また朝がきた
もう一度朝がきた。
腕の中の妻を見つめる。
嬉しいが戸惑いも大きい。
昨日は妻の同意を得て一緒に眠った。
凄い進歩だ。
もし今夜眠りにつくまで世界があるなら、今日も妻と一緒に眠りたい。
けれど正直、それ以上の欲が出てきてしまった。
もっと長い時を妻と過ごしたい
今日明日ではなく、一年後も十年後も妻と日々を過ごしたい
そんな欲が。
どうせ今日で世界は終わるのだから、到底叶わぬ願いなのに。
ため息を吐いて妻の寝顔にそっと囁く。
「俺は君が好きだ」
言ってから気づく。
昨日はいったい、何度言えただろうか。
…あまり言えていなかった気がする。
俺のポンコツは年季が入っているな
呆れて上を仰いで、もう一度妻に視線を落とした。
「俺は君が好きだ」
妻の顔が、微かに赤くなった気がした。
◇ ◇ ◇
今日の目覚めは…目覚められなかった。
何かが聞こえた気がして意識が浮上して。私を抱きしめる夫がもぞもぞ動いたかと思ったら
「俺は君が好きだ」
そう聞こえた。
顔に血がのぼる。
私が寝ている間に何を言っているのか
思わず顔を夫の胸に寄せて隠す。
夫の手が、私の頭を更に引き寄せた。
逆らわずにされるままになったら、少し鼻がつぶれた。
…現実はロマンチックじゃない。
けれどそれでもちょっと嬉しくて、押しつけられた夫の胸の鼓動に耳をすます。
…少しだけ、早い気がする。
その原因が私なら嬉しい…。
◇ ◇ ◇
妻の作ってくれた朝メシを噛みしめる。
今朝の卵焼きも美味い。
下味のついた鮭はふっくらと焼けていて、塩加減もちょうどいい。
大根と油揚げの味噌汁も美味かった。
しみじみ味わって手を合わせた。
「ご馳走様」
「お粗末様でした」
そういえば…
「俺は君が好きだ」
「っ…!?」
妻が握っていた箸を落とした。
脈絡がなかった所為だろうか。悪いことをした。
だがーー
「俺は君が好きだ」
本当に、あと何回言えるかわからないから。次の瞬間には世界が終わっていても、全く不思議はないのだから。今言わなければ。
「後でまた、お茶に付き合ってくれないか?」
顔を赤くした妻が、皿の上に落ちた箸を拾い上げながら頷いた。
それを確認して席を立つ。食べ終わるまでずっと見られていては、妻も落ちつかないだろうしゆっくり食べられないだろう。
歯を磨いてからリビングのソファに座って、妻といったい何を話そうかと考える。さして良い考えも浮かばぬまま時間だけが過ぎ、妻がお茶を持ってきた。
まあ仕方ないか。
どうせ俺は気のきかぬ男だ。
諦めて開き直って、妻が座るのを待つ。
さりげなく…はなかっただろうが、妻の片手を握った。
少しでいいから妻に触れていたい
そう思うのは、仕方のないことだろう。だって俺は彼女が
「好きだ」
軽く頬を染めて視線を逸らす彼女が愛おしい。
「…君は俺に、何か話しておきたいことはないか?」
きっと俺に対する不満が山ほどある筈だ。時間は全く足りないだろうが、少しくらいは聞いておかないと申し訳ない。
そういうつもりの問いかけだったのだが、妻は
「そうね…」
と少し考えてから、
「今度、部屋の模様替えをしようと思うのだけれど、何か希望はある?」
と言った。
「…模様替え?」
予想もしていなかった話題に驚いて、思わずおうむ返しに繰り返した。
今日で世界が終わることを知らない故の妻の言葉。この先も俺と暮らしていくつもりの言葉…。
…胸が詰まる。
「ええ。ソファーカバーやカーテンなんかを」
もしも、この先も世界が続くのなら…そんな世界を夢想した。
もしもそんな世界があるのなら。そんな幸せがあるのなら。それなら俺はーー
「別に何でもーー」
いい。
そう言いかけた俺に、妻が少しムッとした。
「少しくらい意見をください」
「だが俺は君が選んでくれたものならなんでも構わないんだがな…」
そう続けると、妻は顔を赤くした。
俺はあまり物にこだわりはない。仕事で使うものなら多少のこだわりはあるが、こだわるのは機能性であってデザインではない。
妻の方が家にいる時間がはるかに長いのだから、どうせなら彼女がくつろげる空間にしてもらった方がいい。その方が俺は嬉しい。
それに
「俺は君好みの空間に住みたい」
俺は『妻の好きな物で埋め尽くされた空間』に住みたい。
「…………わかったわ」
視線を逸らして少し拗ねたような顔をする妻は可愛かった。




