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”キヌア”────
大剣に刻まれた、今はもう捨てたはずの名前を眺めながら、ヴォイドは2年前の追憶に浸っていた。
それはあの森を見る度に、繰り返し心に蘇ってくることだ。
「両性具有といっても、皆が皆同じではないのです。たいていはどちらかの性器に優劣があって、その優劣が思考を左右しているのです。しかし私の身体は、ほぼ完全なニュートラル。性の優劣が無いのです。確かめてみますか?」
出会ったばかりのよそ者であるというのに、レージュは警戒するどころかむしろ積極的に手を取って森の奥へと誘った。そこで恥じらいもせず下半身を露出して、目の前で股を開いてみせた。
男性器と女性器が完全な形で確認できた。心はどうなのかと訊ねると、あなたが男なら私は女でいましょうと言って、何事もなく服を身につけた。
会うのはいつも外輪から離れた森の奥の、草木の生い茂る小川の縁だった。夕暮れには蛍が飛んでいたのを覚えている。そこで彼女は、ニュートラルの驚くべき実態を語ってくれた。
「どうやら私たちの祖先は日本人らしいのです。これは長老様や内輪の老年者しか知らないことなのだけれど、私は4歳の時に、お爺様が話しているのをこっそり聞いてしまって。その時の恐ろしかったことといったら......。今でも64分の1の確率で生まれてくる黒髪のニュートラルは、産声を上げる前に死産にされるのだそうです」
やがて深い仲になり身体を結ぶと、彼女は何も包み隠さなくなった。
ニュートラルは普通の人間には敢えて伝えていない技術を隠し持っている。遺伝子操作やインターネットの拡張、高度な航空技術など。それはどうしてか。これらによってニュートラルの秘密が暴かれることを恐れているからだ。
また先人たちはどこかに研究所のようなものを持っていて、そこで遺伝子の研究がされていたようだ。その研究所の名は────キャビテーション。
そんなことを俺に話してもいいのかと訊ねると、
「気を悪くしないでほしいのだけれど、私はなんだかあなたが普通の人ではないように感じるのです。ひょっとするとニュートラルよりも進化した人間なのではないかと、時々思うのです」
と言って、小さく笑った。
彼女は気高い理想を掲げていた。
いつかニュートラルと一般の人間が手を携えた時こそ、人類は大きく飛躍する。彼らとあらゆる技術を共有し開発を進め、次こそは地球に完全な平和をもたらす科学の発展に力を注ぎたいのだと。
────だがその夢は叶わなかった。
ある日、いつもの場所で身体を重ねているのを友人のニュートラルに見られてしまった。
きっと彼が長老に告げたのだろう。それ以降、彼女はそこへ姿を見せなくなった。
ミチカに頼んで家まで様子を見に行ってもらったが、返ってきた知らせに愕然となった。
「レージュが死んだ」
それを聞いて目の前が真っ暗になった。
昇進を目前にして軍隊から離脱し、ヨークを去る決意をした。
ヨークの総督から言い渡されていた、陸上第三部隊指揮官への昇進をかけた任務は、ついに果たされることはなかった。
『ニュートラルの隠された実態を探れ』
あの日ミチカを探すためだけに森へ行ったのではない。その任務のために赴いたのだ。
果たして、レージュに心惹かれていたのだろうか。名前を捨てて生きようと思ったのは、彼女へのせめてもの罪滅ぼしなのか────




