見る事も無く、自分の身を隠す事も出来た。
顔を水に浸ける練習から始まり、先生からバタ足を教わる頃には体がすっかり冷えてしまった。
沢の水は想像以上に冷たく、体温を容赦無く奪っていく、辛抱たまらず岩場に上がると引いてあるマットの上で日の光で暖を取る。
落ち着いたところで淵を見渡すと、補助具に捕まりながら泳ぐフォルの傍らで、先生が両腕で水をかき分けて泳いでいた。
クロールという泳法だったか……泳ぎ方から慣れた感じが伝わってくる。
立ち泳ぎでフォルに何やら指導をすると、そのまま背面で泳いで見せる。
あれだけ泳げたら、さぞ楽しいだろう……水の中を自由に動き回る先生は実に気分が良さそうだ。
それににても、何故か華麗に泳ぐ先生より、補助具を使って不器用にバタ足をするフォルに目が吸い寄せられてしまう。
……この夏の内に、幾らかでも泳げるよう練習するか、水難にあった際は生存率が上がる訳だし覚えておいて損は無い。




