第39話 届かぬ叫び声
「そうかい……。俺をここに呼んだのは殿下だったのか……」
ジェイがため息混じりに言った。
問いかけとも独り言ともつかぬ言葉に、アンナは小首をかしげた。
「さあ、どうかしら」
無表情の彼女の瞳からでは本心がうかがい知れない。
しかしいくら大人の世界に疎い私でも、ジェイがジュスティーノ殿下のもとへ行けば、ただではすまないことは容易に想像がつく。
それでもジェイは抵抗しなかった。
半ばあきらめたかのように、首を横に振った。
「では、早速行ってくるとしよう」
顔がこわばっているのが自分でも分かる。
(行っちゃダメ!)
口に出せない言葉を瞳に込める。
ジェイはとても落ち着いた声で言った。
「少し遅くなるかもしれない。もし明朝までに戻らなかったら、先にヘイスターへ帰るんだ。いいね?」
私を心配させまいとしているのか、小さく口角を上げている。
ひとりでに目じりに涙がたまってきた。
すぐにでも彼の胸に飛び込んで、引き留めたい。
でもそれはできない。してはならない。
だからただ唇をかみしめるしかなかった。
ジェイはそっと私から目をそらして、アンナに向き合った。
「彼女が安全にヘイスターへ帰れるようにして欲しい。この通りだ」
ジェイが頭を下げる。
アンナは淡々とした声で答えた。
「安心なさい。処刑台の上に人を送り届けるのも兵士の役目だわ」
ヘイスターの領主は『処刑台に立たされた貴族』とあだ名されている、と聞いたことがある。
つまりアンナは私のことをヘイスターまで安全に送ってくれるつもりらしい。
素直じゃないのは彼女の性格なのか、それともジェイの前だから強がっているのか、私には分からない。
ジェイもまたアンナの真意をくみ取ったようで小さく笑った。
「ありがとう」
まるで別れ文句のような哀愁が漂う一言に、私の感情が弾けた。
「待って! ジェイ!!」
ジェイは私の言葉を聞かずに、一歩二歩と離れていく。
私は彼の背中を追いかけた。
しかし……。
――ガシッ!
アンナが私の腕をつかんだ。
「離して! 私も付き添うんだから!」
「わきまえなさい。爵位もない小娘がやすやすとお会いできる相手ではないの」
「いやっ! ジェイ! 行かないで!」
ジェイは振り返らなかった。
薄く積もった雪の上に足跡だけを残して彼は立ち去っていった。
ただ茫然としながらその背中を見送ることしかできない。
無力感に打ちひしがれた私は雪でドレスが汚れてしまうのもいとわずに、その場にへたり込んでしまった。
だがその次の瞬間……。
「めそめそするな」
アンナがぐいっと私の腕を引っ張ってきたのだ。
私は彼女の力に負けるように立ち上がる。
そして目を丸くした私に彼女はため息交じりに告げてきた。
「あなたが何を恐れているかは知らないけど、ジュスティーノ殿下がジェイに何かすることはないから安心なさい」
「え……?」
「あなたとジェイが考えているほど単純な話ではないの」
「どういうこと……?」
なおも訳が分からずに首をかしげた私に対して、アンナは一瞥だけくれて背を向けた。
「……この国は腐ってる、ということよ」
そう言い放った彼女の声には、これまでにない強い感情がこもっていたのだった……。




