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先祖がツワモノだっただけなのに  作者: ケチャップ三等兵
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楽しい夏休みにはそこそこの金が必要だということ

 大学1年生の夏休みは遊ぶためにある。去年の夏休みは、野球部を引退して、部活からは解放されたものの、予備校で模試と授業に追い回され、楽しいことなんて一切なかった。悪いが去年失った時間を、今年は取り戻させてもらう、僕はそう意気込んでいた。が、いざ夏休みに入ってみると、大きな問題にぶつかった。シンプルに金が無いのだ。海に行くのも、山に行くのも、盛り場で遊ぶにも、どこに行くにもそれなりの金が必要だ。でも、僕にはそれが無かった。さっさとバイトしておけばよかった。後悔先に立たずとはまさにこのこと。


 朝起きて、クーラーの効いている部屋で、そのままグダグダしているといつの間にか夕方で、日が暮れても蒸し暑くて、気がついたら、家から一歩も出ずに、溶けるようにして一日が終わる。そして、その繰り返しが続く。まずい、このままだと大学1年の夏休みを「何もしなかった夏」にしてしまう。


 暇つぶしにスマホで友人の近況をチェックすると、友人たちの行動が大きく3つのパターンに分かれていることが分かった。金を工面して遊んでいるもの。金が無いからバイトしているもの。浪人して予備校に通っているもの。彼らに絡んで行きたいところだが、僕が金が無いから、金があるやつとは遊べない。金が無くてバイトしているやつと、予備校に通っているやつは、時間が無いから遊んでくれない。つまりはそう誰も、僕とは遊んでくれない。


 まったくもって働きたくないけど、背に腹を変えられないから「バイトでもするか」と考えてみる。でも、今は7月の後半で、これからバイト始めても、給料がもらえるのは夏休み終わるころだ。それじゃ意味が無い。いやいや、あきらめるな。日雇いや週払いの仕事を探せばいい。ちょっと体力的にきつくても、夏休みを棒に振るよりはマシだ! そう考えて、スマホでバイトを探していると、九州に出張中の父から電話がかかってきた。


「もしもし」

「もしもし、ツヨシか。よかった。お前、今、家か」

「うん、そうだけど」

「お前、夏休みヒマだろ」

「はぁ、都内の大学一年生が夏休みにヒマなわけが無いでしょう」

「ウソつけ。学校休みだし、お前バイトもやってないだろ。で、金も無いから遊びにも行けないだろ。どうせ部屋でバイト情報眺めて『お金欲しいけど、きつそうなのは嫌だなぁ』とか思ってたところだろ」

 口では「ははは、友達と遊びのプラン立ててる最中だよ」と強がってみるが、図星だ。

「おお、遊びの計画立ててるところか。じゃあ、渡りに船の話だ。遊びに行くには金がいるよな」

「うん、いる」もしやこれは小遣いというラッキーボーナスかと期待が膨らむ。

「金を払うから、頼まれてほしいことがある」

「いくら」

「まて、先に頼みごとの中身を聞け」

「金次第だな」

「若者よ。これは人生の先輩からの忠告だ。世の中、金に目がくらむとロクなことがない」

「ってことは、ロクでもない頼みごとをしようとしてるってことだな」

「マイサン。君はなかなか面白い返し技を使うな。面白い。それは認めよう。が、まずは頼みごとを聞け」

「ああ、わかった。それで、頼みごとってのはなに」

「お前も知っている通り、四年に一度、我が東峰家の男子は、故郷の東峰町の『雷将祭』に出席しなければならない」

「あぁああ」と思わず声が出る。「雷将」は、我が東峰家の先祖である東峰新九郎の異名で、「雷将祭」はその東峰新九郎が領主として治めた東峰町で毎年行われるお祭りのことだ。この祭りに東峰家の男子の代表が、毎年出席するというのが古くから我が東峰家のしきたりだ。

「その雷将祭が今週の土曜日でな。本来であれば、私が行くのだが、こっちの商談がうまく行きすぎてな。ちょっと、いくつかやることが増えてしまい、予定通りに帰れなくなりそうなんだ。そこでツヨシくん、東峰の男子であるユーの出番だよ」

 

 しばし沈黙し「え、出番て言われてもさぁ。ちょっと急だよな。今日、木曜日だから明後日じゃんか」と俺は口ごもる。金は欲しい、だが東峰町は北関東にあって雄大な自然に囲まれている。そう、つまりはド田舎だ。カブトムシとかクワガタとか、都会のデパートで何千円もする虫がそこら中にいて捕まえ放題だ。その代わりに、ショッピングモール、コンビニ、ファーストフードなど都会の当たり前スポットが、普通に無い。19歳の青年が、大学1年の夏休みをエンジョイするのに、適しているかと言われると、答えは「厳しい」としか言いようがない。実際、僕の母が田舎が苦手だったことと、直接の親戚がほとんど住んでいないため、僕自身が東峰町を訪ねたことは未就学児のころの数回程度しかない。


 僕のためらいを感じたのだろう、親父は声のトーンを上げた。

「1日あたり3万円、1泊2日で6万円払おうじゃないか」

正直、悪い話ではない。2日の我慢で6万円も臨時収入が入るのだ。大きな買い物をしなければ、8月の後半くらいまで遊ぶための軍資金になりそうだ。が、僕はなんとなく交渉の余地があるような気がして、値上げにチャレンジしてみた。

「現地までの交通費と2日間のミールマネーを含む滞在費を別で欲しい」

「ふん」親父はそう言って黙った。それから数秒して「オーケー。普通列車の交通費として往復で10000円。ミールマネー5000円と合わせて15,000円上乗せしよう」

「よし商談成立だ」

「泊まるところは、東峰家の屋敷に泊まれないこともないが、駅前にあるホテルにしろ。私が予約しておく。東峰の屋敷に泊まろうもんなら、近隣の人が接待しようと押し寄せてきて大変なことになるからな。いいか、誘われても絶対に町民の家に行くなよ。泊まるなんてもっての他だからな」

「へぇ、接待してくれんだ」

「へんな想像してるかもしれんが、田舎ののんべぇのおっさんたちに囲まれて、いつ終わるとも知れない宴会に巻き込まれるだけだぞ」


 それは、絶対にお断りしたい。


「服装もな、夏の暑い盛りだが、スーツで行ってくれ。Tシャツと短パンにビーチサンダルなって格好は許されんぞ」

「えぇぇ、田舎行くのにドレスコードあんのかよ」

「馬鹿者。東峰町における東峰家がどんな立場にあるか知らんから言えるんだ。今回がちょうど良い機会だ実体験で学んで来い。細かいことはメールでまとめて送るぞ」


 こうして僕は、東峰家の故郷に行き『雷将祭』というイベントに出ることになった。

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