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霧が立ち込める早朝7時半。
迷彩塗装を施した2台の軍用ジープと兵員輸送車2台が、湖畔のキャンプ正面に停車した。
長い金髪を閃かせて先頭車両から颯爽と姿を現したのは、ヨーク最高司令官アルトゥール=ユーウィン。
「あーらあらあら、エロ息子自らお出まし? 朝からキツイわね」
本人には聞こえない小声でミチカが毒づく。
今回の奇形種掃討作戦に当たるヨークの人員は、司令官を含め総勢15人。昨日より夜を徹して激走してきたのジープの荷台には、武器や弾薬も豊富に詰め込まれている。
真っ白な上級軍服に嫌味なほどの数の勲章を散りばめたアルトゥールが、笑顔で挨拶をしてきた。
「ごきげんよう。ミチカ=グリーヴ......ファミリーネームは何でしたっけ?」
「フルネームで呼ばなくて結構よ。アルトゥール=ユーウィン司令官殿。その節は数々の支援物資を賜りまして、並々ならぬご厚意に感謝しております」
ミチカも笑顔で接した。お互いに世知辛い脚色で仕立てた上っ面であることは言うまでもない。
「時に、キヌアはどうしていますか。今でも行動を共にしているのでしょう?」
これが若い好色司令官にとっての、目下の最重要目的なのであろう。
「ああ、なんてタイミングの良いこと。昨日から彼とは別行動で動いているんです。ですからもうここにはいないんですよ」
「そんな......久しぶりに会えると思っていたのですが、残念ですね」
露骨に肩を落とすアルトゥール。彼は一挙手一投足が実に分かりやすい人物だ。
対するミチカは、こいつには一言も二言も言ってやらないと腹の虫が収まらない。
「先日は、わたしたちが報告に立ち寄った際、相も変わらず司令官お得意の心理作戦を駆使なさったようで、その見境いのないバイタリティーと強欲......失礼、剛腕振りには本当に感服いたしますわ。その後なぜか送られてきたメールの内容も、実にアルトゥール様らしいアクの強い事後報告。キヌアも畏れ多すぎて司令官殿にはもう気軽に近付けないようなことを申しておりました。重ね重ね敬服いたします」
大仰な身振り交えつつ、作った笑顔をますます歪に破顔させる。
「畏れ多いなどとそんなことは考えず、遠慮なく会いに来てくれて構いません。私ならいつでも寝室を空けて待っていると、今度キヌアに会ったら伝えてください。それから、彼が軍に復帰する気があるのならどこでも希望する役職を与える、とも」
雄の匂いが全く感じられない艶やかな金髪と雪のように白い肌、そして柔和を装う灰色の双眸。あまり長く見ていると、ミチカはその虚飾に吐き気を催してしまいそうになる。
「寝室を開け放って就寝なさるなど、さすがは奔放闊達な司令官ですこと。どなたにもアチラの窓口を解放なさるのはご自由ですが、間違って奇形種に寝室を明け渡さないようお気をつけくださいませ。あらまあ、わたしったら余計な心配でしたかしら! 司令官殿相手では奇形種ごとき、アソコも尻尾もクルッと巻いてたちどころに逃げてしまいますわね。クルッと巻いて逃げ出す奇形種を想像しただけで半日笑えますわ、おっホッホ。ヤダ、わたしったら下品なことを申しましたかしら、ご気分を害されたらゴメンなさい。さて、どうでもいい話は置いておいて、そろそろ本題に入るとしましょうか。この地域に巣食う危険奇形種を是非とも司令官殿のお力で片っ端からご退治願いたいのです。まずは西にある妖鳥の巣の撤去からよろしくお願いします」
よどみのない口調で捲し立てる赤髪を見て、全くいけ好かない女だとアルトゥールは鼻を鳴らす。総督のお気に入りでなければ今頃は侮辱罪で訴えてやるところだとイライラしながら、本陣のテント設営をしていた部隊の隊長を手招きで呼び寄せ、地図を片手に指示を出す。
