クエストのご褒美はコーヒーと苺タルト
「……死ぬかと思った。いや、文字通り死の淵を見たよ、僕は」
クエス・ノーランは、いつもの『喫茶・銀の匙』の止まり木に、魂が抜けたような顔で座り込んでいた。目の前には、湯気を立てる琥珀色のコーヒー。これこそが、地獄から生還した自分への唯一の報酬だ。
「お疲れ様です、クエスさん。なんだか、いつもより服がボロボロですね?」
リーザがクスクス笑いながら、温かいおしぼりを差し出した。
「笑い事じゃないよ、リーザちゃん。カリーナの言った『腕利きの前衛三人』……あれ、どこが腕利きなんだい! 確かに体格は良かったけど、森の魔化猪が出てきた瞬間、三人揃って腰を抜かすんだから!」
「えっ、あのベテラン風の方たちが?」
「そうだよ! 結局、僕が必死に結界を何重にも張って、その影からカリーナが一人で全部なぎ倒したんだ。守られたっていうか、僕の結界が物理的にサンドバッグにされてただけというか……」
クエスは震える手でコーヒーカップを持ち上げた。思い出すだけでも、心臓に悪い。
「際どい辛勝、なんてカッコいいもんじゃない。あとの三人は実質ポンコツ……いや、カリーナが規格外に凄すぎるだけなんだろうけどさ。あんな戦い、僕の『マッタリライフ』の辞書には載ってないよ」
「でも」と、リーザがカウンターに身を乗り出した。
「報酬は、かなり良かったんですよね?」
クエスは、腰に下げた革袋を軽く叩いた。チャリン、と重厚な金貨の音が響く。その瞬間だけは、彼の顔に少しだけ余裕が戻った。
「……まあね。命の危険と引き換えに、一週間は一切の仕事をせずにカフェ巡りができるだけの軍資金は手に入れた。無理をした対価としては、妥当……いや、少し多すぎるくらいかな」
クエスは、メニュー表の「季節限定・苺のタルト」の文字を指でなぞった。
「今日はこれ。あと、お代わりは少し贅沢に、東方の国から届いたっていう最高級の豆にしてくれるかな?」
「はい、喜んで! さすが、成金さんは太っ腹ですね」
「成金だなんて人聞きが悪いな。僕はただ、一週間の『平和』を前払いで買っただけだよ」
一口、高級なコーヒーを啜る。苦味の後に広がるほのかな甘み。これだ。この瞬間のために、僕は生きている。
「あー……。明日からはまた、絶対にケガをしない、無理をしない、そして——」
「『ソロはしない』、ですね?」
リーザが声を合わせる。クエスは満足げに頷いた。
「そう。でも、カリーナのパーティには二度と入らない。あれは心臓に悪い。次は、もっとこう、羊を追いかけるだけのような、平和な依頼を一人……じゃなくて、五人くらいで受けることにするよ」
窓の外では、また新しい冒険者たちが騒がしく通り過ぎていく。
しかし、クエスの世界は、今この一杯のコーヒーとタルトの甘みだけで完結していた。
外の世界がどれだけ激動しようとも、この一週間、彼はただの「カフェ好きの青年」に戻るのだ。




