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2人の白人と1人の日本人、加えて5人のニュートラル────許可無くテリトリーに踏み込んだ複数の若者たちを認知すると、
『賑やかなのは好きじゃない』
森羅は眉筋一つ動かさずに愚痴った。
「スグル! ヴォイド!」
ミチカが再会の喜びを声に乗せて走り寄ってきた。
「この人が、シンラ?」
「うん。外にいたロボットたちは振り切れたの?」
数日ぶりに元気なミチカを見て、スグルはホッと神経を和ませる。
「あっちにいるサトミちゃんたちの力を借りて撃破したわ。スグル、見てほしいものがあるの」
手にしていたのは、その撃破した警備ロボットの残骸だった。
「このロボットの声、アシモの声と同じなの。まさかアル爺ったら、ここのロボットをモデルにアシモを作ったんじゃないかしら。シンラさん、アルフレッド=ネル=バニファって男に会ったことない?」
研究を阻害され脳内では少々立腹気味の森羅だったが、ミチカが口にした人物の名には特別な記憶が蘇る。
『西暦2653年4月20日。アルフレッドという男が実験用航空機に乗ってここへ来た』
それを立証するかのように、破壊されたロボットがスグルによって分析される。
「確かに基本構造がアシモと一緒だ。おそらく人工知能も。あんなのこの時代に個人で作れるわけがないと思っていたけれど、やはりここで手に入れたものだったのか......」
床に置かれたどのパーツも、その事実を如実に示していた。
「シャドウファントムの図面も?」
ミチカが訊ねる。
『彼はあれを太陽光で走らせると言った。面白いから設計図を与えた。完成したの?』
「ええ。太陽光発電式バイクは毎日この孫娘を乗せて爆走してるわ」
『機械にしか興味がなさそうな男だったのに』
森羅の言葉は何かが足りない。その後に『子孫を残したことには驚きだ』くらいのアシモのような驚きフレーズを入れようという気は起きないものか。
「ロボットくん、ここ見学してもいい?」
黒髪の丸顔が、実験台に並んだ色とりどりの奇形種の卵を興味深げに指で突っついていた。だがこれには返事が無かったので、サトミは頰を膨らませて仲間の元へ走って行った。
サトミの仲間────この部屋にいるニュートラルのハマナス、ツチナ、コナギ、シシラン、シオンの5人は、遺伝子を自在に操る神として畏れられていた森羅の真実の姿を目に焼き付けながら、知能の高いニュートラルらしく静観の姿勢をとっている。
ミチカは本題に入ることにした。対峙しているのは父親を惨殺した奇形種の生みの親。憎しみは当然燻っているが、その体裁憚らぬツギハギだらけの外見を見て、先ず感じたのは憤りよりも虚しさの方だ。
「森羅さん。突然乱入してきて申し訳ないけど、わたしたちは皆奇形種ハンター、つまりあなたの敵。見たところ、予想した通りにこの研究所で奇形種を作って世界中にバラ撒いているようね。わたしたちの要求はただ一つ。直ちに作業を中止してここを閉鎖してもらいたいの。拒否した場合は強硬手段をとらせてもらうわよ」
『愚かな人間』
ため息を吐くように森羅は言った。
「愚かで結構よ。でもわたしから見ればあなたも十分愚かだわ。出来上がった奇形種を見て喜ぶ人がいると思う? 恐怖や悲しみ、絶望────あなた以外の人は、皆それしか感じないわ」
『人は人に対しても同様にそのような感情を抱くもの』
「ええ、残酷なのは人も一緒。だけど大半はそうじゃない。少なくともここにいる人たちは、わたしにとって何らそんな感情を抱かせない。逆に、助けてくれたり守ってくれたり、それから......愛してくれたり」
振り向くことはしなかったが、部屋の隅に腰を下ろして休んでいるファイの視線を感じながらミチカは語る。
「だからわたしは奇形種から人を守りたいの。わたし一人の力じゃとても微力で歯が立たないけど、仲間と一緒に一日でも早くこの世から奇形種を撲滅したい。そして大切な人たちが幸せに生きてゆける世界を実現したいと思っているの」
