お義兄様の憂鬱 セントバレンタインデー
今日はセントバレンタインデーだ。
かつて我が国の前の支配者の悪逆非道の国王哀王の治世の時だ。
その年は不作だった。
哀王は不作にもかかわらず、農民達に今まで通り年貢を納めろと命じた。
農民達はたまったものではなかった。
農民は逃げ出す者もいた。
哀王は逃げ出した農民は見つけ次第処刑しろととんでもない命令を下したのだ。
王都の近くのとある村にバレンタインという司祭がいた。彼は税金を払えずに逃げてきた農民達をかくまっていた。それを知った哀王は激怒して兵士達に命じてバレンタインを教会ごと焼き殺した。それを知った付近の農民が怒り狂って反乱を起こし、それに我が始祖ロザンヌ伯爵が呼応し蜂起、哀帝を倒して新王国を造った。これが我が家の始祖の伝説だ。
以来何故か、セントバレンタインデーは女性から男性にチョコレートを贈る日になったそうだ。
だから今日は騎士達も朝からそわそわしていた。
まあ、婚約者のいる俺はそんなそわそわなど関係無いと思っていたのだ。
「レオン、今年はチョコレートが来ないな」
トマスが指摘してくれた。
「当然だ。エリがやっと俺の婚約者になってくれたからな。皆に公表したし、しつこいアガットもラペルズ王国に嫁いだからな。俺にチョコを送りつけるような余計な事をする奴はいなくなったのさ」
この時は俺も余裕綽々だった。
「トマス、お前はもらったのだか?」
俺はトマスに聞いてやった。
「おう! これだ」
トマスは自慢げに結構大きな赤い包装紙を見せてくれた。
いつもは俺のチョコレートの山を見て、お前はたくさんもらえていいよなと嫌みを言ってくれていたのだ。今年は違うらしい。
「そうか、良かったな」
俺は完全に他人事だった。その送り主が誰かも確認しなかった。
「おはようございます」
そこに、今はエリの親衛騎士にしたゴーチェが元気に挨拶して入ってきた。
「朝からえらく機嫌が良いんだな。チョコレートでももらったのか」
バレンタインにしては珍しく機嫌の良いトマスが聞いてきた。
「見てください。こんな大きなチョコレートをもらいました」
ゴーチェが見せてくれたのはトマスと同じ赤い包み紙だ。
「ふんっ、俺様ももらったぞ」
トマスが見せびらかしていた。
「ええええ! エリーゼ様。皆に配っているんですね」
がっかりして、ゴーチェが首を垂れた。
「なんだ。エリか」
俺は自分の婚約者が騎士達に配っていると聞いて少しだけむっとした。
「朝一に俺のところに来てくれて、『いつもおつとめご苦労様です』といって置いていってくれたんだ」
トマスの言葉に俺は更に機嫌が悪くなった。
ここまで来たのならついでに俺の分も置いてくれたら良いのに!
エリは昨日はレストランで残業があるとかで遅くに帰ってきたみたいだった。俺はガンダーラ王国のアルバンが新たに加えた領地の統治の仕方を教えてほしいと泣き込んできたのに夜遅くまで付き合ってやったので、昨日はエリに会えなかったのだ。
「失礼します」
そこにそのアルバン本人が入ってきたのだ。
「殿下昨日はいろいろありがとうございました」
アルバンが頭を下げてきた。
「うん」
俺はいらだちを鎮めようと目の前のペンを握ったらボキッと折れてしまった。
それを見ていたアルバンらがぎょっとした。
「アルバン、その手のものはなんだ?」
トマスが聞くと
「これですか?」
嬉しそうにアルバンが取り出した物はまた、真っ赤な包装紙に包まれていた。これもエリのレストランの物だ。俺の機嫌が更に悪くなった。
「エリーゼ様に先程もらいました。本当に良い方ですよね」
こいつは悪気はないのは判ったが、俺の前でその話をするか?
