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パーン! パン! パーン!
乾いた銃声が四方八方から聞こえた。
飛んできた複数の弾丸は目標物を的確に捉えて絶命させた。ファイが撃った一発もそのうちのどれかに入っていたが、ミチカに掠りもさせずに敵だけを狙い撃ちにした射撃手たちの力量は見事であった。
「おうぃ、助かったぜ。いよいよ本物の王子のご登場ってか」
すべての奇形種が片付くと、ファイの呼びかけに数人の人影が木々の後ろから姿を見せる。
「あなたたちは......」
ミチカは目を見張った。出てきたのは思いもかけず、ニュートラルだったのだ。
しかもそこに浮世離れした雰囲気が感じられないのは、服装や髪型が限りなく普通の人間に近いからだろう。森にいたニュートラルは皆一様に長髪を腰まで垂らしていたが、こっちはバッサリと短髪だったり洒落た形にデザインしていたり、化粧までしている者もいるようだ。
総勢5人のニュートラル。加えて唯一人、黒髪の人物がいた。
「あとの人たちはダメだったみたい。でも2人助かったし、オッケーかな」
黒髪はまだ小さな子どもであった。喋り方も幼く見た目もまるでスグルのような......
ミチカがハッとして、
「あなた、まさか日本人?」
「うん。他の5人はニュートラルだけどね」
可愛い丸顔が無邪気に答える。その小さな手に握られた銃は、この子も見事な狙撃を実行した一人であることを物語っていた。
「わたしはミチカ、それからこのオジサンはファイ。あなたたちには命を救われたわ。本当にありがとう」
ミチカが礼を言うと、黒髪の女の子は愛嬌たっぷりの仕草で、
「この辺りにはイボイボちゃんたちがたぁくさんいるから気を付けないとね。特にヤマト種はとっても危険」
「ヤマト種? さっき陣形を組んでかかってきたヤツらのことかしら」
「うん。ヤマトはね、体にイボイボは無いけど他のとは違って知能が高いんだ。イボ汁なんて臭いだけでどうってことないけど、ヤマトは怖い」
「まだたくさんいるって言ってたわね。この近辺は10人やそこらの討伐隊じゃ、全然足りなさそうだわ」
無残な形で命を落とした兵士たちの方を見て、ミチカは力なく首を振る。
「嬢ちゃん、何て名だ? 随分と鉄砲が上手いじゃねぇか」
ファイが子どもの目線まで腰を落として話しかけると、
「僕ちゃんはサトミ。んでもって、ハマちゃん、ツッチ、コナ、コナ兄、シー君」
と、一気に5人の仲間も紹介した。紹介されてもそんなにくだけた愛称では気軽に呼べもしないだろうが。
「女の子なのに『僕ちゃん』か。面白ぇ子だ」
「おっさんもなかなかやるじゃん。その銃、変わってるね。どこで売ってるの?」
「これは売りもんじゃねぇんだ。オジサンの友達がプレゼントしてくれた一点物なんだぜ」
「へぇ、すごぉい」
年頃の女性にはモテないが、ずっと年下の女の子にはなぜか大人気の中年オヤジは、サトミと互いの銃を見せ合いながら会話を弾ませる。
ミチカは彼らに訊きたいことがたくさんあった。何より気になったのは「日本人」だと言ったサトミのことだ。今まで地上に存在する日本人はスグルだけだと思っていたのに、これは一体どういうことだろう。
「ねえ、サトミちゃん。ちょっと教えてほしいことがあるの、いいかな?」
「いいよぉ。この先にキャンプを張ってるから、そこで手当てもしちゃお。僕ちゃんお腹が空いちゃった。ツッチ、何かおやつ作ってよぉ」
────手当て?
