旅立ちの日に:A
戦前のレコードの音が流れる部屋。人類が多く生きていた頃の映画のポスター。
青年は何処の国で書かれたか解らないよく読めない言語の本を読んでいる。
少年の父親が失踪してから4年の月日が流れていた。
蓄音機の前には、父親からから託されたペンダントと、青年の家族であろう一家の写真が飾ってある。
写真に写った少年の顔は希望に満ち曇りの無い眼で笑っていた。
青年は時々写真を見てはどこか物悲しそうにため息をつく。
「あの頃に戻れたらな」
一言口にし、青年は再び眠りにつく。
廊下を走る無邪気な青年の足音に目が覚める。
「一体何の騒ぎだ?」
今にも壊れそうな木製のドアを勢いよく開け一人の青年がやって来た。
「おい!起きてるか?」
「うるさいぞ海斗。とっくに起きてるよ。それよりも外が騒がしいんだが一体何の騒ぎなんだ?」
「人間だよ、人間。外の世界から本物の人間が来たんだよ!」
「そんなはず無いだろ、何夢見てんだ」
「本当なんだって、今門番のやつらが足止めをしてる。今直ぐ見に行こうぜ?」
「断ったってすぐに連れて行って行くんだろ?」
「もち。」
深いため息をつくと青年は海斗と共に門番の居る南門へと向かう。
南門には一人の男が立っていた。
薄汚れた大きな布を身につけ無精髭を貯えた大柄のその男はまさに死神を連想させるような風貌であった。
「何をしている!ここから先は進入禁止だ。お前が人間だと言うなら、証拠を見せてみろ。証拠が無いなら身体検査をするまでだ」
「済まんね、生憎現代で使える身分証明書は持ってないんだ。これなら持ってるんだが」
男はズボンのポケットから顔写真付きの小さなカードを出した。
其処にはヘンドリクセンとと書かれていた。
「何だこれは。私たちをおちょくってるのか?」
「おちょくってなんかいないさ、ただ俺が身分を証明できるものがこれしかなかっただけだ」
「貴様、人をおちょくるのは大概にしておけよ?」
見ていられなかった青年は門番のもとへと向かう。
「まあまあそれくらいにしておけよ?な?」
門番にウザ絡みをするように肩に手をかける。
「息子さん!なぜここに居るんですか?」
「ちょっと野暮用でな、それよりその男を解放してやってくんねーかな」
「え?いいんですか?」
「構わんさ何かあったら俺が責任を取るからさ」
「分かりました。息子さんの顔に免じて今回だけは許してやる」
後ろから駆けつけてくる海斗。
「おおい!一体何言ってんだよ」
「まあまあ、落ち着いて、ただの気まぐれだ」
「済まねえ、あんちゃん。俺の名前はヘンドリクセン。ヘンリーと呼んでくれ。もしよければ君の名前を教えてくれないか?」
「名前なんて無いよ」
「そんなはず無いだろ。ムスコサンって呼ばれてただろ?それが名前じゃないのか?」
頭に?を浮かべるヘンドリクセン。
「違う違う。それは俺がある人の子供だからそう呼ばれてるだけだよ」
「それにしても何故名前が無いんだ?」
「それはな、この国では16歳になると成人の儀式で両親から名前が貰えるんだが、生憎成人の儀式の前に両親両方とも死んじまってな。まあ、死んじまったと言っても行方不明名だけだがな。そんなこんなで俺には名前が無い。ただそれだけだ。あ、そうだ、ヘンリーよければ俺に名前つけてくれないか?」
「そんな話を聞いちまったらな。まあ、これも何かの縁だ。お前に名前を付けてやるよ」
「その好意ありがたく受け取るよ」
昔から出会う事が解っていたかのように、名前が出てくる。
「お前は今日から『空』だ」
地面に文字を書き指を指す男。
「一体これはなんて読むんだ?」
「これか?これは『そら』って読むんだ」
「空か、名をくれてありがとう。大事に使わせてもらうよ」
「それと、悪いんだが、一つ頼み事を聞いてくれないか?」
「なんだ?名前をつけてもらったお礼だ、なんでも言ってくれ」
「風呂、貸してくれないか?」
「それもそうだな、とりあえず風呂で体洗ってこい」
「いいけどよ。服はどうするんだ?」
疑問を抱く海斗。
「それなら俺が用意しておく」
「お前がそれでいいなら、それで認めるよ。宜しくなヘンリー」
「海斗とやらこちらこそよろしく」
ものの数分で打ち解けた海斗。
「食事も用意しておくよ」
「本当何から何まで有り難う」
深々と頭を下げるヘンリー。空はあたふたと手を振り焦る。
「さっきも言ったろ?名前のお礼だよ、顔を上げてくれないか。周りの目線が気になる」
所変わって、空の家。
「どうだった?久しぶりの風呂は」
「大へん気持ちよかった」
その一言を期に空の顔色が変わる。
「それは良かった。あんたに大事な話がある」
「大事な話?」
「ああ、大事な話だ。突然だが、俺達と取引しないか?」
「取引?」
「ああ、取引だ。あいつらに関する情報を聞きたい」
疑いの目を向ける空。
ヘンリーは何のことかとしらを切る。
それと同時に腕についてる物を隠した。
「別に隠さなくていいさ、俺は最初から気づいてたからな。だから見ず知らずのあんたを助けた。それは、あいつらに捕まった奴らが腕につけているものと一緒だ。どうやってあの監獄から逃げ出した?」
「そこまで解ってたのか、それなら仕方ないな。分かったよ。俺の経験した話を聞かせてやるよ」
そう言いヘンリーは自分の経験した悲惨な現実を話し始めた。




