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黒い、巨大な亀甲のような形をした要塞が、殺風景な砂地の景色に浮かび上がる。
その名もヨーク────この世界に13か所存在する主要軍事基地のひとつである。
グローバルという統合社会にも軍事力は必要であった。
政府は敵とみなした存在を軍事力によって討伐している。暴徒や反乱分子の鎮圧、犯罪者の検挙、危険奇形種の駆除など────遥か昔の大国が保有していた規模には及ばないが、平和を維持する上で必要最低限の兵力を各地の拠点に配備し、様々な有事に備えていた。
「いつ来てもここは好きになれないわ」
バイクのスピードを緩めながら赤髪がボヤく。
半年に一度、このヨークに立ち寄って直接任務報告をしなければならない規則だ。ミチカの仕事の依頼元は、この要塞の主であった。
ゲートで登録証を提示し、ゲストハウスが建ち並ぶ区画へ進入する。警備兵たちが、艶めく漆黒のオートバイと一風変わった形の軍用ジープが通過するのを、物珍しそうに見送る。
ゲストハウスとは、ミチカと同様に軍から個別に依頼を受けて活動している者や、政府関係者、その他軍部に関わる要人などを迎え入れる簡易宿泊所のことだ。要塞の東側に、腐食防止の黒い樹脂塗装を施された丸太造りのロッジが10棟。脇には駐車スペースも十分確保されている。
その中の一棟に、今夜は一泊する予定だった。
一行は荷物をロッジに運び入れた後、順次にシャワーを浴びた。いつものテント小屋よりずっと広く、ベッドも人数分備え付けられていて居心地は良さそうだ。
「ファイ、報告につき合って。エロジジイの過剰な接待を一人で受け止めるなんて、こんなうら若き乙女じゃ無理だから」
「 乙女ってガラかぁ? じゃじゃ馬かおてんばの間違いじゃねぇのか?」
「あーら、それじゃ来月の小遣いもどうなるか分からないわね」
「オイオイ、冗談だって。喜んでお供させていただきますよ、うら若きオトメサマ」
カメラとパソコンとモーバルのクモ男が産み落とした卵を持って、ミチカとファイは早々に要塞の主に会いに行った。
スグルはさっき運び入れたケースからアシモを取り出し、ベッドに腰掛けてスリープ状態を解除する。
『ヨークに着いたの?』
目覚めたアシモの状況把握の的確さ。
「そうみたい。軍の兵士がたくさんいて、なんだか堅苦しそうな所だね」
話しながらスグルは充電アダプターをアシモの背中に差し込む。AIの発達が顕著なだけに、半日と持たないこの乏しい電池容量をどうにか改善したいと思っていた。
『ミチカはここの首領に気に入られている。でもミチカは首領を好きじゃない。報告にはいつもファイを連れていく』
「うん。さっきファイさんと報告に行ったよ。いつ帰ってくるのかな」
『夕食もご馳走になってくる。美味しい土産を持って帰ってくるかもしれないよ』
「そういえば、お腹が空いたら勝手に食べていいって言ってたな」
テーブルに食料袋が置いてあった。スグルは分厚い麻袋の中を探って、ココアを塗したナッツの入った瓶を取り出した。チラリとヴォイドの方を見たが、彼はずっとこっちに背を向けたまま、ベッドに横になって寝ているようだ。
「ミチカさんて何歳?」
その質問に、ロボットがある感情を示した。
『驚きだ。初めてスグルが人のことを訊いた』
言葉だけが驚いている。出力された電子音声はいつものトーンのままだ。
「ちょっと訊いてみただけだよ。低確率な事象に対して驚く会話を成立させたキミの知能にも驚きだよ」
『現在ミチカは20歳。ファイは42歳。ヴォイドは18歳』
「えっ......」
スグルは持っていた瓶を落としそうになった。思っていたよりミチカが若かったというのもあるが、何よりヴォイドが自分と一つしか違わないことに驚愕してしまった。
「この時代の人たちって、歳の割には皆大人なんだね」
再びベッドに腰を下ろして瓶の蓋を開けると、ココアの甘い香りが鼻腔をくすぐる。現在最も気に入っている28世紀の菓子は、日本で販売されていたチョコレート菓子よりも素朴な味で、こっちの方が好みだった。
『スグルが子どもなだけ』
アシモ......驚きを学習した次は、嫌味までマスターする気だろうか。
「キミにまで言われちゃったら立つ瀬がないよ。でも......最初は子ども扱いされて正直鬱陶しかったけれど、ミチカさんたちを見ていると自分の幼稚さを思い知らされてしまう。僕が生まれた時代の日本ていうのはとても生ぬるい社会で、周囲には陳腐な娯楽ばかりが氾濫していて、若者たちはひ弱で内面は腐っていて......」
口の中にナッツの香ばしさが広がっていく。これは貴重な栄養源だから一日3粒までよと、ミチカに言われている。
『最先端技術を誇った国なのに? それなら誰が日本の技術革新を担っていたの?』
「科学者たちだよ。一部の、まだマシな人間」
『それならスグルはまだマシな人間だ』
アシモのCPUチップが弾き出した言葉に、スグルはナッツを頬張った顔で苦笑する。
瓶に蓋をしてテーブルの上に戻す。食べ終わると、持て余すくらいに暇だった。
「ここって、軍事演習や兵器なんかを勝手に見学したらダメなのかな」
『ゲストハウスエリア内なら移動は自由。でも他の場所は許可が必要』
「そっか。戦車や戦闘機なんかの格納庫もあるんだよね?」
『ある。パドルスクの武器職人が作った兵器が格納されている』
「へえ」
『アルフレッド祖父さんは昔パドルスクで働いていた。パドルスクには非常に大きな工房がある』
「そうだったんだ......そこへ行けば退屈しなくて済みそうだなぁ」
そこまでの会話を、ヴォイドはベッドに横になって聞いていた。だがほんの5分足らずだろうか、うたた寝をして目覚めると、ロッジにスグルはいなかった。
ベッド脇の床で、アシモがアダプターを差し込まれたまま休眠している。すぐに起動させて居場所を訊くと、
『スグルなら退屈だからその辺を散策してくると言っていた』
その辺────ゲストハウスがどの辺りまでなのか、今日初めてここを訪れた者に分かるだろうか。
「まったく世話の焼けるやつだ」
ヴォイドは丸腰のまま外へ出た。
夕暮れ間近、敷地の北側で行われていた射撃訓練は終了し、ドーム型の堅固な鋼鉄砦の片側には、強い西日が差していた。