ファイはと言うと、ジープの荷台に積まれた弾薬類を吟味し、隊員にタバコと交換しないかと持ちかけていた。手榴弾と時限爆弾。できればこれらも入手しておきたいところだ。
8時前。朝露に濡れたバイクのシートに、ミチカが跨った。
「ファイ、わたしは部隊と一緒に撮影に行ってくる。あなたはキャンプにいて頂戴ね」
「10人もいりゃあ誰かが代わりに撮影してくれるんじゃねぇのか。この霧だ、はぐれでもしたら厄介だ。今日くらい大人しくして......」
「それじゃ、後は頼んだわよ」
昨日場所を確認しておきながら2人では到底乗り込めなかった鳥の巣へ、ミチカは先陣を切ってバイクを走らせた。
「ったく、向こう見ずなやんちゃ姫だぜ。ノリカはもうちょっと慎重なやつだったんだがなぁ」
隊員を上手く丸め込んで上々の物々交換を果たしたファイは、キャビテーションで使うことになるであろう種々の武器弾薬を、改造ジープの荷台に移し替えた。
目覚めたはいいがこの問題のある体勢をどんな顔をして解消しようかと、スグルは数秒考えた。
地面に座り膝を立てた格好で寝たはずが、一体いつからこうなっていたのか......ヴォイドの太腿を枕に横向きに寝転がっていた。しかも目を開けると、神の手で創られたかのような麗しい顔が、真上から自分を見下ろしている。
「はぁ......朝からしんどい」
心拍数を上げないためにも直ちに身体を起こし、顔も合わせないようにして岩の隙間から這い出した。
「支度が済んだら北東へ向かいながら食料を確保する。それまではもうこれしか食べる物がない」
ヴォイドが手にした皮袋の中には、コーンビーフの缶詰が1缶あるだけだった。いざという時に備えてそれには手をつけず、身支度を整え夜明けと同時に出発する。
スグルは少し後悔していた。今からでも遅くない、どうにかして彼をキャンプに連れて帰れないだろうかと考えた。
「やはりミチカさんたちと合流した方がいいと思うんだけど......この先、食料や奇形種の分布状況を考えると2人だけじゃ危険すぎるかも」
「そんなに俺と2人きりは嫌か」
「そういう意味で言ったんじゃないよ」
それも含めてのことだったが。いや、やはり「そういう意味」が大きな要因を占めている気がしてきた。最低でもあと5日。昨夜のように2人きりで夜を過ごさなければならないと思うと、食料などよりそっちの方が不安だ。
誰か足を踏み入れた者がいるのか、辛うじて形を成す道が続いていたのでそれを頼りに進んで行くと、猫ほどの大きさの小型奇形種に出くわした。種がそもそも小型なのかまだ幼生なだけなのかは判別できなかった。退治するより先に小型の獣は逃げ去って、それ以降は危険なものには遭遇しなかった。
「あ、こんな所に竹が生えてる」
スグルは立ち止まり、青々と茂った竹林を感慨深げに見つめる。
「ヴォイドさん、この竹を1本、剣で切ってくれる?」
「何に使う?」
「水筒を作る」
スグルの手先の器用さと言ったら。
図面を瞬時にイメージし、それを具現化するまでにさほど時間を要さない。
「それは?」
と、余った切れ端で作った細長い棒のような物について、ヴォイドが不思議そうに訊ねる。
「これは箸といって、日本では食事をする時に使う物。こうやって、食品を摘むんだ」
「摘む? どう考えても刺した方が早そうだ」
箸など見たこともないヴォイドには、どっちみち無用の長物だろう。
2時間ほど歩くと、運良く小川が見つかった。
そこで魚を捕まえて焼いて食べた。即席で作った4本の竹水筒に、水も十分確保できた。
生きるために物を作る────遥か昔から人間がやってきたことだ。この世界に来ても、スグルは手ずから色んな物を作ってきた。それはどれも、人の役に立つ物だったはずだ。
ならばなぜ、スグルアカツキは人を殺すためにあんなものを作ってしまったのだろうか────




