caseミナミ 『静熱のノイズ ― 女帝観測録 ―』
放課後の風って、いつも少し、うるさい。
誰かの笑い声、靴音、チャイムの残響。
全部が入り混じって、春を予告してる。
その日も、購買前のベンチから、杏仁豆腐の声が聞こえてきた。
……あのバカたち、今日も元気ね。
缶コーヒーを開ける音が、静寂を切った。
あの子──ユウが、何かを話してる。
名前が出た。「姉」って言葉が混ざってた。
姉、ね。
レイナが「会ってみたい!」と騒ぎ、アイカが「強そう」と笑った。
私は何も言わず、カフェオレの泡を見てた。
あの子の“外側”に、別の熱源がある。
それが、なんだか妙に耳障りだった。
⸻
話を聞く限り、その人は「黒い車に乗って」「風を切って」「タバコをくわえて笑う女」らしい。
……絵になるじゃない。
なんて思ったくせに、胸の奥がざわついた。
嫉妬とは違う。ただ、音が濁る感じ。
春の風が、廊下をすり抜けていく。
白いカーテンが揺れて、黒板のチョークがカタッと転がる。
その一瞬の静けさに、あの人の輪郭が浮かぶ気がした。
まだ見たこともないのに。
⸻
……似てるんだと思う。
風の匂いも、言葉の温度も。
あの子がたまに見せる、妙な“間”とか。
あれ、多分、あの人の血。
そう思った瞬間、観測が少しだけ、乱れた。
ペンの先が震えて、ノートに線を引いた。
風のせいにした。
でも、多分、違う。
⸻
恋じゃない。
でも、観測でもない。
あの人を通して、あの子を見る。
それだけで、風がノイズを帯びる。
──風の匂い、似てた。
あの子と、あの人。
だから、揺れるんだ。観測が。




