第12話 長期休暇と金無し小僧(前編)
「夏休みって最高だな…」
学校生活の前半終了ホイッスルが鳴り始めて早二週間が経過した。相も変わらず、生徒会の集まりはあれど、ほとんどの時間は冷房の効いた部屋で悠々自適に過ごしている。夏季休暇中の課題はあるが自由を手にした今、俺のやるべきことはいかに怠惰を極められるかということ。
基本はベッドの上で寝転がり、手の届く範囲に己の娯楽を散りばめる。生活する上で必要最低限以外はほとんど自室に引き籠って、好きなことに熱中する日々。一つ懸念があるとすれば貯金があまりないことだが、うちは小遣い制度なのであまり心配する必要もないのだ。
猛暑の中、わざわざ外に出歩く行為なんて苦行をする必要もない。頭の痛くなるような授業を受けることもない。なんだかんだ巻き込まれる生徒会も今は定例業務で集会があるだけ。ビバ、青春。
「お兄」
「どうした、我が妹よ」
「なにそのキャラ、きもいからやめなよ」
里奈の一言さえ、風物詩のように感じている自分がいる。心が穏やかである証拠だ。スライムのようにだらけた俺を見て、引き気味の視線を送りつけてくるがそんなことは知ったことではない。自分の本能に忠実に生きること。これこそが生物の本質であるのだ。
「お母さんとお父さんが下りてきなって」
毎月の心躍る日がどうやら今日だったようだ。バネのように跳ね起きては、小刻みにステップを踏みながらリビングへ降り立つ。我が神田家の小遣い制度は学年と学期ごとの成績によって支給される額が変動するが、今までの評定の中で過去最高点を叩き出したこの神田幸太郎に抜かりはない。
はずだった。
「今月から二人には小遣い渡さないことにしたから」
おや、理解できない言葉が出てきた。両親は何を血迷ったのか、愛する息子の生命線を今日をもって絶つと言ってきたのだ。里奈のほうを見ると、ぽかんと口を開けたままわなわなと震えている。流石に小遣い無しにしますなんて、思ってもいなかったのだろう。安心したまえ、俺もその一人なのだから。
「もう高校生だからね、自分たちのお金は自分たちで稼ぐ。正直なところ、親心としては社会経験を積んでほしいっていうのもあるんだ」
「いつまでも親に頼りっきりはよくないし。勿論大学までは面倒見てあげるけど、社会人になったら全部自分たちでやらなきゃいけないのよ?」
「でもだからって…いきなり言われても」
里奈の気持ちもよくわかる。というか、どちらかと言うとバイトして稼ぎたいと言い出すほうだと思っていたのだが。入学式初日のもう大人だから発言が、少しばかり効力を発揮したのかもしれない。
ただ、親としてはもう決定事項なのだろう。どれだけ議論を仕掛けようとしても、決まったことを曲げるような親ではないことくらい十二分に理解している。普段、温厚で仲裁役も担う父親でさえ、今回に関して譲る気はないだろう。
「何事も初めては怖いものなの。だからこそ、小さい一歩からあなたたちには進んでいってほしい。最初に大きく転げてしまったら、そこから這い上がる力がないと大変だから…ね」
「母さんの言う通り、父さんもそう思うよ。自分たちで働く場所を探して、面接を受けて、実際に働くというのは社会人になるのに必要不可欠だからね」
とはいっても、やりたいことなんかない俺からしたら広大な砂漠地帯からオアシスを地図無しに探し出すようなもの。里奈も両親の思いを聞いて少し迷った様子だったが、行動の速い彼女はスマホを取り出してその場でバイト先を探し始めた。両親もそれを見守り、アドバイスしながら一緒に検討している。
俺は一旦その場を離れた後、ベッドへ体を押し込む。正直な話、たかが金銭で親からあんなにも諭されたのは驚いた。でも妥当なことなんだろうとも思う。他の高校生からしたら当たり前のことなのかもしれないが。
「そういえば、辰巳と図書室で課題やるんだった。とりあえずそこで考えるか」
のそのそと着替え、外に出る。外と部屋の温度差で一瞬くらっときた。考えなきゃいけないことが増えたせいで、余計にくらくらしてくる。早く学校へ行ってセーブポイントを作らないと、このままじゃ知恵熱まで出そうだ。
気温が高いと普段よりも少し、距離が長く感じる。辰巳は既に着いているだろうか、待たせるわけにもいかない。先月よりも蒸し暑さレベルが高い、顔や背中から汗が止まらない、行きたくないけど行くしかない。暑い、怠い、面倒くさい。
「お、やっと来た。すごい汗だよ?」
「おー、ちょっと色々考え事しててさ」
「最近そればっかりだねー」
辰巳は鞄からタオルを取り出し、こちらへ差し出す。登山の時も思ったが、こいつは本当に気が利く。タオルと言っても保冷バッグに冷えた状態でしまっていて、さらには水にさらすことでキンキンに冷える。気化熱の効果で、道中に籠った体の熱が一気に消え去った。もはや恐怖すら感じる。
「今日は数学と英語だったよね」
図書室に着くなり、空いている席へ座って課題を広げる。だが、あまりにも筆がすすまない。苦手な科目だからというのはあるが、ずっとアルバイトの話が頭に残る。勉学に手が着かない俺を見て、辰巳が話しかけてきた。
「そんなに難しくないはずだけど。もしかしてさっきの考え事に引っ張られてたりする?」
「まぁ、そうだな。実は小遣い制度が廃止されたからアルバイトを探さないといけなくて。お金がないのはキツいけど、やりたいことも無いし…」
そこから俺の進路相談会が始まった。辰巳が色々と案を出してくれたが、どれもしっくりこない。強いて言えば飲食店系だろうか。BBQでも俺が焼いた肉は一味違うと内々では評判だったし、親の帰りが遅いときはいつも俺が夕飯を用意する。
とはいえ、キッチンは忙しそうだしメニューも覚えなきゃいけない。ホールはお客さんと話さなきゃいけないから緊張で吐きそうになる。
「個人経営の喫茶店とかは?募集してるところがあればいいけど、本当に稀だからみつかるかどうか…」
しっかりとしたため息と一緒に、顔と机の距離がゼロになる。やる前からなんでもかんでも条件を付けてしまっては、何も出来なくなる自分に無性に腹が立ってきた。相談に乗ってもらっている手前、なんだか申し訳なくなってしまう。
里奈と違って俺には芯がない。だから行動も一歩、いや、三歩ほど出遅れてしまっている。薄い望みで喫茶店の募集要項を検索するが、掲載されているのはどこも大手やチェーンのイケイケ系ばかり。我慢できずに小声で唸っていると、デジャヴが起きそうな舞台が今、この時整ったような音がした。
全く、いつもタイミングのいいことで。
「おや、何か悩み事かい?」




