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AM9:51
あやめのケータイが鳴った。
相手は宮地。
「先輩、どうかしたんです?」
彼女は、慌てた様子で、こう言った。
―――今、丸ノ内中央口なんだけど、赤の外国車が次々に集結しているわ!
こんなイベントの報告は、受けてないわ。
大至急、確認を取って!
「了解」
丸ノ内側というと、赤レンガの駅舎の方になる。
「おい、マジかよ!」
聞いたことのある声が。
こちらへ倉田たちが歩いてくる。
「そうさ。
あの連中は、信用できん」
「だからって・・・」
「おいおい、怖気づいたのかよ。渡部。
やられる前に、こっちからぶっ殺すんだ!」
その言葉を聞いて、あやめと大介が彼らの前に、立ちはだかる。
「おやおや、これは」
「一体何をしたんです?」
あやめが、強い口調で言う。
「正直に言おう。君たちは、信頼に値しない。
こんなに若い、しかも地元外の刑事が、俺たちを守れるわけがない」
「何っ!?」
「だから、兵隊を動かしたんだ」
「まさか・・・」
2人は顔を見合わせて、丸の内口へと走り始めた。
1914年に竣工した赤レンガ造りの駅舎は、貫録ある首都の玄関口として、丸の内に鎮座している。
竣工当時の駅舎は、戦時中の空襲で焼失してしまっており、現在は、開業100周年を前に復元工事が行われている。
2人が到着すると、既にエリス、宮地、高垣、深津の4名がいた。
大勢の目線の先。
中央口前に、何十台という数の車が、列を成して停車していた。
赤のクライスラー 300。
ワンメイク。
窓にはスモークが張ってある。
「どうなってるんだ?」
あやめは、深津に言う。
「倉田です!
彼が統率する暴走族を、動かしたんです!」
「あいつらを動かしたのか!」
深津の顔が、青ざめる。
「奴が統率する暴走族、「レッドスパルタ」は東海、いや日本一危険な暴走族だ。
リンチからシャブまで、まるで、犯罪のデパートさ。
警官の襲撃すら、躊躇なくやる、そんな連中だ。
ただ、メンバーの大半が逮捕、あるいは脱退して、勢力は最盛期の半数以下になったが、凶暴さと忠実心は健在だ。
噂じゃあ、いなくなったメンバーの穴埋めの名目で、武器弾薬も所持しているらしい」
すると、あやめの背後で
「いかがかな?」
笑みを浮かべ、御満悦の倉田がいた。
「彼らは、私の命令を忠実に聞き、行動します。
現場の警察官と同じです。
ですが、彼らの力は、警察官など比でもない」
「暴走族と警察官を、一緒にするな!」
宮地が怒る。
「いやー。そこまで怒らなくても」
「犯罪の最前線で働く警官が、犯罪者集団より下。
それだけで、心外ね。
まだ、そこまで、日本の警察は、落ちてはいないわ」と高垣。
彼は「その証拠を、見せますよ」と言い、スマートフォンに話す。
「全体、迎撃用意!」
その一言で、車の窓が開き、複数の自動小銃が顔を覗かせた。
「あれは、EM-2!?
イギリス軍に一時的に正式採用され、廃案になったハズの銃が、どうして?」
驚くエリスを知ってか、倉田はさらに、指示を出した。
「標的、狙え!」
銃口が、赤レンガの駅舎に向けられた。
こんなところで乱射されたら・・・。
幸か不幸か、通行人は、何かのイベントだと思っている。
咄嗟に、宮地と高垣が拳銃を構えようとした。
が、大介が、それを手で、制止する。
「撃っちゃダメだ!
挑発に乗れば、それこそ、乱射しかねない」
彼は、こみ上げる怒りを抑えながら、紳士的に接した。
命令口調なら、彼はさらに、挑発行動に出る。
そう、思ったのだ。
「倉田さん。
あなたの兵隊のすごさは、この目を持って体感しました。
我々の、完敗です」
「ダイスケ!」
「どうか、銃をしまって、解散していただけませんでしょうか?」
倉田は、大介の方を向いた。
彼の頬は赤らみ、有頂天に達しているようだった。
満足したように、「そうか、そうか」と言った後、指示を出した。
「攻撃中止。指示があるまで撤収!」
すると、EM-2が収納され、窓が閉じ、赤のクライスラー 300が次々と、駅を後にする。
最後の一台が去った後、倉田はエリス、大介、あやめを、人気のない駅員通用口へと誘った。
「ちょっと、話がある」と。
そこで一息つくと、拳で大介を殴った。
とっさの出来事に、誰もが、何が起きたのか分からなかった。
地面に倒れこんだ大介は、口についた血をぬぐった。
「ダイスケ!」
「大介!」
エリスとあやめが、彼に走り寄る。
介抱する2人に、「大丈夫」と言いながら、立ち上がった。
鋭い眼差しを、3人は向けた。
倉田の言葉は
「本当に、幻滅したよ。
あれは、ただのモデルガンだぜ?
そんなことも分からないのか。
モデルガンを向けただけで、完敗です?
