まだ君と過ごせるのなら
まだ世界は終わらないらしい。
昨日確認した情報では、かなりの確率で昨晩中に、遅くとも二、三日中には確実に彗星が地球に衝突するという話だった。
ということは最大であと二日、妻と一緒に過ごせるのか…。
妻は今朝も一緒にごはんを食べてくれた。それに…寝惚けていたとはいえ、俺の腕の中にいてくれた。
…拒まれてはいないと、嫌われてはいないと、自惚れてもいいのだろうか。
歯を磨きながら考える。
もしそうなら。妻に嫌われていないのなら。
今日もしよう。
昨日の続きを。
今日も妻に好きだと告げて、妻のことをもっと知ろう。それと、俺のことも少し知って欲しい。
鏡を見て気合いを入れ直す。
昨日できたことが、今日できない筈がない。
俺は妻が好きだ。愛している。
今日もそう伝えよう。つまらないプライドが邪魔をして、今まで言えなかった気持ちを。
恥ずかしいとか慣れていないとか、そんな言い訳はなしだ。
もう時間がないのだ。
言い訳をしていられる時間は、もうないのだ。
側から見れば、きっとひどく不恰好だろう。だが、そんなことはどうでもいい。
妻にあんな誤解をさせたまま死なせる訳にはいかない。結婚した相手に、ただ利用されているだけだなど…そんな寂しい思いをさせたまま死なせたくない…。
それに…嫌なのだ。妻にそんな風に思われていることが。
そんな誤解をされたまま、妻との隔たりを感じたまま死にたくない。
昨日のあれだけで妻に俺の気持ちがきちんと伝わったとは、とても思えない。
何しろ今までが今までだ。
何度も何度も。できることなら妻がうんざりするくらい繰り返さなければ。
そう意識していないと、俺はすぐに逃げてしまう。妻への愛と感謝を伝えることから。
忘れてはいけない。
俺はヘタレなポンコツなのだ。
鏡に向かって頷いて、妻の元へと向かった。
◇ ◇ ◇
「今日は何か予定はあるのか?」
朝食の片付けをしていると、夫から声をかけられた。
チラリと振り返って答える。
「いいえ、特には」
「ならーー」
「あ、でも買い物に行こうかと」
そう言うと、何故か夫は難しい顔をした。
「…それは今日じゃなきゃダメか?」
「え……?」
「どうしても今日買わなければならない物でもあるのか?」
………そこまでのものはないけれど…
「……ないけど」
「なら別の日にしてくれ」
妙に強い口調の夫に驚く。
「え?」
「今日も君と一緒にいたい」
そして続けられたストレートな物言いに、思わず顔が赤くなった。
こういうやりとりは、本当に慣れていないから…。
「迷惑か?」
これには首を横に振った。
昨日も、戸惑いはあったけれど嫌ではなかった。
夫は、私の答えにほっとしたように見えた。
◇ ◇ ◇
昨日に引き続き、夫と一緒に過ごして夜になった。
「その…今日も一緒に眠ってくれないか?」
夫の少し躊躇いがちな問いかけに戸惑う。
一緒に眠るってつまり…
夫婦の営みを要求されているのだろうか。
確かに昨日と今日で、夫とのわだかまりは少しなくなった気がする。
とはいえ、まだそこまでするには抵抗があった。たとえ以前していたこととはいえ…。
けれどデリケートな問題なので、はっきりと拒むのもはばかられて、じっと夫を見つめた。
私がどうして躊躇しているか気づいたのか、夫は慌てたように少し早口で付け加えた。
「いや、決して何もしない」
…そう言われても…
そういうのは様式美だとか、どこかで聞いた覚えがあるし…
返事に困って黙っていたら、
「年次決算に誓おう」
…よくわからない物に誓われてしまった。
夫は真面目な顔をしている。
誓いを破ったらどうなるのかさっぱりわからないけれど、おそらく本気で言っているのだろう。
なんとなく、嘘はつかれていないような気がした。
だから
「わかったわ」
そう頷くと、夫は酷く嬉しげな顔をした。
夫の腕が、私を抱きしめる。
昨日もされたことだけれど、昨日はリビングの床だったし、夫は酔っていたから…。
素面の夫にベッドの上で抱きしめられているというこの状況は、酷く落ちつかない。
「あ…の…」
「ん?」
「…何もしないのでは…」
「ああ、何もしない」
落ちついた声で答えた夫は、私を抱きしめる腕に力を込めた。
…どうやらこれは、何かしたうちには入らないらしい。
確かに行為めいた何かかと聞かれたら、違うと答えるしかない。
つまり夫は、約束を破っていない。
ただ抱きしめられて、一緒に眠るだけ。
…昨日もしたことだから。
別にこれくらいどうってこと…
…そもそも夫婦なんだし…
自分に言い聞かせて、そっと目を閉じる。鼓動が早くなるのはしょうがない。
…夫の鼓動も早いのは…少し嬉しい…