俺はじろりと睨み付けた。
「これで失礼します」
不吉な物を感じたのかゴーチェがさっさと帰っていった。
そこに大きな荷物を抱えたマルクスが入ってきた。
「どうしたの、兄上? 不機嫌そうな顔をして」
無遠慮にマルクスが尋ねてきた。
「別に何でも無い」
俺は無愛想に手を振った。
「殿下のその大きな包みはセシール様からですか」
トマスが聞いていた。
「ああそう。それとエリから」
大きな箱の上にトマスよりも大きな赤い箱が載っていた。
「ああ、そうだ。兄上。これセシールから」
小さなチョコレートの箱を俺の机の上に置いてくれた。
トマスのに比べても小さな箱だった。
まあ、弟の婚約者だからこんな物だろう。
俺はそう思おうとした。
そこに大きな箱を抱えた、父が入ってきたのだ。
「おお、レオン、これを見てくれ。エリーゼが今わざわざ持ってきてくれたのだ。お義父様の為にわざわざ作ってくれたそうだぞ」
自慢げに真っ赤な大きな箱を見せてくれたのだ。
な、なんだと、父のが一番、大きいんじゃないか?
「なんだ、お前はその小さなチョコしか、エリーゼからもらわなかったのか」
父がこれ見よがしにエリからもらった大きなチョコレートの箱を俺に見せてくれたのだ。
その瞬間、完全に俺は我慢の限界がきた。
「やばい!」
俺の怒り顔を見た瞬間、マルクスは慌てて、部屋から飛び出して行った。
「レオン、待て、ここで暴れるな」
トマスが青くなって叫んでいるし、アルバンは俺の威圧に当てられて倒れる寸前だった。
「お義兄様。何しているの!」
そこに少し怒ったエリが入ってきたのだ。
「エリーゼちゃん。良かった。レオンハルトがチョコが無いって怒っているんだけど」
トマスが余計な事を言ってくれた。
「何言っているのよ。私の書いたメモ、無視して部屋から出るからでしょ」
エリがむっとして俺を睨み付けてきた。
「メモってなんだ?」
俺はそんなのは知らなかった。
「昨日酔って帰ってきたから、机の上に置いておくって言ったでしょ」
エリの声にそんなのがあったかという顔をすると、
「本当にもう! 全然人の話聞いていないんだから。セドリック」
エリが外にいた自分の護衛騎士に合図すると
セドリックが部屋に入るのも大変そうな大きな箱を抱えて入ってきたのだ。
「ちょっと大きく作りすぎたから、リビングに置いておくってメモに書いていたでしょ。大きすぎるから、なんだったら詰め所に持っていって皆で食べてって書いたのに!」
エリは俺を睨み付けてきた。
「うわーー、すごいな」
開けた箱の中身を見てトマスが羨ましそうにケーキを見つめた。
「良かったら皆さんで食べて……」
「やらない」
俺はエリの言葉を途中でぶった切るとその箱を抱え込んだのだ。
「えっ、お義兄様。それ全部一人で食べるの」
エリが呆れた。
「せっかく、エリが作ってくれたんだからな」
そう言うと俺はスプーンですくったケーキを一口食べた。
「うーん、うまい」
そう言ってエリに微笑んだのだ。
「でも、ちょっと大きすぎない?」
エリが言うが、せっかくエリが俺のために作ってくれた物だ。俺は他人にやるつもりはなかった。
「ほら、エリも食べてみろよ」
俺はそう言うとフォークに突き刺して一切れエリの口の中に放り込んだ。
「うーん、ちゃんと出来ているわね」
エリは嬉しそうに笑ってくれた。
「エリね俺にも食べさせてくれ」
俺はそう言うとエリにフォークを渡したのだ。
「えっ、お義兄様。ここでやるの? 恥ずかしいんだけど」
エリはそう言いつつ、ケーキを大きく切って俺の口の中に放り込んでくれたのだ。
俺達は交替でそのケーキを食べさせ合ったのだ。
皆の視線がとても生暖かったし、トマスとかはさっさと仕事しろよと合図してきたが、俺は無視した。
俺にとって最高のバレンタインだった。
ここまで読んで頂いてありがとうございました。
1日遅いバレンタインデーです。
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ドジっ子悪役令嬢と氷の王子様のお話です。








