番外編:海へ行こう、生徒会!(後編)
「っはぁ…生き返る」
潮風や水しぶきに当てられたべたつく身体をしっかりと洗い流して、空が開けた露天風呂に肩までつかる。夜の涼風と湯の熱がたまった疲労を吹き飛ばす。
海沿いから少し離れた宿泊所で、自然林に恵まれた立地にぽつんと点在している。施設はかなり充実しており、娯楽室やカラオケルームなんてのも付いていた。
「やっと戻ってきたな!」
自室前で桑路たちが待ち構える。三宅の顔をみたところ、無理やり連れ出されたであろうことがよく分かる顔をしていた。相変わらず、顧問の白崎も面倒くさそうにしている。「オレは保護者じゃないのに」と愚痴垂れている。
渋々ついて行くと、街灯が次第に点々となっていき、最終的には懐中電灯の明かりだけが頼りになる。
「よし、着いたぞ」
立札には臨海公園の四文字。どうやら施設の裏手まで歩いてきたようだ。この公園は、麓里池という大きな池をぐるっと周回できる広場。少し外れると山道へ続き、最奥には昔建てられた石碑がある。
要するに肝試しというやつだ。
「皆で歩くのもいいけど、やっぱりペアを組むのが定石だよね」
輪島の熱い抱擁は鷹原へと向けられる。三宅と桑路は先頭を切って歩いて行ったため、自ずと俺のペアは隣にいた白崎となった。
特に会話もなく、暗い林道を進んでいく。かといって別に気まずさはない。年も若く、同じ面倒くさがり同士。むしろ、親近感さえ覚えるくらいだ。生徒会の面々とは異なるタイプの人種だが、周囲をよく観察しているようで困り事があれば手を差し伸べてくれる。年齢に見合わない落ち着いた雰囲気もあるのだろう。
「生徒会、楽しい?」
不意に言葉を向けられる。楽しいかと聞かれても、二つ返事は出来なかった。今回呼び出されたのだって急な話だったわけで、正直しんどいと思うこともある。
「まあ、ぼちぼちっすね」
「そうか」
先ほどの沈黙とは、別種の空気が漂う。回答を間違っただろうか、でもこの性格上、手放しで「楽しい」だなんて答えたらそれこそ嘘もいいところだ。あの微妙に居心地の良かった空間に、小さく亀裂が入ったような気がする。白崎が続けた言葉に、俺は少し動揺した。
「お前は向いてないよ。生徒会」
次から次へと流れてくる仕事、とっさの対応力や柔軟性。本来、それらを持つものがこの超特権領域に足を踏み入れることを許される。幾度となく自覚させられた。
ただ、同時に腑に落ちる部分もある。このまま流されていき、自分が無茶をするくらいなら、仮という取り返しのつくタイミングで抜け出してしまえばいい。これは一つの助け舟のようなものだ。
「けどな、必要だとは思う」
「え…」
「多分、似てんだよ。俺とお前は。考え方も、面倒だなって思うことも、本心では向いてねえなって感じることも。でもさ、どんな組織もそういう奴って必要なんだ」
話を続ける。
「神田だって俺に対して教師らしくないって思っただろ?でも、身を任せて流れ着いた場所がここだ。顧問なんてやりたくなかったさ、子供のお守なんてってな。でもよ、まるで俺は必要ないくらいに優秀なんだよ。自分から仕事引っ張ってくる奴もいれば、気に食わないことは速攻で直談判しに行きやがる」
口調の崩れた白崎はこれが初めてだった。今まで振舞っていた教師としての態度とは真反対の、彼の素顔。
「それでも子供は子供だ。最後は俺が責任を取らなきゃならん。なら、同じように面倒くさがりなお前がいれば、周りは少し楽になる。特に俺がな。お前が面倒でも必死になって考えたなら、全員がその意見に耳を傾ける。」
顔をずいっと近づけて、人差し指を突き付けられた。
「それは、お前だからだ」
少しだけ、迷いが晴れた気がした。他でもない、この男が言うのだから納得がいく。周囲の有能さに当てられ、圧倒されてきたこの環境の中で、凡庸であることが武器になることを知れたのだ。
「ほれ、早くいくぞ。多分あいつら待ちくたびれてる」
夜道を歩く足取りは軽く、くだらない話をしながら石碑へ向かった。桑路たちは既に着いていたのか、なにやら楽しそうに話をしている。皆のもとへ戻る頃には、生徒会顧問の白崎先生に戻っていた。
「うん、特に何もなかったね」
「何もないに越したことはありません。これなら肝試しもありですね」
三宅と輪島が真面目な顔をして言葉を交わしていることが、なんだか可笑しくなってしまった。跳ねるように明るい声で楽しんでるだけに見えた輪島や桑路も、困りながらもちゃんと視察という意識を持っていた三宅や鷹原も。
「で、神田はどう思ったんだ?」
白崎の言う通り、彼らは常に意見をぶつけて尊重しあう。だから、学年や立場なんか関係ない。俺も、俺なりの意見を真っ直ぐ答えることにする。
「湖畔にさえ不要に近づかなければ危険はないし、夜風も涼しいのでいいと思います」
それを聞いた四人は、満場一致の笑顔だった。
自身の部屋へ着くと、丸一日動きまくった体は一瞬でスリープモードに入る。朝に部屋に取り付けられたインターホンで起こしてもらわなければ、チェックアウトの時間を過ぎていただろう。
「良い息抜きになったか?」
車の後ろでぐっすりと眠る四人をバックミラー越しに見ながら、小さく笑った。
「ええ、そうですね」




