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前を行くシャドウファントムのブレーキランプが点灯した。
「どうした」
バイクにジープを横付けして、ヴォイドが声をかける。
「すぐそこに気配があるわ。一体じゃない......囲まれてるかもしれない」
奇形種に迫るミチカの嗅覚は絶対だ。
ファイがすかさず一丁を彼女に投げ渡し、自分はスグルからもらったショートバレルを握りしめる。
「この地域で目撃が報告されているのは、怪鳥と吸血昆虫、人食いワニ。ワニは湖周辺だけだからもうちょっと先ね。固まって行動しましょう」
緊張感が一気に高まった。スグルはジープの助手席に移され、ファイがその後部座席に立って銃を構えつつ、低速で進行する。ミチカもジープのすぐ横を走る。
まばらに生えた低い雑木のどこかで、鳥の鳴き声がした。しわがれた、カラスに似た声だ。
日が暮れていないのが幸いであった。雑木の密度も視界を狭めるほどのものではない。
どこから来るか────
「上よ!」
ミチカの声と同時に、上空から黒い影が旋回しながら舞い降りてきた。
「新種だわ。撮影する」
数秒もかからなかった。胸ポケットから小型カメラを取り出して、パシャリ。それでOKだ。
直後、ショットガンが火を噴いた。
ギエェェェ────!
胴体を撃ち抜かれた黒い鳥は、たちまち地に落ちた。
だがミチカは緩まない。敵は”一体じゃない”のだ。
バサバサと複数の羽音が四方から接近してきて、空はまるで暗雲の広がりのように黒鳥の群れで覆い尽くされた。
「座席の下に隠れてろ」
とヴォイドに言われ、スグルは足元のスペースに身を屈めた。
鳥の騒がしい羽音と断末魔、加えて銃声の轟きが頭上で入り乱れる。
バサリ、とスグルの目の前に怪鳥の死体が降ってきた。鳴き声や羽の色はカラスのようであったが、間近で見ると嘴の代わりに付いているのは獰猛な肉食獣の口であった。
突かれる程度じゃ済まされない。これに齧られたらごっそり肉を持っていかれるだろう。
「こりゃまたスゲェ数だな。スグル、荷台から弾を取ってきてくれ」
本来連射しにくいタイプの銃がファイの神業で倍速以上のうねりをあげ、あっという間に手持ちの銃弾を消費していた。
「お前はここにいろ。俺が行く」
ヴォイドがバスタードソードを片手に車から飛び降りて、荷台の幌を取り外し、散弾の詰まった箱をファイに放り投げた。
それを受け取るほんの僅かな間に、ファイは鳥の鳴き声とは別の奇声を耳にした。
「何だありゃ? まぁたおかしな珍種が出てきやがったぞ」
全身イボだらけの茶色い物体が、4......5......6本足で立っていた。大きさならトラかヒョウといったところだが、見かけはファイの言うように、かなりの珍種だ。
ミチカがカメラを構えた。
だがシャッターが切られる寸前に、空から黒鳥の追撃が襲いかかる。
「きゃっ!」
鋭い歯牙が腕を掠め、ミチカは危うくカメラを落としそうになった。
撮影にしくじった────しかもこの状況で。
6本足のイボ珍獣が、隙のない動きでジープの正面に回り込む。ファイもヴォイドも武器を構えているが、撮影が終わらなければ動けない。
「ミチカ、急げ」
ファイのショットガンではミチカに纏わり付く鳥を狙えなかった。拡散した弾が誤って彼女を傷つける可能性があるからだ。
醜い小突起を散りばめた茶色い体躯がボンネットに飛び乗ると、その機敏な動作に加わったある要素が周囲を席巻した。イボから吹き出た赤い汁。その汁が発するものすごい悪臭。
鳥から逃れたミチカがカメラを構え直そうとしたその時、
グオォ────! それがイボ珍獣の奇声であったが、なんと今度は彼女の背後から聞こえたのだ。
「伏せろ!」
ヴォイドが、ミチカに飛びかかってきたもう一体の攻撃を身を呈して防いだ。
上空には怪鳥の群れが旋回し、地上の獣は2体になった。しかもそれらは雄と雌のつがいのようで、後から来た方はイボの先端が尖って緑がかっている。
「写真を2枚撮ってる暇なんかねぇ。ここは一旦退却だ」
ファイは地に伏せたミチカの手を取って起こし、バイクのシートに跨がらせると、
「ヴォイド、エンジンをぶっ飛ばして湖へ向かえ。死ぬんじゃねぇぞ!」
急発進したメタルボディのシート後部に乗って、ギリギリまで獣の足元に威嚇射撃をした。
その隙にヴォイドがジープに乗り込んで、サイドブレーキを解除する。
アクセルを踏んでジープも発車した。10秒後には、時速100㎞で奇形獣を振り切っていた。




