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AM10:20
東京駅 10番線ホーム
イベント開催まで、残り10分と迫った。
ホームには、イベントスタッフや駅員の他、抽選で選ばれた乗客、報道陣、鉄道マニアが溢れかえっていた。
反対側のホームの柱には、ビニールテープが張られていた。
ホームへの転落事故を防ぐためだ。
そのライン、ギリギリまで、カメラを持った鉄道マニア、所謂撮り鉄が、レンズをこちらに向ける。
「凄い人ね!」
エリスは、その凄さに舌を巻いた。
「以前居合わせた、ブルートレインの引退式を、思い出すよ」
「ブルートレイン?」
「ああ、寝台列車の事さ。
客車が青いから、そう呼ばれているんだ。
最も、新幹線や高速バスの発達、格安ホテルの登場で、その数はほとんど減ったけどね」
「へえ。
ダイスケって、鉄道大好きなの?」
彼は苦笑して答えた。
「友人に、鉄道マニアがいてね、その影響」
大介とエリスが話す傍ら、あやめは、自分のケータイに入っていた、メールを確認する。
(・・・もう、見つかったのね)
彼女は、2人に、ケータイの画面を見せて、言った。
「情報提供者からよ。
関係者の1人を、見つけてくれたわ。
妖怪よ」
「妖怪?」
「ただ、用事で横浜へ向かっているそうだから、こっちとはすれ違いになるわね」
「新幹線か?」
「そうみたい」
文面は、こうだ。
―――あなたがお探しの、踊子高校関係者と連絡が取れました。
小林と最も近い関係にあった、妖怪です。
現在、仕事のため、取引先のいる横浜に向かっているとのことです。
AM9:16、京都発の、“のぞみ4号”に乗車中。
以後、連絡が入り次第、お知らせします。
「小林と最も近い関係って」
「もしかしたら、恋人の可能性が高いわね。
人間世界になじんだ若い妖怪が、小林と恋に落ちた」
「可能性としては、有り得るわね」
エリスは頷いた。
「9時ジャストに京都を出たということは、今頃、静岡を通過した頃か」
「横浜で落ち合うのも、無理ね。
この列車、下田まで扉を開閉しないし」
「あやめ。
とりあえず明日、その妖怪と会えないか、聞いてみてくれないか」
「分かったわ」
そして、AM10:30。
進行役の案内で、ラッピング列車出発式が、スタートした。
幾多の報道カメラが向けられる中、レッドカーペットの上で、その男は、高らかと挨拶した。
「お集まりの皆様、そして、伊豆観光業界の皆様、全国のアニメファン、鉄道マニアの皆様、お待たせしました。
日本一の温泉大国、伊豆に再び活気を取り戻す、アニメ連動の地域活性化プロジェクト、「ペイン・シー プロジェクト」が今、ここ東京駅から、スタートします!」
拍手がおこる。
その姿は、エリスを襲い、大介を殴った時のような狂気は、見えない。
しかし、エリスは感付いていた。
倉田の目線が、エリスを捉えていることに。
(まさか、私を?)
そう考えると、気が気でなかった。
大介が、声をかける。
「大丈夫か?」
「え?・・・うん、平気」
「・・・」
彼の話は、その間にも、淡々と進んでいく。
「・・・協力してくださった、JR東日本関係者には、大変感謝しております。
それでは、主役に、登場してもらいましょう!」
大手を振って、そう叫ぶと、駅に高らかと鳴る、ミュージックホーン。
一斉に、向かいのホームから、カメラが向けられた。
ベースとなった列車、251系 スーパービュー踊り子が、白とエメラルドグリーンのツートンカラーにライトブルーのラインが入った車体を、ホームに滑り込ませる。
正面、ライト部分に、アニメのタイトル「pain sea」の文字。
ホームに進入するごとに、その外観が明らかになった。
熱海側2両、東京側1両の計3両がダブルデッカー、つまり2階建てになっている部分には、メインキャラの姿が、それ以外の車両には、そのキャラクターが伊豆の観光地をバックにした絵が、側面下部に描かれている。
構図や色も、列車本来の車体色、周辺景観を損なわないよう、考えられていた。
車体下部に描かれていたのも、そのためだ。
列車のラッピングは、特殊なシールを用いるのだが、それで窓が遮られ、車内からの景色が見え辛くなることを懸念して、あえて窓へのラッピングを避けたという。
周りを考えた“痛々しさ”という訳だ。
列車が停止線に停車した。
目の前に現れた、笑顔の主人公に、反射的に目線をそらすエリス。
倉田が退くと、メインキャラの声を担当した声優が、挨拶をし、列車に乗り込んだ。
既に車内には数名のスタッフと、あらかじめ神間刑事が乗車している。
次いで、倉田ら関係者、大介らトクハンの面々、時間を空けて、抽選で選ばれた乗客。
これで、全ての準備が整った。
「それでは、関係者の皆様、テープカットをお願いします」
進行役が言うと、JR東日本社長を始め、5人の関係者が、赤いテープ前に並んだ。
ホームの時計が、時間を刻む。
10時59分54秒・・・55・・・56・・・。
関係者が左手をテープに添え、右手に持ったハサミを、テープにかけた。
57・・・58・・・59・・・。
「それでは、どうぞ!」
・・・11時!
テープが切られ、拍手が再びホームを包む。
「出発進行!」
東京駅駅長の示差を合図に、特別列車が鳴らすは、警笛雑じりのミュージックホーン。
乾いたモーター音を響かせて、ゆっくりと日本の首都の玄関口を、発った。
そんな車内では、陰に隠れ、あやめが無線で交信中。
「こちら、あやめ。
3005M、東京駅を定時出発。
確認どうぞ」
隼が出た。
―――こちら“れいせん”
只今、東京駅上空。
これより、3005Mの警戒に入り、進行5km先を飛行する。
「了解。
次の停車駅、品川まで約6分」
―――あ、そうだ。
注文していたポンプと聖弾。
売店に、積み込んでいるから。
“下田運搬用”の張り紙がしてあるアイスクリーム用クーラーボックスと、傍の三脚用カバーに入っているぞ。
「ふふん。
お腹を壊すほど、刺激的な渡し方」
―――兎に角、伊豆急下田まで、何もなければいいが。
隼の心配をよそに、車体に描かれた女の子は、その笑顔をふりまきながら、大都会を疾走するのだった。