『詭弁』
の一言で一蹴した森羅は、いよいよ人と話すことに本気で苦痛を感じているようだ。その後ミチカが話しかけても一切反応しなくなった。
そこで、スグルがこんな提案をした。
「森羅さん、僕がアトミックブライトを破壊すると約束したら、ここを閉鎖してくれる?」
『あれは無理』
と即座に返答があった。
「無理かどうかはやってみないと分からない」
『無理』
「できるかもしれない。なぜなら僕は、暁傑だから」
21世紀の最先端の科学研究室を再現したバイオインフォマティクス研究室に、奇妙な空気が蔓延った。
『あ......ハ......ハハハハハハ』
笑ったのは森羅だった。今世紀最大の大口を開けたので、人工皮膚の口元にくっきりと皺が寄り、時間が経ってもなかなか元には戻らなかった。
『面白くない。これだから人間は信じられない』
「人間を信じられないというなら、仮にあなたの愛した人が転生したとして、今のあなたを見て嫌いだと言ったら信じるの? 信じないの?」
2人による1人のような問答が続く。声質は違っていても話す口調がそっくりなのだ。
『言わない。彼は言わない』
「その根拠は?」
『私を愛しているから』
「彼があなたを愛しているっていう、明確な根拠は?」
『────』
「どこにもあるはずがない。あるとしたら、あなたの大脳皮質の記憶の中だけだ」
『────』
答えを見つけられず、森羅の脳内回路は狂い始めた。機械の手は次から次へと卵の殻を割ってひと混ぜにすると、メスとピンセットで固形物を片っ端からズタズタに切り裂いた。
「僕はてっきり、シンラって人はこの世の人間を殺したくて奇形種を作っているものと思っていた。でも......あなたは僕よりずっと人間らしい人だった。僕は数ヶ月前までは毎日こう考えていた。地球上から僕以外の人間が消えてしまえばいいのにって。だけどそれは叶うはずもない。だから僕自身が地球上から消えることにしたんだ。その日までは、誰かを愛したこともなかった」
『うるさい。研究の邪魔をするな』
「愛することは触れたいと思うことだと、ある人が言った。僕は今のあなたを見て、触れてくれるかどうかも分からない実体の無いものに対して愛する根拠など説明できないことが分かった。それはつまり以前の僕と同じ。僕が人を愛せなかったのは僕に触れてくれる人に出会えなかったから......自分から触れようとさえ、しなかったから」
『黙れ。出て行け。誰も私の邪魔をするな』
「あなたはそうやって彼を待ち続けていると言うけれど、唯一残っている”森羅”はもはや脳内の記憶だけであって、身体のすべてがあなたではない。それならば彼は何を頼りにあなたを見つけるの? 見つけたところで森羅ではないあなたのどこに触りたいと思うの?」
『あ......あ......わアあアアア......』
作りものの顔が白眼を剥いて震え始めた。人工心肺が異常な負荷圧に耐え切れず、機能停止状態に陥ったのだ。
床に倒れて痙攣をし始めた森羅の元へ、ミチカが駆け寄った。
「大丈夫? スグル、早く助けてあげて。この人の身体、機械なんでしょ。スグル?」
だがスグルは動かなかった。それが機械であっても、またミチカの頼みであっても、頑なに動こうとしなかった。
「僕は約束したんだ。ミチカさんと一緒にこの世から邪悪な奇形種を根絶するって」
「何を言ってるの、人が死にかけているのよ!」
「人? これが人なの? これのせいでミチカさんのお父さんが殺されたんだよ。これのせいでヴォイドさんは......」
『ああ......ア......a......アアああ────』
壊れてゆく機械人間の最期は、実にあっけなかった。人工心臓が停止し、すべての人工器官が活動を止めた時、それは機械の故障なのかそれとも人の死なのか、誰からも判断を下されることなく「停止」の状態で終わりを告げた。
最後の研究員を失った山奥の研究所は、悲しみまでも喪失したまま、再びどこにでもある静寂にひっそりと覆われた。