見回すと、ミチカの身体はイボ珍獣の引っ掻き傷と臭い汁で散々な格好になっていた。
「とりあえずその臭いのをどうにかしましょう。テントにはシャワーや着替えもありますから、使ってください」
コナ兄と紹介された、白髪の横髪をバッサリ刈り込んだ美しいニュートラルが、ミチカを優しく気遣った。
テント脇にジープとバイクを駐車すると、しばらく6人が世界に一つきりしかない珍車を感嘆混じりに観察した。
ミチカは、自分たちは軍の仕事を請け負って奇形種ハンターをしているのだと、簡潔に身の上を明かした。
「それでは、商売仇ですね」
「そうだったの。どうりであの数相手に手慣れていると思ったわ」
ミチカがシャワーを浴びて出てくると、首筋と両手足の傷を丁寧に手当てしてくれる、コナ兄ことシシランは、終始穏やかな笑顔を絶やさない。
ファイがそれを横目でチラチラと気にしながら、
「ちっくしょう。タバコどこへやったっけな」
と、胸やズボンのポケットをバンバン叩いている。
この期に及んで分かったことだが、ヴォイドに対しては一度たりともこんな嫉妬のようなイラつきを覚えたことなどなかった。あの色男がミチカのことを何とも思っていないのを肌で感じていたからか? あいつにゃ悪いことをしたな────と、感情に任せて銃の使い所を誤った昨日を振り返る。
「タバコは身体に良くないよ。はいっ、ツッチ特製のイチゴタルト。うはぁ、この匂いがたまんなぁい」
客人にも一切れ取り分けて、甘い匂いの手作りタルトにパクリと食い付くサトミのあどけない挙動が、大人のつまらないヤキモキを吹き飛ばす。
「ニュートラルが奇形種ハンターだなんて、時代も大きく変わったものね」
豪華なテントの造りに熱い視線を注ぎながらミチカが言った。簡易シャワーまで備え付けられたこのハイブリット型テントは、人がゆうに10人は入れそうな広さで、しかも屋外にあるバイオディーゼル自家発電機で、いつでもどこでも融通の利くキャンピングが可能なようだ。
「始めてからまだ3か月です。それまでは僕たちも普通のニュートラルと同じように、平穏な暮らしをしていました」
シシランがそう言うと、突如、妹のコナギが鋭い口調で割り込んだ。
「平穏ですって? ただの堕落じゃない。今まで何もしてこなかったから奇形種ごときに村を潰されたんでしょ」
「村を潰されたの?」
ミチカが驚いて訊き返す。
「そうよ。私たちの村は3か月前に消滅したの。生き残ったのはこの6人だけ。あとは皆......食い殺されたわ。サトミがいなかったら......きっと私たちも死んでいた」
口調は尻すぼみに勢いがなくなり、色素の欠乏した少女の赤い瞳に悲しみの翳が落ちた。
辛いだろう......ミチカには、それが痛いほど分かる。
「なんだかお互いに似たような境遇ね。わたしも父を奇形種に殺られて、気付けばヤツらの追跡と駆除に明け暮れる日々。いったいあと何十年続くのか分からないけど、もはやこれは自分の天命なんだと思ってるの」
「天命────いい言葉ね。私、挫けそうになった時は今度からその言葉を思い出すことにする」
コナギは沈んた表情を気丈に引き締め、うなずいてみせた。
一般的にニュートラルは普通の人間よりも思考や外見が大人びている。ここに集う5人のニュートラルは、これでもミチカよりまだずっと年下の、おそらく10から16歳くらいだと思われた。
村が襲われるまでは武器など持ったこともなかったであろう彼らが、たった3か月でアルトゥール率いる軍部の精鋭小隊をも凌ぐほどの技量を身に付けたのには驚かされる。だがそれは、ニュートラルが元来持っている超人的な能力もさることながら、村を潰した奇形種への壮絶な憎しみがそうさせたのかもしれなかった。
手当てが終わると、ミチカは少々苦い顔をした。
「あとは身体に毒が回らないことを祈るしかないわ。仲間が一人このイボの毒にやられちゃって、チームが崩壊したばかりだから」
「まさか。ステップワートに毒なんてありませんよ。体液の臭さには鼻がもげそうになりますが、人体には何の影響も無いので安心してください」
シシランはなぜか気楽に構えている。
「そんなはずないわ。あれの興奮物質に侵されて仲間が大変なことに......」
どうなったかまでは、口に出して言えない。このことを「説明しなさいよ」とスグルに詰め寄った愚を、改めて恥じるミチカだった。
「奇形種にとっては興奮物質になり得るでしょうね。実際のところ、ステップワートは突起物から体液を放出させることで、神経を高揚させて獲物を捕食したり、交尾を行ったりしているようですから。ですが僕たちも不意を突かれた時には傷を負いますが、人間である以上特別な症状などは出ませんよ」
シシランの解説に、ミチカはどこかすっきりしないまま首を傾げる。人体に影響は無いと言われてもヴォイドはあの時確かに......
「お仲間はどのような症状だったのですか? 今後の参考のために聞かせてください」
知的好奇心の強いニュートラルが、情報収集の一環として何気なく放った問いに、
「興奮したのさ。普段はクールなやつが、ちょいと下半身を暴走させちまったのさ」
ミチカでは答えにくいだろうと、ファイが首を突っ込んだ。これでも本人は遠回しに言ったつもりだった。
ガシャン!
突然、タルトの皿が床に落ちて粉々に割れた。
「ああ、サトミ」
ツッチと呼ばれるニュートラルがすかさず少女を抱きしめた。
「......だよぅ......」
小さな身体を震わせて、サトミは彼女にすがりつく。
「ヤだよう......ヤだよう......」
涙声で繰り返す言葉の意味は、そこにいる真相を知らない者にも何かしらの恐怖を訴えかけているのが分かった。
「大丈夫か嬢ちゃん。オジサン、マズいことを言っちまったみてぇだな」
悪気のない男を責める者はいないが、状況を考慮してファイはすぐにテントを出た。後を追ってシシランも外に出てきた。
「申し訳ありません。僕が余計なことを尋ねたばかりに」
「いや、俺の方こそ配慮ってやつを欠いちまった」
ファイは胸ポケットを探ってみたが、さっき切れているのを確認したばかりのタバコが見当たるはずもなく、軽く舌打ちをして手を引っ込めた。
「けど、サトミの怖がりようは普通じゃねぇ。兄さんよ、サトミに何があったのか、もし知ってるなら教えてくれねぇか」
ファイの性格からすれば、どうしても知っておきたいところだ。
「分かりました。すべてをありのままに、とは言えませんが、僕が言える範囲でお話しします」




