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Notorious Virgin - 奇形種に愛された少年 - (R-15ver)  作者: 樋口奏
BASE2 モーバル
11/69

 深夜、モーバルの町に巣食っていた奇形種は排除された。

 それを成し遂げた3人がテント小屋に帰還すると、スグルの姿が見当たらない。


「スグル、どこなの?」

 報告書を作成するより先に、ミチカはスグルを探し始める。

「ミチカ、裏だ」

 テントから延びた電気ケーブルを辿った先にヴォイドが見つけたのは、無心でジープの改造に励んでいる少年の姿だった。いつ設置したのか、日が暮れても作業できるよう蛍光灯まで取り付けて。ほの白い明かりに照らされたその額には、薄っすらと汗が光っている。


『おカ......リ』

 アシモといえば、胸元のランプが赤色の点滅状態で、どうやら充電切れのようだ。それさえ気づかないほどに、スグルは夕方からずっと作業に熱中していたのだろう。


「戻ったわよ」

 ミチカが声をかけると、

「あ......お疲れさま」

 小さなエンジニアは、油まみれの手で額の汗を拭った。


「あなたもお疲れさま。コーヒーを入れるから中へ入ってらっしゃい」

「もうちょっとで終わるから......これを済ませたら、片付ける」

 それから40分────

 ミチカがパソコンでクモ男の報告書を送信し終わった時、スグルがようやくテントに戻ってきた。


「あなたの描いた似顔絵のおかげで仕事が早く片付いたわ。今回最もお手柄だったのはあなたね」

 スグルにコーヒーカップを手渡すと、ミチカは機嫌よくウインクをしてみせる。

「パドルスクに着いたら、絵描きでも機械工でも食っていけそうだな」

 ファイはここ数日の疲れがどっと出たのか、早々に毛布を被って眠そうな様子だ。

「パドルスクまで、あといくつ町があるんですか?」

「町っていうか、要塞が一つ。それから......山が......」

 言い終わらないうちに欠伸をしてそのまま目を閉じてしまった。


「距離にすると700㎞くらいかしら。山を越えた先に、それはもうびっくりするくらい大きな都市があるわよ。楽しみにしてらっしゃい」

 ミチカはバレッタを外し、ブラシで肩下まである髪の毛をとかす。彼女のバイタリティを視覚化しているかのような、燃えるような赤だ。その赤髪も今日は相当疲れたのか、いつもより少し早めに眠りについた。


 アシモは40分前から充電中。2つの寝息を挟んだ先にいるもう一人は......


 さっきからずっと、ヴォイドは剣に付着した蜘蛛の糸を砥石で擦り取っていた。全長およそ150cm、幅は30cm弱といったところか。よくゲームのキャラクターが背負っているような。それがあれば大型の奇形種が相手でも遜色無く立ち向かえそうな大剣の刃先を膝に乗せ、丹念に研いでいる。


 スグルは、言いそびれる前に言っておくことにした。

「あの......ありがとう。蜂蜜」

 単なる社交辞令だが、日本にいる時にはそれすらほとんど言ったことがなかった言葉。だから少しぎこちなくなったが、タイミングは間違っていないはず。それとも、今更何をと思われるだろうか......。

「別に。感謝されるほどのことでもない」

 返ってきたのはいつものように素っ気無い言葉。だがこれくらい温度の低い会話の方が、スグルにとっては好都合だった。


「僕も、この町に一軒だけあった金具屋に足りない部品を買いに行ったら、ミチカさんにもらっていたお金を全部使い果たしてしまって......同じですね。この時代では財布が火を噴いてるって言うのかな。一文無し」

 今日のスグルは、長時間機械に触れて機嫌がいささか良すぎるくらいだった。

 どこの誰がしゃべったのかと一瞬驚いたようにヴォイドが顔を上げて、ミチカとファイの眠る先にあるほんの少し晴れがましさを浮かべた顔を見つめる。スグルは慌てて視線を背けた。


「メンテナンスにかかった費用は別途に払うよう、ミチカに言っておく。いずれにしろ財布の紐を握っているのはいつの時代も女だ。お前の時代でもそうじゃなかったか」

「......うん、そうだった」

「戻りたいか? 平和な時代に」


 スグルはちょっと考えて、結局結論が出ないまま、首を傾げただけだった。

 戻るということは、あの死ぬほど退屈な日々に帰って生きなければならないということか。若しくは、戻って違う生き方ができるのだろうか────ミチカのように、いつか訪れるかもしれない幸せを信じて。





「おいおい。政府に返品できねぇぞ、これじゃ」

 翌朝、ジープの変わり果てた姿を目の当たりにしたファイは、あんぐり開いた口から咥えたタバコを落としかけた。

 手で受け止めて「アチッ!」と言って口へ戻し、呆れたような顔で車体を眺める。

「こりゃまた......」

 変わり果てたというか......改良のしすぎというか。


「あら、すごくいいじゃない。あのぽんこつボロボロにはいい加減うんざりしてたのよ。デザインもなんだかスッキリして、断然こっちの方がカッコイイわ」

 ミチカならそう言ってくれるとスグルは思っていた。エンジンの点検をしているうちにあれもこれもと熱くなって、気付いたら10か所以上も改良していた。だが実際に乗ってからが本当の驚きどころだ。


「スグルが自腹でやったそうだ。ミチカ、この費用はちゃんと払ってやれよ」

 昨夜の言葉通りのことを、ヴォイドが口にする。

「ええ、もちろんよ。ちゃあんとオジサンの小遣いからしょっ引いてスグルに返しておくから、ご心配なく」

「おぅい」

 モーバルでは若干見せ場の無かったファイだが、ジープのエンジンをかけた途端、

「スゲェ......音が違う。ぶっ壊れてたガードやフェンダーミラーも直ってらぁ。何だこりゃ?」

「背もたれのシートがかなり傷んでいたので、新しく張り替えるついでに冷却クッションを付けてみました。その中に水を入れておくと、夏場は体感温度が3から4℃ほど低くなるし、いざという時の給水タンクにもなるから」

「憎いことしてくれるじゃねぇか、エンジニアさんよ。オジサン涙が出てきそうだ」


 次のキャンプ地へ向かって、ファイが勢い良くアクセルを踏み出した。

 スグルはゴーグルを装着し、それからマーケットで購入した、顔半分を覆う防塵マスクの付いたフード帽を頭にすっぽりと被った。

 天気は良好。3分の2の重量に軽量化され、燃費も機能も格段に向上したスグル式改良型ジープは、快音を轟かせて砂漠の海へと走り出た。

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