笑わせるな!」
「・・・」
「もう、お前らに、警察官を語る資格は無いよ。
正真正銘の、チキン野郎だ。
ホンモノの拳銃、持ってるんだろ?
とっとと、それ使って、死ねや!」
そう吐き捨てると、倉田は、駅舎に消えようとした。
その時
「私達に、警察官を語る資格が無いのなら、あなたにも、私達を説教する資格は無いわ!」
あやめが、叫ぶように反論した。
「何だと?」
「あの状態では、例え100人の警察官がいても、100人が、大介と同じことをしたはずよ。
彼は、謝っただけじゃない。
挑発に乗らないように、周りの捜査官を押えていたのよ。
罪もない人々に、イミテーションだろうが、平気で銃を向ける。
そんなあなたの方が、ちゃんちゃらおかしいわ!」
「このアマ、ぶっ殺されてえか!」
怒鳴り声にも動じず、彼女は、倉田を指さす。
「あんたに言いたいことは2つ。
黙れ、立場をわきまえろ。
警官を殴ったら、公務執行妨害で、逮捕される。
言ってる意味、分かるわね。
今回は見逃すけど、逮捕されたくなかったら、大人しくしている事ね。
今度、何かしてきたら、全力で、あなたを潰す!
エリスと大介。
私の、大切な仲間に傷をつけた罪は、重いわよ!」
“逮捕”という単語は、倉田を大人しくさせた。
「ガキが!」
吐き捨てるように叫んだ後、彼は、駅の雑踏へ消えた。
見えなくなったのを確認し、緊張を解いた。
「烏天狗の状態って言っても、あの対峙はキツイわ~。
肩こった」
あやめはそう言って、右手で左肩を揉み解す。
「何なのかしら?」
「君の耳にかぶりついて、おかしくなったってか?」
「失礼ね。
ヒトの耳を、毒キノコか何かみたいに・・・って、私、厳密には人間じゃないけどね」
「まっ、東京駅が“聖・バレンタイン”の様にならなかっただけでも、良しとしますか」
「・・・あっ、ダイスケ、血が」
エリスが、ハンカチで、大介の口元をぬぐった。
「大丈夫?」
「平気平気。
殴られるなんて、高校以来だけど。
あ、エリス。
夜になって、そのハンカチ舐めるなよ」
彼の冗談を、エリスは冷ややかに受け取る。
「私も、反対側、殴っていいかな?」
「すんません。自重しまーす。
とにかく、彼は危険だ。
市川さんが、厄介って言ったのが分かってきたよ」
「大介の言うとおり。
あのグループを沿線に展開されたら、事態が悪化するだけね」
出入り口から、隼が入ってきた。
大介の顔にできたあざを見るなり
「おい、大介!
どうしたんだ?」
「ちょっと、イベント前に舞い上がっちゃったみたいだ」
「倉田か?」
「その通り。
ありゃあ、源泉の飲み過ぎだな」
「いや、飲めないって。
・・・って、大介が大丈夫なら、それでいい。
さっき、神奈川県警と静岡県警に、パトロール増員の通達を出した。
あの連中は、ヤバすぎる。
まさか、あの銃が、ホンモノじゃないとは、思うが」
すると、エリス。
「彼は、モデルガンと言っていたけど、正直、分からないわ。
そうだったとしても、改造されていれば、それも殺傷能力を持つことになる」
「うむ。
JRとも協議した結果、沿線で何らかのトラブルが発生した場合、被害の大小関係なく、最寄駅に緊急停車して、運転を取りやめる事になった。
あっち側も、北海道で起きた列車強盗の苦汁を思い出さずには、いられないって感じだ」
「じゃあ、どうして早い段階で、イベントを中止しなかったんですか?」
と、エリスが聞く。
「それも倉田さ。
今回のアニメプロジェクト、それに並行したイベントの発起人と資本元は、湯煙国際観光。
イベント中止による、損害賠償を請求すると、脅し半分に言われたのが、本音だそうだ。
現に、特急列車のラッピング資金は、湯煙国際観光持ちだしな」
「可哀想に」
「彼に伝えておけ。変な真似をしたら、お前が計画したイベントがパーになるってな」
「分かったわ、パパ」
それを聞いた3人の顔は、幾分か明るくなった。
隼が、腕時計を見る。
「10時を過ぎた。
正念場はここからだ。
俺たちの手に、事件の参考人や乗客の命・・・いや、この事件解決の命運がかかっている。
絶対、特別列車への被害を回避してくれ」
『了解!』
一方、倉田は、再び丸の内側に出ると、スマートフォンを出す。
「リョウが・・・あいつが、悪いんだ!
俺も、あいつも・・・全員悪くないんだ!」
そうつぶやきながら、電話をかけた。
「俺だ・・・ああ、そうだ。
犯人を捜し出して、殺せ。
必ず、あの列車を狙うはずだ。
誰か?・・・そんなの知るか。
手ェ振るガキだろうが、カメラ向けるキモオタだろうが関係ない。
怪しいと思った奴は、片っ端から高架線に吊るせ!!」
そう言って電話を切った。
その眼は、狂ったように輝いていた。
「こんな興奮は、高校以来だぜ。
なあ?小林ィ!!」




